神迎祭の佳き日に寄せて

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今年の春くらいから決めていたこと。
 
『出雲の神在祭の期間中、ずっと出雲国に滞在する』
 
その間、どこに滞在するのか、仕事はどうするのか。などいろいろ考える余地はあったが、まったく心配していなかった。
そして、段取りも準備もしなかった。
 
そしたら、パートナーの絵麗ちゃんが神迎祭に合わせてツアーを企画してくれた。
 
まずは出雲大社をご案内!と思いきや、大好きな北島国造家からご案内する。
 
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ここは出雲教。
人は宗教と名がつくだけで敬遠しがちだ。
だが、神道と宗教が分離したのは明治になってからであって、それまでの1000年間は常に一緒にあった。
 
神道が神に祈り神と繋がることを目的にするならば、宗教(仏教など)は、神の教えを人にひろめることを目的にする。
それを合わせていたのが修験道という山岳信仰だったりする。
 
まぁ話はそれたが、出雲教とは、出雲大社において神とつながったところから与えられた、生きていくための知恵を人々に広める役目をもつ存在。
そして、その繋がるべき神とは、天穂日命(アメノホヒノミコト)を意味する。
その神を初代の宮司としているのが出雲大社。今の宮司はその神の末裔にあたる。
 
ホヒさんは、アマテラスさんの次男にあたる。
高天原をおさめるアマテラスが地上を長男のオシホミミさんに任せようとしたところ、
オシホミミは地上を見渡してみて、こういう。
「地上はまだまだざわざわしているので、今いっても収拾のつけようがない。」
そこで、ホヒさんが派遣されるのである。
ホヒさんは、地上にいたオオクニヌシに惚れ込んでしまう。
彼の志に触れて、なんとか国土経営を手伝いたいと願い、祭祀ごとを中心にサポートする。
そして、二人三脚で地上である葦原中津国を統一させたのである。
出雲大社と言えばオオクニヌシが有名だが、オオクニヌシだけでは国土経営を成し遂げることができなかったという意味で、
ホヒさんの存在もすごく大事。そのホヒさんがはっきりと祀られてるのが、この北島国造家の境内なのだ。左奥に三社並んだところがあるが、その正面にいらっしゃる。とてもいいエネルギーだ。
 
下の写真は、同じく境内にある天神社。菅原道眞さんがお祀りされている。
なぜかというと、実は、彼はホヒさんから数えて23代目の子孫にあたるのだ。
ホヒさんの血を受け継ぐものの中でとりわけ活躍の著しかった道眞さんを迎えているのだろう。
ここも素晴らしいエネルギー。
国をおさめるものを知恵をもってサポートする役割をもっているのがホヒさん一族。非常に頼もしい!
 
 
 
 
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そして、瀧の前には、スクナヒコナを祀るとされる神社があった。
下の写真の神社だ。
ここで、今回のツアーで、マクロビをいかした神事としての食事を提供してくれることになっている恵梨さんに神魂結(むすひ)の神勅が与えられた。
神様が呼んでいる。それを絵麗ちゃんがキャッチして、御魂を再び結び直す儀式をする。
 
そして、結ばれた神様の名前は、イチキシマヒメ(弁才天)
スクナヒコナではなかった。。。
 
はっきりいってそのほうがしっくりきた。
祀られ方も池の真ん中だし、弁才天のほうがしっくりくる。
 
そして、イチキシマヒメさんとホヒさんは、兄妹。
アマテラスとスサノオのウケヒ(受霊)によってうまれた神々たちの一人。
ここに祀られる理由もよくわかる。
 
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神魂結ができたあとは、祝福の光で神様がサインをくれる。

 

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それから散策途中に命主社の大好きな御神木を紹介し、

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弥山を眺めながら車に戻った。

 

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正直、この弥山こそが、スサノオ降臨の地ではないかと思っている。
僕自身がもっともスサノオを感じる神社が韓釜神社なんだ。
弥山からの降り口がそのまま韓釜神社につながっている。
だって、弥山という名前は、御山(みやま)を意味する。すなわち、神の山だ。
 
このあと、

 

アルケミストさんという出雲市馬木町にあるカフェにてお話会をさせてもらうことになる。

 

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僕が今まで神の世界を感じながら人間の世界とリンクさせてとらえてきた世界観を渾身の力でお伝えした。

号泣してくれる人までいた。

 

 

そして、いよいよ夜は、神迎祭。

 

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稲佐の浜はすごい人。
火が灯され、緊張が高まる。

 

 

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このときに一人一人に御幣という神様の依り代が渡される。

これは、僕の解釈では、八百万の神の依り代にあなたたちがなりなさいよってこと。

神迎えとは、八百万の神を迎えるのではなく、イザナミを迎えるための祭。

龍蛇という海蛇(イラブー)によって、夜の海より導かれてくる。

つまり、夜海とは、よみであり、黄泉国なのである。

 

旧暦の10月は、イザナミの命日の月であるという。

このタイミングでイザナミの御魂を黄泉から迎える。

八百万の神に招集をかけるのは、八十神たちを坂の尾ごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追い払うことができたオオクニヌシだからこそ。

そのオオクニヌシにそのように指示を出したと同時にそのための道具である太刀と弓を預けたのがスサノオ。

言うなれば、オオクニヌシを育てた師匠にあたるのがスサノオ。

そのスサノオの大切なお母さんがイザナミ。

 

八百万の神と八十神はイコール。

オオクニヌシの傘下に入った八百万の神たちは、イザナミを迎えるために出雲に参集する。

それは、呼ばなくたってくる。

その八百万の神の依り代が僕らなのだ。

だから、一人一人に御幣を持たされる。

僕らは、観覧者ではなく、御神事の参加者だったのだ!!笑

 

 

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上の写真は、今回の神在祭の直前に伊勢において完成した浄祓杖(きよめはらゑ)というアイテムだが
いただいた御幣を上にさしたら驚くほどぴったりだった。笑
 
空には月が出ていた。
半月よりも少しふくらんだ月。
毎年旧暦の10月10日。
旧暦でおこなわれるお祀りである以上、1000年前であったとしても、神迎えの日の月の形は同じだったんだなぁと思うと
非常に感慨深い氣持ちになる。
 
 

 

 

イザナミをお迎えした神職さんたちは、出雲大社の神楽殿に向かった。
稲佐の浜に集まった方々も一緒に向かう。

 

 

僕らは残って浜で晩御飯として持参したお弁当を食べた。
神を迎える御神火にあたりながら、イザナミが歩くために用意されたマコモのむしろをいただいてその上に座り。
 

 

最高に贅沢な夜だった。

 

ゆっくり浜で直会をしたのちに、僕らは出雲大社に向かった。

すべてがちょうどよく流れていた。

すべてが完璧であった。

 

 

 

 

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ありがとう!
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