
以前、信州伊那地方の駒ヶ岳千畳敷をトレッキングする際に、山麓の駒ヶ根に宿泊したことがある。夕食に町の定食屋でカツ丼を頼んで、出された料理に思わず目を疑った。文字通り、丼飯の上には揚げたカツがそのままゴロン、とそのままのっているだけ。カツをタマネギなどと一緒に卵でとじる、普通のカツ丼とかなり違う。店のオリジナルかと思って店主に聞くと、伊那地方でカツ丼といえばこれ、とのこと。庶民的な定番丼料理なのに、ずいぶんオリジナリティーがあるものだ。
調べてみると伊那地方のほか、信州の大町、群馬県の桐生など、揚げたカツをそのままのせるタイプのカツ丼を出す地域はいくつかある。曹洞宗の大本山・永平寺を訪れたときに宿泊した福井では、ソースカツ丼を看板メニューとする洋食屋「福井ヨーロッパ軒」が有名だ。ソースカツ丼の元祖を名乗る店はそれぞれの土地にあり、福井では大正3年創業のここが「元祖」。そういえば駒ヶ根で入った店も、たまたま元祖だった。
店は福井駅から歩いて10分ちょっと、小ぢんまりした飲食店が集まる片町通りの一角にあった。外観は昔の洋食屋風で、ドアをくぐると数客並ぶテーブル席で、フライを肴にビールを傾けるサラリーマンがちらほら。奥には厨房がちらりと望め、半オープンキッチンといった感じである。メニューをもってきてくれたおばちゃんは愛想が良く、いかにも町の食堂風のアットホームなムードがいい。注文はカツ丼にするつもりだったが、ステーキや各種フライなど、洋食メニューも魅力的で目移りがしてしまう。うまいことに、ソースカツとカキフライの盛り合わせ丼があったので、これにサラダと味噌汁をつけてもらうことにする。
揚げ物がいっぱいのった丼から、さっそくカツをひと切れ。筋の少ないロース肉を粒子が細かいパン粉にまぶし、ラードとヘットでカラッと揚げてあるから、肉は脂っぽくなく柔らか、衣のいい香りがする。ソースはウスターソースをベースに、様々な香辛料を混ぜてある店の秘伝で、甘味と酸味がまろやかな味わい。カツが熱々のうちにさっと漬けたため、香ばしい食感はそのままだ。駒ヶ根のに比べて肉が薄めなのが特徴で、昔肉屋で売っていた串カツを思い出す懐かしい味だ。カキフライは今が旬である能登産のカキを使用、粒が大きく中身はジューシー。揚げ物をのせる前にご飯にもタレをしっかりまぶしてあるから、カツを先に食べて後からご飯だけ食べても、なかなかいける。
冬の北陸へ来たのだから、2軒目は日本海の幸で一杯が頭をよぎるが、ソースカツ丼はかなりのボリュームですっかりお腹はいっぱい。明日泊まる加賀温泉郷、山代温泉の名旅館で越前ガニや甘エビはたらふく頂けるだろうから、今夜は庶民的にカツ丼で晩飯を締め、晩酌は庶民的にビジネスホテルで缶ビールといくか?(2002年12月1日食記)