「燗という文化」 | 「ありがとう」の風

「ありがとう」の風

「風の集い」と「ありがとう断食セミナー」は、私の唱える「結びの思想」を「ありがとう禅」を通じて全身で理解し、自分を古い思い込みから解放する場ですので、ぜひ積極的にご参加ください。

 一滴も酒を飲めない両親から生まれて来たのに、どうして自分がこんなに酒好きなのだろうと考えることがある。中学二年でお寺の小僧になった時、夏の激しい作務の後、師匠が旨そうに飲むビールを見つめていたら、「宗鳳、お前も飲むか」と勧められたのが、どうやら、とても真面目だった私が道を踏み誤った最初の一歩だったと思う。高校生になった頃は夏ごとにユカタに高下駄姿で京都の一流ホテルのビアガーデンに連れていかれるようになった。今なら警察に補導されるだろう。

 文字通り世界の酒を飲んで来た。テキサスのバーボン、チェコやアイルランドの地ビール、スコットランドのスコッチ、エジプトのアラック、中国のマオタイ、フィンランドのウォッカ、モンゴルの馬乳酒、ヒマラヤのリッキ、プエルトリコのラム、南カリフォルニアのテキーラ、アイヌのカムイトノト、小学生の頃、アル中の爺さんに買いに行かされた在日韓国人のドブロクなど、その一つ一つに本一冊書けるほどの思い出がある。比較宗教学者ではなく、比較地酒学者という肩書を名乗りたいぐらいだ。

 その結果、行き着いたの丹精込めらて作られた日本酒の燗だ。これは旨い。冬のフランスのマルシェで売っているホットワインも体は温まるが、まるで安酒だ。広島西条の老舗酒蔵の社長も燗酒しか飲まなかった。電子レンジでチンしても燗はつけられるが、やはり火鉢のヤカンで温めるのが一番いい。その間、ガマンして待っていなければいけない。それが、日本文化だ。この頃、居酒屋に行って若い人に「燗をつけて」という日本語が通じなくなったのは悲しい。「燗文化」という本を書いてみたい気もするが、もはやそんな寄り道をしている時間がないので、来世までお預けだ。