
村上春樹作「羊をめぐる冒険」で、友人の行方を探して札幌にたどり着いた「僕」が、羊博士なるキーマンに遭遇する。日本の羊史を完全把握する奇人で、いわく羊は羊毛をとるために、北海道で飼育されはじめたとのこと。さらに深く延々語られるそれは、本編の流れをさておき、割と勉強になったりする。
日本の羊食文化は、老いた羊を食肉に転用したことが起源である。食べるのが主目的ではない、いわば副産物。そのマトンは固く独特の匂いがあり、羊肉が苦手な人の大きな理由のようだ。今はマトンより匂い控えめな、子羊肉のラムが主流だが、それでもきつめな香辛料や濃いタレを多用した料理が多いのは、かつての名残なのだろうか。ちなみに自身の羊肉の原体験は、子供の頃に家庭の焼肉で出ていたマトン。独特の匂いは自分にとってはならではの風味だから、あまり抑え過ぎるのも物足りないような気がする。
北海道も含め、羊の飼育は寒冷地が中心のようで、訪れた神田「味坊」の羊肉料理も、中国東北部の料理がメインだ。羊肉の串焼きは、脂少なめで柔らかなラム肉に、赤唐辛子や様々なスパイスがオリエンタルなテイスト。水餃子のあんもラム肉で、例の香りと肉々しい食べ応えに、餃子も肉料理なのを実感。ガード下の狭い店内でひしめきながらつついていると、現地の大衆食堂の喧騒の中にいる錯覚に陥ってしまう。
ご主人は黒龍江省出身で、いずれの料理も食味や香りの「羊らしさ」もほどほど残っているのが、あのクセ好きの自分にはうれしい。壁の品書きにはクミン風の味付けや長ネギとの炒めものなど、まだまだ魅力的な品々が。「僕」の羊料理をめぐる冒険は、さらに続く。