後の世に信仰は廃れた。長い間、誰からも顧みられることがなかった。
 
木喰仏を見いだし、世に広めたのは、「民藝運動」の柳宗悦である。
柳は、美術品の収集家であった小宮山清三の自宅を訪問した際に、縁側?にあった仏像に目をとめた。
それが、木喰仏である。
小宮山清三は、昇仙峡などの観光開発を行った山梨県の政治家であるが。甲府教会の信徒であった。
甲府教会は、市川教会の伝道を行った宣教師CS・イービーがその基礎を築いた教会でもある。

柳は小宮山の紹介で木喰の子孫である伊藤瓶太郎と交流を持つようになる。
今回の企画展では、柳が伊藤家に宛てた手紙が初めて公開されていた。
柳の人柄と深い気配りが垣間見える書簡である。
 
縄文時代の火炎型土器を世に広めた岡本太郎、木喰仏を見いだした柳宗悦。
彼らがいなければこの地上から永久に消えてしまったかも知れない「民衆の祈りの姿」がある。
審美眼を持たない凡人として、彼らに心から感謝したい。
 
下部温泉駅から車で15分のところに、「木喰の里 微笑館」があるそうである。
(常設展示だが、収蔵品のうち、文書類は実物だが、木喰仏の多くはレプリカだという。)
 
<参考、引用:捨身 木喰上人:小河 久 著 :創栄出版 2000>
上記は、木喰の伝記風のフィクションだが、史実を詳細に調べ、法華経などをわかりやすく解説している。
経文と読みや意味を引用させていただいた。
 
残念ながら著者がどのような方なのか、
(奥付には著者についての情報や参考文献が記載されていなかったので)
調べたが、わからなかった。
微笑仏同様に心打たれた本だった。お勧めする。
 
9月16日(日)ETV 9時~ 「日曜美術館」で「木喰展」が特集される。