【人力車”ヤマトタケル”】

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【人力車”ヤマトタケル”】

数年間、伊勢を走らせてきた人力車ヤマトタケルを元の持ち主へと昨夜お返しした。 

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2013年以来、いなべ市のある方よりお借りしていたものだ。

いなべ市と桑名市の市境にある平群神社というところはヤマトタケルが東征からの帰途、疲れた足を休めたところといわれていて、足洗池という名前がついている。

立派な銅像も立っている。

1億円事業のときに、銅像を含め、周辺にヤマトタケルロードという道を整備した。

この道を活かすための手段として人力車が購入された。

ところが、この人力車、買ったはいいが、ひく人間がいなかった。

そこで、ひょんなご縁から僕に連絡が入った。

イベントで人力車を走らせたいからひいてくれないか?と。

仕事をいただくことはもちろん、ありがたいことだが、僕の喜びようは尋常ではなかった。

というのも、その前年末くらいからヤマトタケルが氣になってしょうがなくなり、ヤマトタケルの想いを自分の中にとりこむためにも、熱田神宮から伊勢神宮まで人力車で走りたいと思ったのだ。

なぜなら、ヤマトタケルは東征(関東方面への遠征)にいって、帰り道、熱田神宮にお祀りされている草薙の剣を妻である宮簀媛に預けてそのまま伊勢にたどり着くことができずに途中で息絶えた。

やりきれなかった無念がその熱田神宮と伊勢神宮の間には残っているんじゃないかと感じたからだ。

三重県の名前の由来がヤマトタケルが途中で足が動かなくなり、「吾が足、三重の如く勾(まが)りたり」というところからきている。

三重に住んでいる以上、ヤマトタケルのことを少しでもわかりたいと思ったのだ。

 

そんな旅をした数ヶ月後、ヤマトタケルロードで人力車をひかないか?と言われる。

しかも、そのイベントの日が僕の誕生日である5月5日。

できすぎでしょ!?笑

 

さらに、当時の自分は考えていた。

伊勢と出雲の同時遷宮が迫っている。

これを神々のことだけで終わらせていいのだろうか?

僕にも何かできないか?

『伊勢と出雲をつなごう!人力車を走らせて!!』

伊勢から出雲まで人力車で走ることを本氣で思っていた。

 

その想いを人力車の持ち主の平野さんにお伝えすると、快く貸してくださることになった。イベント終了後、そのまま出雲に運ぶ段取りをしていた。

ところが、これは実現はしなかった。

理由は、自分の息子の初めての誕生日よりも優先すべきことなのか?と友人にたしなめられたからだ。

もっともなことだと思い、平野さんにそう伝えたら、貸してあげるから伊勢でひきなさいといってくれた。

 

買えば180万円する代物を破格の料金で貸し出してくれた。

保証料みたいなもんだ。

お伊勢参りにこられる方に人力車に乗ってもらえる。

ここで眠らせておくよりよっぽどいい。

そういって、僕が伊勢でひくことを喜んでくれていました。

 

それから時間が流れ、人力車をひく仲間もでき、僕もかたりべとしての仕事がメインになり、住まいが伊勢から奈良へと変わった。

お借りしていた人力車タケルと触れ合う機会も少なくなった。

ほとんど仲間に任せっきりになっていた。

 

タケルは想いを受けて託されたものであったにもかかわらず、その想いが伝わらなくなっていた。

お預かりしているものをひかせていただいているという立場にもかかわらず、いつのまにか自分たちの持ち物のような感覚になっていた。

それを象徴する出来事が起きた。

タイミングだと思った。

 

いったん、平野さんにお返しすることにした。

 

そして、昨夜、自宅まで届けて少しお話をした。

そしたら、こう伝えてくれた。

「わしはあんたが好きやねん、あんたの方向性が決まったらいつでも言ってな。協力するから。」

そうだよな。僕を氣にいって僕に託してくれたものだった。

僕自身がそのことをしっかり受け止めてなかったのだと氣づけた。

 

それを受けて、自分はタケルをひきとりたいと思った。

奈良の地にタケルを!

 

そう、平野さんは、伊勢に預けたのではなく、僕に預けたんだった。

 

ヤマトタケルは、父である12代景行天皇の命を受けて東方遠征の途次についた。

叔母である倭姫より剣を授かり、旅に出た。

もちろん、倭姫の元にも帰りたかったであろうが、一番愛されたかったのは父親である景行天皇。

大和にいる父親を思慕して大和を想い、辞世の句を残す。

 

大和は国のまほろば

たたなづく 青垣 山籠れる

大和し うるはし

 

タケルは大和へ帰りたかった。

僕はタケルを大和に返すことにする。

 

しかるべきときに、ひきとりに行かせてもらう。

じっさいに、平野さんにもそう伝えた。

 

ぜひ、タケルで大和を案内させてほしい。

 

 

きっと時空を超えて伝わるものがあるから・・・

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桜井市の南の山の中、談山神社に行ってまいりました。
ここは、大化の改新という古代随一の大クーデターの秘策がねられた場所と言われています。

それを聞いて僕はてっきり、大化の改新をどうやって遂行するかの作戦を練ってた場所だと思い込んでいました。
でもね、行ってみたら全然そんなエネルギーじゃないんです。
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まずは龍神さんにご挨拶。
龍神さんは、取り次ぎさんとも言われる存在。
まずは、ここでご挨拶して山へと上がらせていただくのです。

10分ほど上がると談所の森と名付けられているスペースに出ます。
そこにはこんな石碑が。
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みかんがおいてありました。

ここで感じたことは、相談しあった内容は、クーデターの作戦だけではなく、いかなる国をつくるべきか、大望を語り合うことがメインだったのではないかと。

ここは、大和七福神巡りの福禄寿さまに出会えるところでもあります。
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福禄寿とは、道教でいうところの三徳を神格化したものとされます。
福は血筋が絶えずに継承されていくことを意味し、
禄は財産が安定して得られることを意味し、
寿は健康かつ長生きを得られることを意味します。
要は、国または一族の永続的繁栄を願う想いがカタチになったものと言えます。

中臣鎌足(藤原鎌足)の想いがこの地に福禄寿の信仰を引き寄せたかと。
福禄寿さまは大望を叶えてくれる神様と書いてありました。

それを受けて和歌をひとつ読んでみました。


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大望を
談(かた)りし此処で
決意する
未完のままで
終わらすまじと


中大兄皇子と中臣鎌足が天下太平を願い、語り合ったこの場所でその想いを受け取らずにはいられませんでした。


でも、今回の物語はここで終わりではありませんでした。
さらに奥へと進みます。
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心地のよい波動が伝わってきます。
奥には鎌足さんのお墓。
歓迎されているようでした。
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お墓の前でシャーマニックドラムを鳴らして『弥栄の唄』を歌い踊りました。
とても喜んでくださったようで、空気が明るくなりました!

さらに裏へまわると展望スペースがあり、そこには雲海が待ち受けていました!!!
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正面には二上山もくっきりと。

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この地図をつくった人は鎌足がどんな氣持ちでここから眺めているかを知ってる人だと思います。
関係あるところばかりが載せられています。
今まで行けなかった天の香久山への道が開かれたような氣がしました。

奥には立派な杉と藤原家のお墓がありました。
直系の方で守られている方もあるのでしょう。
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明日香へも道が続いているようです。
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墓から見た景色には国を想う鎌足さんの心が写ってました。
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国に不祥事が起こるとこの神山が鳴動するという伝説が残っているそうです。

どんな想いで彼はここにいるのだろうか。


僕らはもっとここにくる必要がある。
そう感じました。



ということで、決めてしまいました!
この山中で、カタカムナを体感する"風の言霊塾"をします。
毎月10日10時、
談山神社入り口集合。
終了予定は12時30分前後。
終わってから時間のある方はお昼ごはんでも。

神社の案内を通して鎌足さんの想いをお伝えさせていただきます。その上での言霊塾。
言霊塾のタイトルは
『カタカムナ観音〜コトツクリ〜』
"国づくりは言葉づくり"
僕らは言葉があって生かされていると思っています。
聖書にも「はじめにコトバありき」と書かれています。
でもね、その瞬間に、神の従属化に置かれているんですよ。
存在している言葉を使うという次元から、言葉を生み出すという視点へ!!
神がどのようにして言葉を生み出したのか。
そこを体感で学ぶ塾です。

神をみる時代から、神がみているものを観る時代へ。

一人一人が神であることを自覚するとはそういうこと。
ゆえに神社でおこないます。


鎌足さんを見るのでははく、鎌足さんが見ていたものを観る。


僕は一人でもここにきてやります。
よかったらおいでになりませんか?


会費は拝観料の600円を含めて4500円です。
実質は3900円でお願いしてます。
小学生までのお子さんは1000円プラス拝観料300円の1300円で。
小さい子どもが学ぶと絶対すごいことになるから!
ぜひ体感してほしいな。
2回目以降は1000円引きの3500円です。


2月10日がスタートです。
1年間は続けていくつもりです。

申し込みはこちらから。

どうぞよろしくお願いいたします。


言霊の魔法使い(になる予定の)
山田祥平  拝

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先日、高天彦神社に行ってきました。
視察です。
なんの視察かというと、新しい拠点づくりのための視察なんです。
もう、直感がやってきて、御所市に住むことになると。
地図で見たらもうこのあたりしかない!というくらいワクワクした御所市高天。
高天原ですよ!!
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はっきり書いてある。ここが高天原だと。

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この高宮が氣になり、その高宮廃寺と地図に銘打ってある場所を訪ねた。
最近、廃寺跡にやたらとひかれるんだ。

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ここのところ、出会う人がやたらと、自分でゼロから家をつくった人ばかり。
古民家改装とかのレベルではなく、土地の開墾から始めたという人に2週間で3人も会い、家を見せてもらうという。。

あぁ、これは家をゼロからつくれってことかと。
廃寺跡ばかり行かされるのは、廃寺の周辺にその精神を伝えるものをつくれと。
そう神様からのメッセージなのかと受け取っています。

家づくりに関して、まったくのど素人…
と言い訳してしまいそうなのに、家をつくったという人はいずれも超がつくほどの元ど素人ばかり。
言い訳を、封じ込められた(笑)

多分やるんだろうなぁ。


最初から御所市に住みたいとは思っていたが、なぜか桜井に半強制的に住まわされることになった。
あれ?直感きてたのになぁと思ったが、これは、桜井を拠点に、時間をかけてゼロから御所市高天あたりに家をつくれということなんだと今となってはわかる。

まぁ、どうなるかはわからない。
ただ言えるのは、僕は役行者とご縁があり、そのご縁でここで何らかの関わりを持つということ。

どうやら役行者さんが僕をものすごい応援してくれてるらしい(笑)


やろうかね。

ただ、無理やりこじ開けることはしない。
時がきたら動く。
それまではたんたんと自分のできること、目の前にあらわれたことをただ一所懸命やっていくだけ。


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