これ、時々考えるのですね~
自分の社中を構えて
取りまとめしていることや、
資格を取るための指導を
することもあるので、


ふむふむ~と考えてみるのです。


わたしのように仕事にしていると、
入門してくださるお弟子さんたちは、
先生の資格も目安に
いらっしゃるでしょうね。
安心感とも言えるでしょう。


自分としては
資格に見合ったそれなりの指導力や、
演奏の力を
磨いておきたいな~と
思いますので、
自分の励みにもなります。



ただ、
資格を振りかざしたい訳でもないですし、

資格を持たない時に
手を抜いて演奏をしていたかと言うと
もちろんそういう訳ではなく、



自分自身のやりたいことと
舞台そのものには真摯な気持ちで
向き合いたいなーと思っていました。



微妙な違いかもしれませんが、
同じ資格を持っていても
上には上の腕のいい方が
いっぱいいますので、




諦めではなく
すっごい実力があるとは
思えていませんでした。



演奏しかしない生活は
出来てなかったですしね。


かと言って卑屈になったり、
卑下はしません。




なので、逆に自分の持つ能力と
真摯に向き合うことでもありました。


そんな私でも
出来ることほなんだろう?



実力を、人と比べるでもなく
(比較はされましたよ)
一歩ずつ自分で背中を押してやって
次のレベルに挑戦していった感じですね。



なので、資格だけじゃないなー
と思います。


過程や向き合いが
大切な時間でした。




また、資格を取るという
ことについては、


先生の資格をもらう場合は、
准師範試験を受ける時に
最初の挑戦の場面があります。



お箏なら
試験曲13曲を仕上げていく時には、
また楽理の問題を勉強していく時には、


イヤでもベースアップを
せざるを得ない
タイミングでもあります。


全曲試験で弾ける状態まで
もっていくとなると、



勉強する人のペースや、得意曲、
曲の好みには個人差があるので



コツコツなのか、
おりゃーと追い込むのか?
色々なタイプがいます(笑)



わたしはコツコツタイプだったので、
おりゃーと追い込む兄弟弟子を
ハラハラして見守りましたが(笑)、


短期集中型と、長期と
何事もタイプはあるものですね。


コツコツだろうが短期だろうが、
資格そのものと言うよりは、


こちらも、
資格を取る時に通過してきた自分の体験が
自信にはなっていた気がします。


やっぱりこっちも過程が大事。


これだけがんばれた自分もいるんだ。


そんな感じでしょうか?


だから資格を取ることに意味がないとも
思いません。



資格を取ったあと、
先輩に
「曲がりなりにもプロなんだから」
と、端くれである自覚を持つことも
聞かされました。


演奏を聞きに来る人にすると
そうだよね。
そこに甘えが乗っかりまくった演奏は
気持ち良くないかもしれない。


結局、
資格に意味はあるし、
資格自体に意味はないとも
言えるんじゃないでしょうか。



何よりその
過程がとっても
大切な気がするし、


そこに意味を作るのは、
その肩書を持った人なんだと
私は思います。


肩書があるにせよ
ないにせよ


それ以上に
自分の一歩一歩の意味を
自分で認めてあげたいなと思います。



先生としては、
お弟子さんたちの
一歩一歩そのものを、
見つめていきたいな
と思います。



やりがいのあるものだと
思って貰えたら
嬉しいですね。