
朝早くから秋田市民市場をぶらぶらして、キリタンポやハタハタなど地元の食材をあれこれと買い出しをしているうちに、そろそろお昼が近い。キリタンポを買った店で、市場の近くでうまいキリタンポ鍋が食べられる店を聞いてみたところ、数軒あるおすすめの店の中から、市場に比較的近い『和風レストラン旭川』がいい、と勧められた。鍋をつつき雪見をしながら昼酒、というのも雪国ならではか、などと思いつつ、キリタンポの袋を片手に秋田駅前へと引き返す足取りは、心なしか軽い。
店はイトーヨーカ堂の7階のレストラン街にあり、窓際の席に腰を下ろして「キリタンポ鍋」1700円を注文した。キリタンポ鍋は、比内鶏のガラでとっただしに醤油を加えたスープを使い、キノコや野菜、比内地鶏など、山で捕った獲物とキリタンポを入れて煮込んだだけの素朴な料理だ。寒い地方らしく、まず運ばれてきた土鍋に張られた醤油味のスープは真っ茶色をしている。見るからに塩辛そうで、体が暖まりそう。ゴボウと鶏を入れて火をつけ、鍋が沸騰したらキノコと野菜を入れて、再び煮立ったところでキリタンポの登場だ。
斜めに切ってある切り口は、市場で買った機械焼きのキリタンポよりひと回りは太い。穴の回りはご飯粒の形が分かるぐらい残っていて、素朴さが感じられる。「普通はご飯をもっとていねいに潰すんですけど、このように粗いままにするのもあります。米粒を半分潰すから、地元では『半殺し』と言っています」と、笑顔で物騒なことを言う仲居さん。最後に春菊を入れ、キリタンポが柔らかくなったぐらいが食べ頃です、と教えてくれた。さらに、秋田の地酒である仙北町の「刈穂」純米超辛をひと枡追加して、鍋を頂く準備は整ったようだ。
さっそくキリタンポからかじると、一瞬漂う醤油を焦がしたような香ばしさが鮮烈な印象、粒がほろりと崩れる感じが心地よい。米は「あきたこまち」を100%使っていて、芯を残さず程良い固さで炊けている。鶏の旨みがじわりとしみたスープが粒の間に染み、ツンととがった辛さがキリタンポにとっては、かえって程良い位のいい味付けだ。キリタンポを2つ、3つとつまんでは「刈穂」の枡をぐっといき、山の香りが鮮烈なマイタケやシメジ、地鶏ならではの濃厚な風味の比内鶏、その引き立て役のゴボウと、どんどん鍋の具に箸をのばす。
すっかり醤油色に染まったネギや白滝、キリタンポをつまみに、2升目は秋田の銘酒「高清水」をさらにおかわり。いつしか「米団子汁」から「鶏キノコ雑炊」へと、キリタンポがすっかりほぐれてしまっていた。まるで違う料理のように変わった鍋の中身をすっかり平らげて、窓の外を見ると雪をかぶった太平山がそびえているのが目に入る。4月が近いのに、秋田はまだまだ冬景色の模様。おかげで鍋のおいしい季節も、もうしばらくは続くようである。
(3月下旬食記)