
割烹「まんぼう」で、アンコウをはじめとする日立の地魚料理を存分に堪能。いい魚を食べ旨い酒を楽しめば翌朝の目覚めも心地良く、早起きして向かったのは日立駅からクルマで10分ほどのところにある会瀬漁港である。駅を過ぎて海沿いの旧道を下っていくと、正面左に磯にぐるりと囲まれたこぢんまりした港が見えてきた。魚市場の脇でクルマを降りると、隣接した広場にはテントが設けられ、そこから10数人ほどの行列が延びているのが目に入る。案内人によると、9時から行われる朝市の開催を待っている列とのこと。
会瀬漁港は日立市に5つある漁協の中で唯一、定置網漁を行っている漁港である。定置網漁とは沖に向けて垣根状の網を張り、その先に囲い網を設けて魚を誘導して漁獲する漁法。会瀬は漁港から2キロほどの沖合に、沖寄りの「沖網」と陸寄りの「灘網」の2ヶ統を設置している。網は大型定置網、いわゆる「大謀網」と呼ばれ、「2段箱式」という囲い網(運動場)に底網が付いた網が特徴だ。アンコウやサクラダコなど、「底魚」が中心の久慈漁港の底曳き網漁と違い、定置網漁の狙いは回遊魚。組合長の今橋さんに、季節ごとにどんな魚がとれるのか訪ねたところ、「主にとれるのはアジやサバ。サバは最近はゴマサバが多く、ほか春先はマダイやチダイ、7月からのメジマグロ、ほか晩秋のブリなどが値が高いですね」この季節はブリの成長前のイナダがよくとれるという。網の設置は11月までで冬場の12~3月は網を揚げており、秋にイナダが掛かるのなら冬にはブリが掛かるのではと思ったら、ブリは回遊魚だからその時期には日立沖からいなくなってしまうのだとか。ほか、今年はサワラの秋漁が豊漁で、昨日「日立おさかなセンター」で頂いた昼食に出たサワラはここで揚がったもの。あのフカフカで柔らかな白身の味を思い出す。
話を伺っているうち、魚市場の周辺にやたらと人が集まってきた。朝市は9時からなのに定置網を揚げにいった漁船が戻っておらず、朝市にやってきた客も少々待ち遠しい様子だ。今橋さんによると、漁船の帰港が遅いのは例の「エチゼンクラゲ」のせいという。主に日本海側を中心に、漁網に大量に掛かり迷惑千万のお化けクラゲが日立沖にも出没し始めているそうで、いつもは7時半ごろには帰港するところをクラゲを外すのに2時間ほどかかり、帰港が遅れているようである。待つことさらに15分ほど、ようやく戻ってきた漁船からまず水揚げされたのが、大きなメジマグロ。体長2メートル弱ぐらいはあるだろうか、まるで引きずられるようにして船倉から魚市場へと運ばれていった。これは今日の水揚げは期待がもてそうだと思ったら、あいにく今日は不漁と苦笑する今橋さん。クラゲ出しをする際に魚が逃げてしまったこともあり、多いときでアジ・サバ中心に22~23トンほどの漁獲があるところが、わずか300キロほどとか。ほとんどが小柄のイナダやサバで、朝市に並ぶ長蛇の列の分足りるかどうか、つい心配してしまう。
その会瀬の朝市、行列はすでに数十メートルになろうとしている。お客は日立市や周辺市町村だけでなく、駐車場には栃木や群馬、横浜ナンバーのクルマも停まっているほどの大盛況である。もとは日立で揚がる魚を買うところがない、という地元の声に応えて、会瀬漁港の定置網が操業する4~11月の第4日曜に、その日の朝に定置網から水揚げされた魚介を販売している。現在は月に1度、9時~11時の開催だが、日によっては開場後わずか30~40分で完売、また定置網の漁獲が少ないときは「ひとり○匹まで」と購入制限が出るほどの好評ぶり。今後は開催回数を増やす計画もあるという。この日も水揚げが終了後、大きなコンテナに入った魚がフォークリフトで次々とテントに運ばれていく。コンテナを覗くと不漁とはいえ、イシダイにイナダ、ゴマサバなど結構な量に見える。白黒の縞模様のイシダイは「みそ漬けにするとうまいよ」とおばちゃん、隣ではおじさんが水揚げされた量を考慮しながら黙々と値を付け、値段を書いた紙が張り出されたらいよいよ売り出し開始だ。丸のままの魚が2匹、3匹とビニール袋へ入れられ、行列の順に整然と売られていく。
そんな中でお客が殺到、想定外の品に売り手も大わらわな一画がある。最初に水揚げされたこの日の目玉商品、メジマグロの売り場だ。普段でもあまり揚がることがなく、まして朝市で売られることは滅多にないそうで、「今日のお客は運がいいな」とおじさん。解体された赤身は何と、1サク600円と破格! 買ったその日に食べずに、5~6日冷蔵庫に置いた方が旨みが出るそうである。またたく間に売り切れ寸前の赤身の横では、出し忘れていた? カマが2000円で店頭に出され、こちらも飛ぶような売れ行きだ。盛況の売り場の脇で、大鍋でグツグツうまそうに煮えている鍋を発見、おばちゃんに聞くと「朝市名物の浜汁だよ」。1杯200円で、ニンジン、ゴボウ、ネギ、白菜とたっぷりの野菜にぶつ切りのイナダがゴロゴロ入っている。野菜はホクホク、イナダはアラが多いが脂がびっしりでなかなかうまい。野趣あふれる漁師料理風の汁が、2日間に渡る日立の地魚に触れる旅の締めくくりには実に似つかわしい。(2005年11月27日食記)