”尿からみえた神様のおはなし”

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先日、第八回となる尿療法の全国大会が伊勢にて開催されました。

尿療法を実践して3年目になる自分はなんと、講師の一人として選ばれ、お話をさせてもらうことになりました。

自分のパートナーとその子どもも連れていきました。

自分の人生を構成する大切な要素のひとつだからぜひ受け取ってほしいと感じたからです。そして、受け取ってくれてありがとう。

尿を飲んでてもキスしてくれる。それだけで愛だなぁって感じます。笑

 

僕が講師としてお話したこと、それは神話と尿の関係性です。

神話と尿???

と思う方がおられるかもしれません。

ところが、すごく重要な場面で尿は登場するのです。

 

神話における父と母とも言えるイザナキとイザナミ。

二人はみとのまぐわいなるものをして、国生みと神生みをしていきます。

これが地球における陸地の形成と、森羅万象の生成をあらわします。

この神生みという森羅万象の生成の中でイザナミは、火の神カグツチを生み成します。

その神を身ごもりしことにより病み伏せてしまいます。

そのとき、たぐり(嘔吐物)、くそ(屎)、ゆまり(尿)を放出します。

たぐりが地球の重要な資源である鉱物に

くそが様々な命を育む土壌に

ゆまりがすべての命を潤す水になるのです。

 

古事記原文にこう記されています。

 

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ゆまりになりませる神の御名はミズハノメノカミ。

次にワクムスヒノカミ。この神の御子をトヨウケビメノカミと申す。

 

つまり、イザナミの尿に成った神がミズハノメノカミという水の神と

ワクムスヒノカミという生命力再生の神であり、そのワクムスヒから伊勢神宮は外宮において食の神様として祀られるトヨウケビメが生まれている。

 

 

この系譜は非常に重要だと思うし、自分自身の体感がそれを証明している。

 

 

僕は人力車で日本一周の旅をした。

大変だったとは思わないが、楽ではなかった。

そんな中で、たくさんの人から差し入れをいただき、それがどれほどありがたかったことかわからない。

ただ、さしいれてくださる飲料のうち、お茶・コーヒー・栄養ドリンク・ジュースなどほとんどの液体が命にとっての喜びには繋がらなかった。

命(身体)が喜ぶ飲み物は唯一、水だけだった(一部のスポーツドリンクは可)。

旅を通して一番変化したことのひとつが、お水がとにかく好きになったことだ。

今でも人が見たら尋常じゃないほど水を飲む。

それくらい、命にとって必要なものだと、頭ではなく身体が理解したのだ。

 

旅以来、僕が朝一番に飲むものは水以外になかった。

身体が受け付けないのだ。

ところが、尿を飲むなら朝イチがいいと勧められ、試しに朝イチの尿を飲んでみると、ゴクゴク飲めた。

しかも、身体にとっての浸透率が水以上にいいのだ。

尿から生まれた神様がミズハノメノカミというのが妙に納得がいった。

 

同時に、ワクムスヒはなんだろう?と考えた。

尿の持つ要素の中の水分と効力を二柱の神として分けたんじゃないかと思った。

尿の効力がワクムスヒではないかと。

ワクムスヒを調べると、生命を再生させる力をもった神とある。

これこそ、まさに尿療法の伝えること。

身体の情報が尿から放出され、それを自らの体内に再び取り込むことで自分の身体に自分の状態を認識させ自然治癒力が働き出す。

まさに自ら湧き上がる生命再生の仕組み。

ワクムスヒとは、自然治癒力をあらわすものかもしれない。

 

そこから生まれたトヨウケビメは、食を司る。

食とはすなわち、自然治癒力を引き出すために人間が楽しみながらそれを摂取できるようにしてくれたものかもしれない。

食とは本来、人を良くするためのもの。

人+良=食

 

僕らは尿や排泄物を汚いものとして遠ざける。

でも、本来、この世界にあるもので必要のないものなどない。

すべての存在が役割を持ち、なくてはならないもの。

日本における神という概念は絶対的なものではなく、《なくてはならないもの》という意味。

http://kazepro.info/%E3%80%90%E7%A5%9E%E9%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E5%85%83%E3%82%92%E6%83%B3%E3%81%86%E5%BF%83%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%91%E3%80%8Ashinto-is-to-feel-the-roots-of-you-%E3%80%8B/

 

尿や屎、いっけん僕らが敬遠しがちなものにこそ、もしかしたら大切なものが隠れているかもしれない。

そんな可能性に氣づかせてくれるものが神話だったりもする。

 

 

綺麗なものを取り入れ、汚いものを排除する。

それはほんとうの調和だろうか。

すべてのものに役割を見出す。

それがすべての存在を神にするということ。

八百万に神を観るということ。

 

”尿からみえた神様のおはなし”でした。

 

ご拝読いただき、ありがとうございました。

 

神伝人(つたえびと)

山田祥平 拝

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