意識のない母を、父と叔母と三人で見守った。

 病室に戻って、永遠に続くような時間を過ごした。

 その頃には姉も駆けつけ、一緒に見守った。

 夜になり、姉も伯母も家族がいるために、それぞれの自宅へと戻って行く。


 父と意識のない母と、最後の夜を過ごした。


 そして、母の顔を見つめながら、父はゆっくりと話してくれた。


「今日、結婚して初めてお母さんに平手打ちをもらったよ。

お母さんが錯乱状態にある中で、おまえが先生を呼びに行った時…お母さんには恐いおじさんがおまえを連れて行ったように見えたみたいなんだ。

助けなかった俺に怒って、“なんで助けなかった”と顔を叩いてきたよ」


 父はそう言って溢れそうになる涙を堪えていた。

 私は、それを聞き子供のように声にだして泣いた。


 母は本当の最期の最後まで子供のことを心配し、そして愛してくれていた。

 それが痛いほどに伝わってきた。


 自分のことよりの子供のことを一番に考えて想ってくれた。

 それが、痛いほど心に響いた。


 これほどに、自分は母に愛されていたのかと今更ながら実感し感謝した。


 母に寂しい思いをさせたこともあった。

 心配ばかりさせていた気がする。

 思春期の反抗期には困らせてばかりいた。


 そして、今回の離婚などのことで母に心配させた。

 母の命を短くさせてしまったという、大きな代償は私の心に消えない傷となって刻みこまれた。


 私が母に親孝行というものをしたことがないのではないかとさえ思った。


 しかし、意識はなくても母はまだ目の前にいる。

 触れられる場所に在る。

 それが私にとって慰めだった。


母に伝えたいことを、その夜は伝えた。


今夜が最後になるような気がしていたから…


 後悔しないためにも、何度も感謝を伝えた。


 「お母さん…ありがとう。そして…ごめんね」


その言葉に意識のないはずの母は、呼吸で返事を返してくれた。


 言葉をかけるたびに、

 浅い呼吸になり、

 時々、深い呼吸になる。


 まるで返事をしてくれていると思った。


 それが、とても嬉しくて母に伝わっているのが本当に嬉しくて、涙が止まらなかった。


 夜が明けるまで、母と父と語り合い時間は過ぎていった。


 静かな暖かい時間だった。

 不思議なことに、母の心を感じた時間だった。







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過去の想い

テーマ:

どんな 辛い過去も


どんな 目を背けたい過去も


どんな 怒りのある過去も


時間を 味方にして


乗り越えよう



過去は変えられない


それが 真実



でもね 未来は変えられるだよ



逃れられないと思った 


過去の想いも


時間が過ぎて


見えなかったものが 見えてくる



隠れていたものの 気配を感じたら


恐れずに 受止めよう



それは 


あなたの未来を明るくする



過去の想いを 解放する扉だから








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最期の声 (4章 6話)

テーマ:

ご注意ください。。


この記事は、人が天に召される前の時間のことが書かれています。


現在、闘病中の方。

家族や身近に闘病中の方がいらしゃる方は、ご遠慮くださいますようお願いします。


また、過去に家族や大切な方を亡くされた方は、思い出させてしまうかもしれません。

ご注意ください。


申し訳ありません。。





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医師と看護師数人と一緒に病室に戻った。

 母の錯乱した姿を見て緊急オペをすることに決まった。


「オペをする前にご家族に伝えておかなければなりません。

 この状態で全身麻酔をするとそのまま意識が戻らない可能性が大きいので局所麻酔で行います。

 あと、こちらの都合で処置は処置室で実行します。

 いまの状態ですと厳しいと思いますが私たちも全力を尽くしますので」


 医師の言葉に涙が出て、医師の顔もよく見えずにいた。

 誰かうそだと言ってほしかった。

 母がいなくなることなんて想像もしたくなかった。

 ただ、足も言葉もでず、目の前が真っ暗になりそうになるのを耐えていた。


 説明が終わり、母が処置室へ運ばれていくのを必死で追いかけながら祈っていた。

途中で母の姉が、父からの連絡で駆けつけてくれて会うことができた。


処置室の前の廊下。

私と伯母は長椅子に座っていた。

父は母の入っていった処置室の扉の前に立ち、その場から動こうとしなかった。

処置室の扉が閉まり、そんなに時間は過ぎてなかった。


中から母の叫び声が聞こえてきたのは‥


「お願いだから、やめて!」


 母の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。


 母にとってみたら、全身麻酔のほうがよかったのかもしれない。


 母は錯乱状態の中、自分の体に何かされていることが局所麻酔であるがためにわかったのだろう。

 錯乱状態にあったとはいえ、母にはその恐怖は計り知れないものだったと思う。


「私が何をしたというの!」


 母の叫び声は、薄い処置室の壁を越え廊下に響いていた。


 私は何もできず、その声を聞いて泣いていた。 


 側に駆け寄りたかった。

 母の手を今度は私が握り、


 大丈夫だよ、ここにいるよ


 と伝えたかった。


 しかし、薄いはずの処置室の壁は大きく私たちと母の間を遮っていた。


 お母さんは何も悪いことはしていない!

 何故こんな目にあうのか…


 体中が震えた。

 母の助けを呼ぶ声に、泣いて聞いているしか出来なかった。

 母の苦しむ声を聞きたくなくて、耳を塞いでも母の声は手を通り向け、聞こえてきた。


「ごめんなさい。謝るから許して!」


 母の許しを請う言葉が聞こえてくる。

 心が痛くて、しかたがなかった。


 母はなにも悪いことをしていないのだ。


 誰に対して許しを請う必要があるのか?

 お願いだから、お母さんをたすけて…


 体中がガタガタと、心が引き裂かれるように震えていた。

 涙は滝のように流れた。


 神様、おねがい。お母さんをたすけて


 幾度と祈っただろう。

 母の病気の回復を願って、今まで何度も祈り続けた。

 さらに強く願う。


母をたすけて、このままにはさせないで!


 母の声を聞きながら祈り続けた。




 どのくらい時間が過ぎたのだろう。

 母の声は聞こえなくなっていた。


 そして、先ほどまで、閉まっていた処置室の大きな扉は医師の手で開かれた。


「処置が終わりました。しかし、危険な状態です。今夜が峠でしょう」


 医師の言葉に全身の力が抜けていくような気がした。


 処置室から出てきた母は、すべての力を使い果たしたのか、ぐったりとしていた。

 父や伯母の声も、私の声も届いていないようだった。

 そして、母の意識は再び戻ることはなかった。



 私が聞いた、母の最後の声は叫び声だった。



 その夜、私は最後の“母親の無条件の愛情”を父の言葉で知ることになった。






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