マヤ暦の話をあちこちで聞くようになってから暦ってなんだろ?って考えるようになった。
少し前あたりに江戸時代の改暦を物語にした本も読んでいたから暦とゆうものを想う時が多くなったかな。
想像してみれば暦のなかった時代の圧倒的な世界の広がりは今に生きている私からするとおそろしくおそろしい。
時間とゆう概念のない中でどこまでも続いていく存在。
暦とは人間が生きやすいように示された1つのツールでしかないようにおもう。あまりにもだだっぴろい宇宙では溺れてしまうから。でもきっと暦の源の自然から離れてきている社会は数字の枠の中で迷走することになるのでしょう。
本質とは何なのか?
情報はあふれているけど、本当にそのものとの出会いがなければ虚しいだけでしょう。
少し前あたりに江戸時代の改暦を物語にした本も読んでいたから暦とゆうものを想う時が多くなったかな。
想像してみれば暦のなかった時代の圧倒的な世界の広がりは今に生きている私からするとおそろしくおそろしい。
時間とゆう概念のない中でどこまでも続いていく存在。
暦とは人間が生きやすいように示された1つのツールでしかないようにおもう。あまりにもだだっぴろい宇宙では溺れてしまうから。でもきっと暦の源の自然から離れてきている社会は数字の枠の中で迷走することになるのでしょう。
本質とは何なのか?
情報はあふれているけど、本当にそのものとの出会いがなければ虚しいだけでしょう。
