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いつも機嫌よく

2015年春、卵巣がん(明細胞腺がん、1C)の手術を受けました。
これから始まる治療をがんばりぬけるように、日々感じたことなど綴っていこうと思います。

このブログを読んでくださるのは、同病のお仲間などがんに関心の高い人がほとんどなので既にお読みになっている人も多いと思いますが、久しぶりに記事を読んで共感するところがたくさんあったので共有します。

 

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170907/k10011130561000.html?utm_int=netnewsup_contents_list-items_001

 

がんになって、そのことをオープンにしていくのは思っていた以上に難しいことでした。

 

最初に話したのは一番身近な家族、でも両親に告げるのは葛藤がありました。それから、職場の上司と同僚、人事に話しました。これは必要があったからで、「治療を優先していいよ、サポートするよ」って言ってもらえたのはありがたかったのですが、がんと告げたとたんに心優しい上司や同僚が涙目になっちゃって…やっぱりそういう風に受け止められるんだなって思いました。

 

親しい友達にも、最初はがんとは言えなくて、遊びの予定をキャンセルするのに「婦人科系の病気で手術することになったから」と伝えました。嘘ではないけど、オープンにはなれなかった。心配をかけたくないという気持ちもあったけど、今までと違う目で見られるんじゃないかという不安があったからです。手術のあと、抗がん剤治療をすることになってから、親しい友達数人にがんであることを話しました。友達は、きっとすごく心配してたけど、できるだけ普通に接するように努力してくれてたと思います。その気遣いがわかって嬉しかったです。

 

抗がん剤治療2クール目で職場復帰した時は、髪がほとんど抜けていたので、最初はケア帽子を被って仕事に行きました。9月でまだ残暑が厳しかったし、ウィッグだと頭が締めつけられて不快だったから。病気のことを知らない人もいて怪訝な顔をされたけど、単なるおしゃれよっていうフリを通して。でも、1週間ほど経つ頃に、周りの人に微妙に気を遣わせているんだなと感じるようになり、それからはウィッグを使うことにしました。蒸れてかゆくなったり、夕方には頭が痛くなったりしたけど、周りの人の接し方は自然になったような気がします。

 

記事で照会されている中島さんがいう「髪の毛がないことを隠し、偽っている感じ」は、私もちょっとありました。身内と過ごす時間や休みの日の外出はケア帽子だったので、その方が楽ちんだし、自分らしく素のままでいられるような気がしましたね。

 

でも、どこでも誰とでも、がんであることをオープンにして素でいられたわけではなくて、時間の経過とともに、少しづつ知ってもらう人が増えてきて、がんだけど仕事している私とか、がんだけど遊びを楽しむ私と一緒に過ごすうちに、「がんになっても、前と同じなんだ。」って受け入れてもらえるようになってきたんだと思います。

 

がん患者の考え方もいろいろだし、オープンにしたいと思ってもできない状況の人もいるでしょう。記者の宮脇さんが書かれているように「これが唯一のあるべき姿」ということではないと私も思います。

 

がんになると、いろんな面で制約は生じますが、その人の本質というか、その人らしさの核みたいなところは、決してがんによっても変わらないんだと、自分ががん患者になってみて、同じ病気の人ともたくさん会ってみて、強く感じます。だから、世の中全体が「がんになっても、あなたはあなたよ」って、お互いに自然に言えるようであったらいいなと今は思っています。

 

まとまりのない長い文章になってしまいました。最後まで読んでくださってありがとうございます。

 

 

 

 

今年の東京は、本格的な夏を待っているうちに8月が終わってしまったようで、このまま秋に突入かと思うとちょっとさみしいです。

 

みなさんのブログは折々読ませていただいているのですが、自分のブログからはすっかりご無沙汰で3か月ぶりの更新になってしまいました(汗)もともとの性格がマメじゃないから、ダメですね。。。

 

8月31日(木)は3か月ごとの定期受診で婦人科の主治医にお会いしてきました。結論から書くと、おかげさまで今回の経過観察も大丈夫でした。

 

いつものことではありますが、受信前の数日と採血から診察呼ばれるまでの時間は、なんとも言えない不安定な気持ちになります。今回は診察予約の方が多かったのか、いつもより待ち時間が長くて、ほとんど最後の方にやっと名前が呼ばれました。緊張気味で診察室に入ったところ、主治医から「体調はどうですか。マーカーの数字も落ち着いてるし、前回の詳しい読影レポートも問題なかったので、順調そうですね。」と話しかけてもらって、肩の力が抜けました。内診とエコーもしてもらって、特に所見はありませんでした。

 

それから、不安な気持ちになるのはなぜかってことなど、少し主治医とお話ししました。

 

2か月ほど前から、右足付け根の後ろ側に痛みがあり、近所の整形外科で坐骨神経痛と診断され、牽引等の治療に通っています。坐骨神経痛は、私の周りの同世代で悩んでいる人もいるので、年齢的によくあることと思っていたのですが、あるところで、がんの骨転移の痛みを坐骨神経痛と勘違いするケースがあるという話を目にして以来、もしかしたら…と考えると不安でたまらなくなってしまいました。

 

主治医の考えでは、CTに何も映っていないし、マーカーも落ち着いている状態で、骨転移は考えにくいとのこと。骨シンチ検査をするかという話になったけど、今回はしないことにしました。次回の予約は3か月後ですが、やっぱり気になるとか、臀部の痛みが悪化したりした場合は、いつでも電話していいと言ってもらったので。

 

このことの他にも、親しい友人が最近がんと診断されたりしたことなどで、不安で寝付けない日がときどきあることを相談して、以前にも出してもらっていた軽い入眠剤を処方してもらいました。たいていは考えすぎなんだとわかっているけど、考え始めちゃうとだめなんですよね。毎晩服用するわけではないけど、どうしても眠れないときにお薬の力を借りられると思えば少し安心。お守りみたいなものですかね。

 

そんなこんなで10分ほどお話しして、診察室を後にする際に、「マサコさんは経過順調だから、大丈夫ですよ。」と主治医が声をかけてくれたんです。その主治医のひとことでとても気持ちが落ち着きました。主治医のこういうところが、私は大好き。とても頼りに感じています。最近のお医者さんは、あまり「大丈夫」って言わないと何かで読みましたが、患者が心細いとき、先生の「大丈夫」ほど心強く励まされる言葉はないと思います。私の心が弱いのかもしれないけど。

 

先月は、職場の健康診断もあって、体重増加と以前から指摘のあった胃のポリープやびらん以外はだいたいOKでした。体重増加は健康診断の前に何とかしないくちゃ…と思っていたのですが、ダイエットもジム通いも続かなくて、結局やせられないままその日を迎えてしまいました。気になっていた骨密度は、若い人の80%、同世代女性の93%でした。前回とほぼ同等レベルを維持できていたのでよかったです。引き続きカルシウムやビタミンの摂取や階段上り下りを続けます。

 

これから涼しくなってくると、近郊の低山ハイキングや街歩きにもいい季節なので、しっかり歩いて足腰と骨を鍛えたいと思います。




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いつも 固い文章ばかりで我ながら退屈なので、写真を載せてみました。夏の終わりの山の夕焼けです(^-^)

 

 

 

5月は新緑と青空が気持ちよい季節のはずなのに、曇り空です。GW明けは、汗ばむほど暑くなったり、雨がふったり、肌寒くなったり…不安定なお天気が続きましたね。はやく初夏を感じられる陽気にならないかなあ。
 
12日(金)は、経過観察の婦人科受診で仕事を休んで大学病院にいってきました。いつもは採血と内診・エコーのみですが、今回は術後2年になるからCT検査つき。CTはほぼ1年ぶりなので少し緊張しました。造影剤で身体が温かくなるのはあまり気持ちのいいものではないですね。検査から診察まで2時間ほどの待ち時間があり、なんとも落ち着かない気持ちで過ごしましたが、診察室に入るとすぐに主治医から「順調ですね。」と声をかけていただき、肩の力が一気に抜けました。腫瘍マーカーは1桁でかわりないとのこと。詳しい画像レポートはまだ出ていませんでしたが、パソコンの画面を見せてもらいながら主治医がCTの結果を解説してくださいました。上半身からそけい部までのリンパ節に腫れはなく、肺や他の臓器にも気になる影などは見られないとのこと。肝臓には二つの小さな濃いグレーの丸がありますが、これは、以前から言われている「のう胞」というもので、前回の画像と比べて大きさが変わっていないので、心配する必要はないということでした。
 
前々回の記事にも書きましたが、腰や背中の痛み、体重増加、消化不良などの体調不良がすべて再発への不安に直行してしまって、特に診察まえの2週間ほどはとっても不安定な精神状態になってしまいました。私の表情があまりにほ~っとしたのを見て主治医は意外だったようです。
 
主治医:何か気になることあるんですか?
わたし:体重が増えたことや腰や背中の痛みが…再発のことを考えて不安になってしまいました。
主治医:皆さん、診察前は不安になるとよく言われますものね。でも、検査結果をみる限り、それらはがんとは関係ないです。ダイエットとか運動してみては。
わたし:そうですよね(汗)
 
腰や背中の痛みが解消したわけではないし、それはそれで日常的に悩ましいのですが、信頼する主治医に笑顔で送り出してもらえたので、気持ちを軽くして帰宅することができました。次の診察は8月下旬です。
 
14日(土)は、住んでいる区内の施設で開かれたBeHappyJapanのオープンセミナーに出席しました。OVCAでお会いしたmichikoさんが代表をされていてTenkoさんが患者としての体験をお話されるということでしたので、行ってみました。会場では、OVCAで知り合った方に何人かお会いできて嬉しかったです。ボランティアベースのNPOとして活動を続けていかれるのは大変なことだと思いますが、こういう機会を設けてくださったことに感謝です。
 
有名な勝俣先生の講演をお聞きするのは始めて。メインテーマの抗がん剤治療については、知識として知らない内容は少なかったけど、わかりやすく身近な感じで話されるので、とても聞きやすい講演だったと思います。
 
なかでも印象に残ったのは、「がん患者の私をやめる」というお話。
「がん患者」であることは、私のほんの一部でしかないのに、再発の不安にさいなまれているとき、それが大半になってしまっていましたね。深く反省。。。
家族の私、働く私、友としての私、遊ぶ私、学ぶ私、私だけの私…私を構成する要素はたくさんあって、どれも「がん患者の私」よりずっーーと大切なのだと改めて気づきました。
なるべく多くの時間を「私の好きな私」で過ごすことを、術後3年目のテーマにしようと思います。
 

 

連休の後半は、両親とモスクワに行ってきました。

 

8年ほど前から弟が家族(奥さんと中学生になる息子)でモスクワに暮しています。年末年始には仕事を休んで家族で一時帰国してくれるので両親ともども一緒に温泉旅行などを楽しんでいます。

 

でも、成長著しい孫(私にとっては甥)と会えるのが年に一度では寂しいらしく、以前からモスクワに会いに行きたがっていました。両親だけでの旅行を計画したこともありましたが、母が体調を崩してドタキャン。父が80代になってからは、ふたりだけで海外旅行に行く自信はないからと、あきらめ気味になってしたんです。ふたりで行くのが無理なら、いつか私が連れて行ってあげたいとずっと思っていたのですが、思い切ってこの連休に行くことにしました。

 

病気をして一番変わったのはこのことかも。病気になる前の私の「いつか」は未定のままだったけど、やりたいことはできるうちにと考え、実際に行動にうつすことが増えましたね。

 

モスクワは春が始まったばかり。滞在中はずっとよいお天気が続いて、青空に映える新緑がきれいでした。弟は仕事を休んで案内してくれて、今住んでいるアパートだけじゃなくて、前に住んでいたところや甥が通う学校なども見せてもらいました。オフィスにもお邪魔して同僚の皆さんにご挨拶もできたので、モスクワでの弟家族の生活がよくわかって、両親は安心できたようです。弟夫婦が手料理を振舞ってくれたり、甥っ子とはサーカスを一緒に見に行ったりして、とっても楽しい思い出ができました。

 

父は80代になり、物忘れも増えてきましたので、身の回りのことをするのにいろいろと介助が必要です。母はまだ70代ですが、2月に1ヶ月ほど体調を崩して入院していたこともあり、体力や気力の面で弱くなってきました。ふたりの身の回りのお世話をしながらの旅行は、思っていた以上に大変で両親の老いを改めて感じる毎日でしたが、無事に行って帰ってくることができて何よりでした。

 

病気になって、両親にはとても心配をかけてしまいました。心配だけじゃなく、手術から抗がん剤治療中を通じて母には何度も上京して付き添ってもらたし、その間、高齢の父は一人暮らしになりずいぶん不自由をかけました。今回の旅行で、少しは恩返しができたかな、だったらいいなと思います。

 
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ゴールデンウィークが始まり、春らしい陽気が続いていますね。

昨日は私の誕生日で53歳になりました。
若い頃は欲しいものがアレコレ思い浮かんだものですが、いつ頃からか物欲が乏しくなりました。これも年をとるということなのでしょうか。最近はもっぱらモノより思い出、なので誕生祝いは旅行にしてもらいました。

ロマンスカーで小田原に行き、お寿司を食べて腹ごなしにお城の周りを散策。初めてのぼった小田原城から眺めた青い相模湾と緑の丹沢、爽やかな風がとても気持ちよかったです。お堀端の藤棚がちょうど満開でとてもきれいでした。報徳二宮神社にも初めてお参りしたのですが、新緑が眩しくて気持ちの落ち着く場所でした。

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それから東海道線で湯河原に行き、温泉に入って美味しいお料理をいただき、日常から離れて夫と水入らずの静かな夜を過ごしました。

露天風呂には八重桜が咲いていて、夜はライトアップもされていたので、思いがけずお花見もできました。温泉はいいですね。身体だけでなく心もゆるゆるとほぐれたような気がします。

癌がわかったのは一昨年の4月28日だったので翌日の誕生日は混乱した気持ちで過ごしました。あの日のことを思い出すにつけ、今年の誕生日をこうして無事に迎えられたことに、改めて感謝の気持ちを感じます。

昨晩は、夜中に夫と話していて、再発に対する不安な気持ちをつい言葉にしてしまいました。

OVCAやブログでお仲間の皆さんのお話を伺って、再発しても様々な治療があることや生活を楽みながら病気と共生できることも知りましたが、再発後にままならない厳しい展開になりうることも知り、辛い治療を頑張っていた友人を見送ったこともあり、不安という一言では表せないいろんな入り混じった感情があるのですが、その気持ちはなるべく口にしないって思っていたんです。

ネガティブな言葉を言いたくないし、夫まで不安にしちゃうかもしれないし、言われても困るだろうから。それに、言葉にして口に出すと、現実になってしまうような気がして…。でも、連休明けに術後2年のCT検査を控えて、数日前から不安定な気持ちになってきたんです。それで、とうとう昨晩、話してしまいました。夫は困った顔をしながらも、大丈夫だよと言って背中を撫ぜてくれました。癌は気持ちにつけいってくるし、不安があることはわかってるから、何かできるわけじゃないけど、話してもいいんだと言われました。話したことて少しだけ気持ちが軽くはなったかも。

あー、でもやっぱり不安が解消できたとは言えません。言いたいけど。ずっと続くのかな、まだまだ長い道のりなのかな。癌になるって、寛解って、こういうことなんですね。仕事も家事も遊びも、することいろいろあって忙しいんだから、できる限り癌のことは考えないで過ごそうと心がけているけれど、なかなか思い通りにはいかないものですね。