表現の自由について思うこと | 川村準(無所属)のブログ

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 さいたま市南区で政治活動をしている川村準(無所属)のブログです。さいたま市の政治ネタはもちろん、国政や日々感じたことを書いていく予定です。

 先日、AFEEの方とお話しする機会があった。

 

 AFEEとは、正式名称を「エンターテイメント表現の自由の会」である。

 

 表現の自由というと、どうしても政治的な文脈で主張したり、語られることが多い。

 

 AFEEは、漫画・アニメ・ゲームといった、従来サブカルと言われている文脈での表現の自由を主張している消費者団体だ。

 

 私自身は、消費者団体の役割に重きを感じている。

 

 経営者にしても、労働者にしても、クリエイティブな個人事業主にしても、製造者には製造者側の論理が存在し、見えないところで、消費者の権利を縮小することもある。

 

 そうした問題に、しっかり声を上げ、消費者が求めている商品を、双方向の交流で作り上げるのにどうしても必要なのが、消費者団体だと思う。

 

 例えば、遺伝子組み換え食品やゲノム編集食品、こうしたものの表示義務などの規制も私は主張している。

 

 こうした食品も、製造者側は、売り上げや利益が出れば良し、とすることが少なくない。

 

 一方、消費者団体は、そうした商品を消費する立場から、その商品に大きなマイナスがないか、総合的に考え、製造者や行政によりよい規制を働きかける。

 

 話を聞いたところ、AFEEも、サブカルの表現の自由を守るために、消費者団体として戦っている、とのことである。

 

 消費者団体は、モチベーションの維持が難しい。

 

 製造者は、それで生活を維持しているのだから、モチベーションの維持もへちまもない。

 

 一方、消費者団体は、自身が仕事をしたり他の業務をしながら、いわば社会的正義の実現のため、消費者団体の活動を維持するしかない。

 

 AFEEのメンバーが、いくらサブカル愛にあふれていても、それを維持するのは、並大抵のことではない。

 

 この熱情を2013年のAFEE発足以来、もう10年近く維持していることになる。すごいことだと思う。

 

 そのAFEEの方とは、「表現の自由を守るための約束」に、賛同してくれ、と言われた。

 

 その約束とは、

  1. 公共の施設などでの表現・言論の自由を守る
    • 同人誌即売会やコスプレイベント、展示会等の開催/参加の自由を守るよう働きかける
    • 表現の内容についての、好悪感情などに影響された過度な干渉、妨害行為について毅然とした態度を取るよう働きかける
  2. 青少年の健全育成などを理由にしたマンガ・アニメ・ゲームなど創作物に対する過度な規制に反対する
 
 
 1については、サブカルの表現の自由、という枠組みだけでなく、表現の自由を守る、という観点から、サブカルであろうと何であろうと、表現の自由は守られるべき、という観点で強く賛同できる。
 
 また、2については、「過度」という言葉の定義が難しいが、これもまた賛同できる。
 
 正直に言えば、今後、「適切」な規制が登場した時に、「適切」と「過度」で解釈が分かれる可能性は否定できない。
 
 しかし、基本的には創作物に対する規制は、1の表現の自由の規制に繋がり、サブカルといった分野であろうなんだろうと、表現の自由の規制は、サブカルで規制があれば、それが今後、ほかの分野に拡大する可能性が否定できない。
 
 そういった意味で、私は2にも強く賛同できる。
 
 さて、これまで漫画・アニメ・ゲームをサブカル、と呼称してきたが、昨今の日本の経済状況、いわば「失われた30年」を考えると、日本の製造業の衰退により、高度経済成長期のような日本のイメージ像は、ほとんど消失しているのかもしれない。
 
 そうした中で、少し前に言われていたクール・ジャパンではないが、日本の漫画・アニメ・ゲームは日本の文化の一つとして、世界に誇れるものがある。
 
 諸外国では、サブカルの規制が厳しい国もある中、日本がこうした漫画・アニメ・ゲームで今後、優位性あるいは発展させるためには、サブカルの規制ではなく、サブカルを自由な発想環境に置いておくことが、非常に重要だ。
 
 そして、漫画・アニメ・ゲームはサブ・カルチャーから、メイン・カルチャーというべき地位に着きつつある、ともいえる。
 
 こうした観点からも、今後、AFEEの活動は注目すべきだし、メンバーの方とも連携を強めていこう、とも話した。
 
 最後に、私自身も、漫画・アニメ・ゲームは好きだということを言及したい。
 
 特に、ゲームは小中学生の頃よくやっていた。
 
 私は、ドラクエ、FF、マザーシリーズなどRPGが特に好きだったが、衝撃を受けたのは「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(1998年発売)だった。
 
 このゲームをやった当時、小学5年生だった私は、今後どんなに長生きしても、このゲームを超えるゲームには出会えないだろう、と思った。
 
 その思いは、率直に言って今も変わっていない。
 
 ゼルダの伝説の最新シリーズ、「ブレス・オブ・ザ・ワイルド」(2017年発売)も紛れもない傑作だが、システム面など総合的に考えると、「時のオカリナ」が作り出した世界観の延長線上にあり、やはり「時のオカリナ」を超えられていない、というのが私の率直な感想だ。
 
 仮に、「時のオカリナ」を超えるゲームがあるのであれば、是非教えていただきたい。
 
 いずれにしても、「時のオカリナ」に衝撃を受けた私の将来の夢は、任天堂に入社し、宮本茂氏(「時のオカリナ」を作った人、マリオを作ったことでも有名)を超えることだった。
 
 しかし、クリエイティブな才能にかける私が、宮本茂氏を超えることは、遠い夢のまま終わり、現在は政治家という職業についている。
 
 宮本氏の師匠ともいうべき存在、横井軍平氏は「枯れた技術の水平思考」ということを言っていたそうだ。
 
 この考えた方は、窮屈な、自由でない思想環境からは生まれえない。
 
 換言すれば、表現の自由の規制は、第2、第3の宮本氏を潰すことにもなりかねない。
 
 夢破れ宮本氏を超えることが出来なかった私が政治家として出来ることは、第2、第3の宮本氏を日本に誕生させ、日本のサブカルを含めた文化の発展を後押しすることだろう。
 
 AFEEの方と喫茶店で話して、表現の自由に関し、ぼんやりとそんなことを考え、表現の自由を守るための約束に賛同し、熱い決意を固めた。