庚申信仰と猿田彦はまったくの別物。

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庚申信仰と猿田彦はまったくの別物。

 

ときどき、庚申堂の御祭神として猿田彦命と書かれる神社を見かける。今日は、東京の赤坂の日枝神社でそれを見た。

庚申信仰とは、民間に流行った信仰で、60日に一度巡ってくる庚申の日に、三尸の虫と言われる一人一人の中にあるやましい氣持ちや後ろめたい氣持ちってやつがムクムクと湧き上がって、魂の故郷である天にご報告にいっちゃうと信じられていた。

やましい氣持ちや後ろめたい氣持ちなど持たず、堂々と晴れ晴れ生きていれたらいいけど、人間だもの、いろいろある。

うちに秘めたい様々な想いを天にご報告されては困るというので人間は考えた。

この虫が天にあがるのは僕らが寝ているときだという。

ならば、この日は眠らなければいいじゃないか!と。

そして、庚申祭というのが始まった。夜通し続く宴会だ。

この日は、すべてをなかったことに!

見ない聞かない言わないを原則に、飲めや歌えの大宴会!

いつの間にか60日に一度巡ってくる待ちに待った宴会の日という認識になる。

庚申の日にやるということもあって、見ざる聞かざる言わざると結びつき庚申堂にはよく三猿の置物があったりする。

この庚申祭りが民衆に大人気。いかにも人間臭くて、愛おしくさえ思えてくる。笑

全国各地にあった庚申さん。それを神仏判然令で庚申さんを神社として残さないといけなくなったときに、いきなり猿田彦さんになった。猿田彦さんとしては、「えっ、俺!?」的な。

本来は道教からきている庚申信仰を無理やり神道にあてはめたものだからとってつけた感が否めない。

申(さる)だから猿田彦。行政の都合(合理的な理由)で変えられたものは本来の意味を歪めてゆく。そして、猿田彦は道開きの神だから、ご利益にも結びつきやすいので、神社としては宣伝効果も高いので、それがさも当然とまかり通ってしまう。

 

 

本来の意味が失われてしまうということは根っこがグラグラだということ。

日本人としての根っこを盤石なものにするために、本来の意味をしっかりと伝えていくことが大事だとあらためて思った。

それを伝えることが僕の役割かもしれないと自覚した。

今日からそれをしていくと決めた。

語るだけではなく、こうして文字にして書いていくことにする。

体制に挑戦してくことになるので勇氣がいり、なかなかできなかったがもう開き直った。笑

やっていきますので、どうぞよろしく御願いいたします。

 

弥真道(やまと)の神伝人(つたえびと)

神力車 祥平

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