
ベートーベンの「第九」が町のあちこちで聞こえる年の瀬、クラシックのコンサートに招待されて家族で出かけることになった。場所は神奈川県立青少年センターのホールで、神奈川県青少年交響楽団による演奏。息子の学校の先生が指揮者を務める演目があり、その縁で招待されたのである。
本日の演目の中には、ベートーベン作曲のものが2曲入っていて、うち1曲は先生による指揮とのこと。「第九」をはじめ、ベートーベンといえば第五番「運命」、第六番「田園」といった、交響曲の印象が強い。時節柄「第九」が生で聞けるのを期待したところ、プログラムによるとこの日はあえて、交響曲でないものをチョイスしたとある。よく聞くベートーベンの有名な曲の印象とは異なるようで、ちょっと興味深い趣向である。
会場はJR桜木町駅から歩いて10分ほどの、紅葉坂の中腹に位置し、正面にみなとみらい地区の高層ビル群を眺めるロケーションである。舞台正面の中ほどのいい席に落ち着くと、いよいよ開演。演目の背景が説明された後、1曲目は先生の指揮によるベートーベン「プロメテウスの創造物」という、序曲である。
この曲は、ベートーベンが2曲しか作曲していない舞踊音楽のうちの1曲とある。交響曲の作曲が中心の氏の作品の中では、序曲はあまり人気がないらしいが、これは第1交響曲と同じ頃に作曲されたもので、短いながらも氏らしい若々しさが感じられる。面白いのは、曲の始まりがいきなりセブンスコードの不協和音なこと。その後は重厚なホルンと軽快なバイオリンによる旋律が、折り重なるように繰り返されていく。
全体的な旋律の流れや押し引きが古典的な分、始まりの不協和音がより印象に残る作品で、パンフには「ヨーロッパ旧来の因習による思想から、自由な思想への時代の変化を表している」とあるように、当時にしては斬新かつ革新的な曲だったのかもしれない。15分ほどの短い作品なのが、インパクトをいっそう強く感じさせる。

団員は小中学生からと幅広く、演奏は本格的
部と指揮者が代わってのもう1曲、「ヴァイオリン協奏曲」は、ベートーベンが作曲した唯一の協奏曲という、これも希少なものだ。変化に富んで奥行きのある第二楽章、ハイテンポでバイオリンとホルンの押し引きが絡み合う第三楽章と、聞き応えがある構造のベースとなるのは、第一楽章の単純な刻むようなリズム。これに単純な音階が絡み合っているだけなのだが、それだけとはいえ素人的耳には充分に完成度が高い曲に感じる。もっともパンフには、「これだけのことで40分の大作を作るのだからやはり天才」と記してあり、批評しているような、評価しているような。
この日はこのあと、渋谷の人見記念講堂で催される合唱も聞きに行き、谷川俊太郎や池澤夏樹の詩に曲をつけたという、こちらも希少な演目を鑑賞。ここではジブリメドレーなんてのもあり、おかげで子供たちも楽しく聞くことができた。講堂を出ると、キャンパスの並木にあしらわれた電飾がきらめいており、そういえば今日は23日、最近でいう「クリスマスイブイブ」だったことを思い出す。
珍しく渋谷まで出てきているのだから、道玄坂や表参道方面でオシャレにディナーといきたいところだが、イブイブの祝日の夜にアポなしでは席がありそうもなく、ましてや子連れだと入れる店も限られる。結局、地元まで戻ってきてしまい、こうなればイブイブらしい店もなにもなく、界隈で一家御用達の店の中から子供たちにリクエストを取ったところ、「お寿司!」
ちょっとした趣向のクラシック鑑賞を後を締める店も、クリスマスディナーにしてはご趣向なジャンルとなったところで、最近の我が家御用達の回転寿司、『金沢まいもん寿司』へと向かった。JR根岸線の港南台駅からクルマで5分ほどのところにあり、名の通り、日本海や富山湾のネタを売りにしている北陸の本格派回転寿司だ。週末は30分は並ぶ人気店なのに、今日はすんなりカウンターへ。やはり一般的には、イブイブのディナーに回転寿司にはあまりこないのだろうか。でも回転コンベアの脇にはミニチュアのツリーが飾られ、ちゃんとクリスマスムードが演出されているのが面白い。



北陸の地元ネタが多い店。左からワサビ巻き(左)、ツブ貝、飛騨牛
自分はいつもの順で、まずは北陸らしくホタルイカの沖漬けの軍艦巻きからスタートだ。濃厚なワタと漬け込んだ醤油の香りがなんとも言えず、こなれた味が実に後をひく。この後はしめ鯖、イワシと頼むのだが、考えてみればあっさりした光りものの前にこんな濃いネタを食べるのは、寿司の注文順にしてはちょっと作法はずれ、いわば不協和音的なのかも。
この日はあまり握りの皿に手を伸ばさず、ツブ貝のワタ煮を肴に熱燗をのんびりやり、合間にいくつか皿に手を出すぐらい、といった感じ。3カンが盛られた「マグロ三昧」は、甘くトロリとした中トロに、あっさりと身の旨みが楽しめる赤身、そしてビントロ、つまりビンチョウマグロのトロは、「回転寿司の大トロ」とも呼ばれるほど脂がのっている。3カン続けて食べれば、こちらは濃厚さの対比が古典クラシックのごとき押し引きか?
最後の一皿にも、3カンの盛り合わせを頂くことにした。今度は「エビ三昧」で、ガスエビ、白エビ、甘エビの、日本海三大エビが揃い踏みである。底引き網でとれる、大振りで野趣あふれる力強い甘みのガスエビ。日本海産の定番エビの、とろけるようなこってりした甘みの甘エビ。そして「富山湾の宝石」とも呼ばれ、小さいながらもプリプリと艶かしく、ほんのり渋みのある甘さの白エビ。あっさりと多様な甘さがからみあう3カンをそれぞれを堪能して、今宵は締めくくりとした。
今日のところは音楽鑑賞の一日でひと息ついたが、休み明けの明日からは、師走ならではの忙しさが続く。冬休みに入るまであと1週間ほど、街に流れる「第九」の華やかな調べに乗って、がんばっていこうか。(2008年12月23日食記)