「やってみる、とは言ったものの…どうしたらいいの、タットじい?」
「それはな…」
タットじいはちょっとためらうように口ごもった。
「それは…?」
真理もトマスも期待のまなざしでタットじいを見つめる。
しばし、室内に沈黙がおとずれた。
「それは…わしにもよくわからん」
「「…はぁ?」」
拍子抜けした真理とトマスの声が重なった。
「え…っと、ちょっとタットじい? わからないってどういうこと?」
「タットじい…これだけもったいつけておいてわからないって…」
「あ、いやいやいや…」
思わず身を乗り出す2人に、タットじいはあわてて手を振ると、弁解するように続けた。
「やり方はだいたいわかっているんだ。だがな、どうして好きな場所に行くことができるのかがわからないんだ。アーデにも詳しいことはわからなかった。行きたい場所を強く願う、って以外のことはな」
「ふ~ん…。でも、それだけわかってればいいんじゃないか? 願えばいいんだろ?」
「それはそうなんだが…。アーデの話しでは、ものすごく疲れるんだそうだ。アーデにしろマリィにしろ、わしが見つけてからしばらくは目を覚まさなかった。それだけ体力を使うってことだ。まぁ、違う世界に行くだけの力が働くんだから、疲れるのは当然かもしれないがな…。
わしはマリィの体が心配なだけだ。詳しいことがわからないまま試してみてもよいのかどうか…。アーデはしばらく休養してから試していたし、多少の知識はあった。それに、力を使うための訓練とやらもしていたらしいからな」
「…なるほどね。マリィが成功するかはわからないし、それでどれだけ疲れるかってことか」
タットじいもトマスも、さっきまでの勢いはどこへやら、どうしたものかと考えこんでしまった。
再びの沈黙。
真理は心配そうなタットじいとトマスの顔を見比べると、話しが深刻になりすぎる前に口を開いた。
「いいよ、私。とりあえずやってみようよ」
タットじいもトマスも、ハッと顔を上げた。
「マリィ。わしらは言うだけだから簡単だが、実際に試すお前さんには負担が大きいかもしれないんだぞ? それでもいいのか?」
「うん。だって、さっきみんなで決めたじゃない。試してみなければ何もはじまらない、クヨクヨ考えても疲れるだけ…そうでしょ、2人とも?」
「それはそうだが…」
「…マリィ、本当にいいのか?」
最終確認とでもいうように、トマスが真理に聞いた。
「うん、もちろん。試してみないと、なんだかムズムズして気持ち悪いし。もうっ、2人とも心配しすぎ! 何かあったら…そうね、たとえば私が疲れすぎて倒れちゃったりしたら、2人でしっかり看病してね」
笑顔でウインクする真理に、すっかり毒気を抜かれてタットじいとトマスは顔を見合わせた。
「あ、ああ…看病ならおれらに任せておけよ。なぁ、タットじい」
「あ、ああ…そうだな」
「それじゃあさっそく!」
真理は勢いよくイスから立ち上がると、テーブルの上のガラスのくつをそっと両手で包みこんだ。
「これをはいて、元の世界に行きたいって強く願えばいいのよね、タットじい?」
「あ、ああ。それと、できるだけ行きたい場所…元いた場所のことをはっきり頭の中にイメージするんだそうだ。その場所の空気や色、香りまで鮮明にな」
「うん、わかった。それじゃあやってみるね」
真理は力強くうなづくと、あばあちゃんの家の屋根裏でやったのと同じように、そっと自分の足元にガラスのくつを置いた。
タットじいとトマスは、息をひそめて真理の様子を見つめる。
真理は深く深呼吸すると、ガラスのくつにゆっくりと右足を滑りこませた。
スルッとくつに入った足は、ぴったりと真理の右足に合った。
ひんやりと冷たく、なめらかなはき心地は、あの時と同じ。
きっと大丈夫…そんな思いが真理の心にあふれる。
真理はぎゅっと目を閉じると、思わず強く両手を握りしめた。
そして、おばあちゃんの家の屋根裏部屋を頭に思い浮かべる。
ホコリっぽいごちゃごちゃとした部屋。
夏の午後の日ざしがかすかに入る、ほの明るい部屋。
こもった空気がちょっとカビくさい香りの部屋。
そして何より、その場所に行きたい、元の世界に帰りたいと強く心に願った。