
吉浜と書いて「きっぴん」と読む店名。大船渡の吉浜(地名は「よしはま」)で漁師をしているご主人が、自ら水揚げした魚介を使い腕を振るう。と書けば、番小屋風の店内に大漁旗とか漁網とか浮き玉とかがあしらわれているイメージだが、店構えはモダンでしゃれている。白をベースとした内装に、アンティークな家具や調度をあしらっており、欧風の漁師町のバルとかビストロとかの空気が漂っているようだ。
2軒目なのでアテはシンプルに、ムール貝の蒸し物とマグロの盛り合わせ。ムール貝は天然物で身がふっくらと丸く、かみ締めれば貝汁のエキスが呑み過ぎた胃に沁み込むよう。三陸の海水は、森林から栄養分をたっぷり含んだ水が流れ込んでおり、その富栄養な海水を体内に出し入れする貝の味は、まさに三陸の海の味である。
マグロの赤身は漁師料理風に分厚く切ってあるが、抵抗なくスッと歯が通るきめ細かさ。瑞々しい旨みにあふれ、トロとは別世界の澄み切った味わいがいい。マグロも吉浜で上がった、旬のメジマグロ。脂ののりが程々なアスリートなマグロで、トロも脂が強すぎず自然な甘さが膨らんでは引いていく。
合わせる酒は「AKABU」飲み比べになり、新種の生酒「NEWBORN」、岩手の酒米を使った「結の香」、雄町を50%まで磨いた「雄町」。米甘さが全面展開するフレッシュな飲み口、深々と切り込んでくる鋭利な口当たり、果物を思わせる恵み深い芳香と甘みの(どれがどの味かは記憶が定かでないが)、強烈な個性のせめぎ合いが新進気鋭の蔵元らしい。
ファッションもトークもセンスのいいマスター、間に立っての客捌きのやりとりがほのぼのする奥さん。カウンターの一同も混ざりながらのこの空気感、仲間とのパーティーに招かれたようなひとときを楽しめる、ニューウェイブな漁師食堂である。