川松真一朗の「日に日に新たに!!」

川松真一朗の「日に日に新たに!!」

川松真一朗が日々思い感じた事を記していきます。主に日本政治、ラグビー、相撲。それ以外にも、書きたいことは何でも。東京都議会議員、都議会自民党報道室・事務総長。ジョージタウン大学日米リーダーシップブロクラム修了。

東京都議会議員の川松真一朗 (墨田区選出・都議会自民党最年少)です。

 

2011年6月3日にコチラのブログを開設し、多くの皆様に応援を頂きました。

今般、更に自分自身でのカスタマイズや情報発信の強化を求めて下記アドレスに引っ越しました。

コチラについては、閉鎖せずいようと考えていましたが、googleエンジンが新サイトをコピーと判断してしまう可能性があるので、基本的には記事を削除し、ラグビーに関するアーカイブだけ残してあります。

 

是非、新サイトのブックマーク登録を宜しくお願い致します。

 

新ブログサイト

https://kawamatsushin16.com/

 

また連日、YouTubeでの情報発信も力を入れていますのでコチラも宜しくお願い致します。

https://www.youtube.com/channel/UCQgn4AgfZJdQqeVmYqTLU1g/

 

川松真一朗拝

東京都議会議員の川松真一朗(墨田区選出・都議会自民党最年少)です。

 

日本大学ラグビー部開幕2連勝

さて、今日は関東大学ラグビーリーグ戦です。我が日本大学ラグビー部が長年、東海大学とともにリーグ戦2強の一角として毎シーズンを引っ張ってきた流通経済大学に実に14年ぶりに勝利致しました。昨年はこのカード3点差で敗れて、悔しさをふつふつと思いながら1年間精進してきた成果が出たと言えます。本当に選手たちは頑張ったと思います。

 

 

 
「水戸の奇跡」から15年

この14年間、色々な事がありました。13年前のvs流通経済大学戦は不戦敗。それから黒橋トンネルを進んできたのです。14年前は岩手県北上での一戦でしたが、思い出されるのはその1年前、つまりは15年前の「水戸の奇跡」です。これは日本大学ラグビー部に語り継がれる伝説のゲームです。近鉄ライナーズで活躍する統悦タウファ君が主将の年で、後半30分過ぎまで日本大学は流通経済大学に19点リードされていました。そこから何と10分も無い時間の中でトーエツが連続トライ、卒業後にサニックスでプレーした金川君がトライ、いずれもヤマハ・トヨタでプレーした松下君がゴールを決めて、終了間際に逆に2点リードになったゲームでした。

 

 

 

このゲームのドラマはこれでは終わりませんでした。何と、既にノーサイドの笛を待つ後半40分過ぎのロスタイムのラストワンプレーで日本大学が自陣で痛恨のペナルティ。流通経済は最後に3点を狙いPGを選択します。たしか、そんなに距離は無かったと思います。両チームが祈る中、流通経済大学キッカーが蹴りだしたボールはわずかにポストをそれて、ノーサイド。日本大学が勝利を収めたのでした。

 

昨日のゲーム中、後半ラスト10分少々の時間帯で日大のリードは20点。3トライ3ゴールで逆転されるスコアでした。試合中に私の頭の中では、15年前の「水戸の奇跡」が思い出されました。コーチングスタッフの中でも、あの興奮を認識しているのは当時現役だった今田コーチと僕くらいだったと思います。案の定、流通経済大学の捨て身の攻撃で、2T2Gを返されて、6点差になります。最後は意地と意地のぶつかり合い。日本大学には「時間」との戦いでもありましたが、守り切って歓喜の勝利の瞬間でした。

 

日本大学の伊藤武ヘッドコートは流通経済大学OBであり、母校でもHCを務めた経験があります。日大HCになって4年目。ようやく、大きな山を超える事が出来ました。次節は大東文化大学戦。開幕3連勝で、ワールドカップ期間のリーグ休止期間に突入したいです。是非、皆さん、こちらの応援も宜しくお願い致します。

東京都議会議員の川松真一朗(墨田区選出・都議会自民党最年少)です。

 

大学ラグビー春シーズン終了

さて、本日はラグビーワールドカップ開催まで3か月を切りましたが、久々に日本大学ラグビー部GMとして春シーズンの総括とこちらは約2か月後の9月1日に開幕が控える関東大学リーグ戦の展望を記していきます。

 



関東の大学では2012年より春季大会として、対抗戦・リーグ戦の前年度順位それぞれ1、2、3位の6チーム、4位、5位、6位の6チーム、7位、8位、下部リーグ1位の6チームでのグループ構成で5試合が開かれています。大学選手権に直結するものではありませんが、公式戦であり上位チームのゲームはJsportsテレビ中継もあるなど白熱した試合が展開されています。この日程も全て終了し、昨日はこの春の活躍ぶりから集う関東大学オールスター戦が開かれました。

 



日本大学、復活への道

私達、日本大学の今春はBグループに所属し、3勝2敗で2位となり春季大会創設以来の最高順位となりました。(12年交流戦のみ、13年B5位、14年B5位、15年C2位、16年C1位、17年C3位、18年B4位)単純に、春は関東で上位8校にランクインされたという事になります。これは偏に選手達の努力の賜物です。現在の4年生が高校3年生の時、日本大学は2部でした。大学進学を考え始める高校2年の花園開催直前で2部に陥落。それでも日大を復活させようと集まてくれたメンバーが切磋琢磨する事で昨シーズンの途中からチーム力が増してきている印象があります。

 



春季大会では目標の筑波戦

このBグループでは前年度学生王者の明治大学、タレント集団の筑波大学との対戦があり、私達はこの2試合でどんな戦いが出来るのかと模索して2月中旬から新チームの校内合宿をスタートさせてきました。筑波戦は、肩書き組が多数在籍する相手に真っ向勝負。愚直に練習に取り組んできた練習の成果が発揮され、苦しい時間帯で崩れる事無く、後半の後半でゲームを決めました。筑波と言えば、私は山沢選手や内田啓介選手・山沢拓也選手のHB団、WTBに福岡堅樹選手がいる世代との13年大学選手権で0-66という苦い記憶があります。あれから2部に落ちて1から出直している過程で、筑波大の古川監督(当時)の粋な計らいで2017年春に胸を貸して頂き練習試合をさせて頂いたところから日大も流れが変わってきました。その筑波に勝利出来たことは素直に嬉しいですし、また更なる成長へ身を引き締めているところです。

 



Jに注目

この筑波戦、一進一退の攻防が続くゲームの途中、一番過酷な時間帯にハラシリ・シオネ君(2年)が一言放ちました。「朝5時30分からスクラム組んでるよ。負けないよ。」と周りのFWメンバーを鼓舞して気を引き締めて、そこで盛り上がり勝利へと繋がりました。このシオネは愛くるしいキャラの持ち主です。目黒学院高校出身で日本語はペラペラ。目黒学院の花園躍進の原動力となり高校代表候補にも選ばれていました。日大入学初年度の昨シーズンは調整不足で期待はされましたが大暴れ出来ないもどかしさが続いていました。今年は春の7人制で太腿を負傷し、最初の2試合は出ませんでしたがわずか3試合で12トライをマークするという活躍。これが評価され、オールスターではリーグ戦先発のスタメンに選ばれます。ただ、背番号は11とまさかのBKでスタメンとなりました。ゲームでは後半からは本来のNo8に戻りましたが、観客を湧かせるプレーは度々披露していました。

 



付け加えると、明治大学戦後半には右プロップとなりスクラムの最前列で明治とスクラムを組んでも違和感がありませんでした。プロップ、No8,WTBをやれる選手は中々いません。ちなみにシオネは「J」と呼ばれています。今年の日大はJがボールを持つとワクワクドキドキ。果たして9月1日、Jの背番号はどうなっているのだろうか?

 

 

東京都議会議員の川松真一朗(墨田区選出・都議会自民党最年少)です。

今日は日本大学ラグビー部GMとして、今年の大学ラグビーシーズンを振り返って感じた事を記します。

 

明治大学が死闘を制す

ラグビーの大学選手権決勝戦は明治大学が関西王者の天理大学を22-17のスコアで下し実に22年ぶりの優勝を手にしました。決勝の舞台となった秩父宮ラグビー場には大勢の明治大学ファンが集まり一つ一つのプレーに歓声が沸き上がっていました。そして、最後のワンプレーは天理大学の攻撃でしたが、日本航空高校石川時代から注目を集めていたシオサイア・フィフィタ選手の明治大学守備陣のプレッシャーがノックオンを誘いノーサイドを迎えるという劇的なゲームでした。正に大学ラグビー史に残る死闘と言えます。

 

さて、今シーズンの大学ラグビーを振り返ってみると無敵の王者帝京大学は前人未到の10連覇を目指し、早稲田大学はラグビー部創部100周年の節目の年、そして外国人留学生プレイヤー3人枠拡大と実に様々なトピックスがありました。最終的には、ここ何年もかけて基礎を固めて鍛えられてきた明治大学が栄冠を奪い返すというのは多くのラグビーファンを喜ばせたのでありました。

 

外国人枠拡大のシーズン

外国人枠拡大にあたっては賛否両論があります。しかしながら、結果として留学生を擁しない明治大学が優勝となったのも何か運命的なものを感じます。


そこで今日は大学ラグビーの留学生受け入れ議論に触れつつ大学ラグビーがどのように日本ラグビーの普及発展に貢献していくかについての私見を述べたいと思います。

 

さて、私達日本大学ラグビー部には現在4名の留学生が在籍しています。トンガ人留学生3名とオーストラリア人留学生1名です。いずれも、他の選手達と同じ入学試験を受けての入学で、2年生のアサエリ君は自己推薦入試で日本語でのプレゼンも評価されて合格をしています。特にアサエリ君は中々進路が確定しないという状況で、日本大学自体は当時は原点回帰を掲げて留学生ゼロでしたが彼の人間性と目黒学院高校の先生方の強い推薦を受けて留学生受け入れ再開を決めたものです。1年生のフレイザー君、シオネ君も日本の高校出身でコミュニケーション能力や日本で学びたい事があるという思いから日本での進学を模索している時に学校関係者と私が知り合い入学試験受験を進めてきました。彼らの同級生には高校卒業後に母国に帰国し進学の道を選んだ選手もいるのです。

 


(箱根駅伝スタート地点の応援に驚くフレーザー選手)

かつて、まだ留学生が大東文化や流通経済あたりしかいない頃の2001年にタウファ・統悦君(現在、近鉄ライナーズで活動)が日本大学に入学しました。以後、日大は多くのトンガ人留学生を輩出してきたのです。元々はアマチュア相撲が普及していたトンガ王国の相撲関係者から「日本で学びたい」という統悦選手を紹介されたのがきっかけでした。私は彼が来日したその日から一緒に過ごし、共に日本語の勉強も重ねていきました。チームにはトンガ文化のかけらもなかったわけですが、日本で頑張りたいという彼の意思の強さが最終学年ではキャプテンに指名されるまでの成長やトンガ文化の理解を支えてきたのは事実です。この点については同世代で角界に入門した南の島や碧剣という力士達からも人間性の良さ、優しさを感じてきたのを今思い出します。

 


(統悦君は大学の先輩後輩の関係に最初は戸惑ったそうです。)

タウファ統悦のおかげで成長できた

考え方にもよりますが、私は統悦君と過ごした経験からオセアニア地域(大洋州)の国々との交流の機会を得る事が多く、今でもミクロネシア振興協会の役員を務め、これまでにもパラオ、ソロモン、パプアニューギニアの皆さん方とも様々な取り組みをする事が出来ました。ラグビーにおいても、世界大会等ではフィジーやサモアのラグビー協会の方々と色々な意見交換も重ねて、いつも前述の統悦君のように実直で日本で学びたい若者がいれば教えて欲しいとよく話してきたものです。

 


(フィジーラグビー協会の方々と)

また、これも大きな縁ですが、私が在学中に関東学生ラグビーフットボール連盟の委員長をしていた頃にご指導頂いた大東文化大学の中本博皓先生が実はトンガ王国の研究では第一人者であることを知ったのもオセアニア地域の勉強会に出ていたからです。経済支援、人的交流、文化交流などの色々テーマがあるとは思いますが、私は日本大学で留学生と出会わなければこの約20年の間、学べなかった事、経験出来なかった事が沢山あります。

 


(昨春のオーストラリアでは在豪トンガ人に助けてもらいました。)

余談ですが、東京都教育委員会の職員との間で、英語教育について、より習得を深めるにはアウプットの機会を増やしたいとよく話します。しかも、出来れば非ネイティブ同士だと尚更共に頑張るから会話力が上がるというのは私がオセアニアの人達と経験してきた事に基づく実感です。

 

純粋に日本で頑張りたい青年達を応援したい

留学生枠が3人に増えたラグビーシーズンで私達のチームにも色々な意見を寄せられました。しかし、私の立場からすれば縁があり本学で学ぼうと決意してくれた選手達があくまでルールに基づいた日本人選手達と同じ入学試験に合格し、ルールに基づいて試合に出場していた彼らが苦しむ局面だけは避けなければならないと神経を使ってきました。


アサエリ君に至っては中学2年生から日本にやってきたのですが、彼の小学校の同級生も日本に来たいという話が浮上し、それで日大にやって来たのがオト君です。そういった人の縁での入学が続いてきた本学の場合、留学生がスタメン落ちする事もよくありました。

 

今回、天理大学の留学生達も決勝戦に臨むに当たり大きなプレッシャーを感じた事と思います。個人的には、ノーサイド後に最後までうずくまり悔しさをにじませていたモアラ君の姿が頭から離れません。人それぞれ長所短所はありますが、モアラ君やアサエリ君などは高校時代から「日本人より日本人らしい」と言われてきました。モアラ君については、彼が高校二年生時のこと、高校代表に選ばれた遠征先での怪我の為、選抜大会には出場出来なかったものの献身的にチームのサポート係を務めていた姿をよく覚えています。こういう彼らの気質や努力を何度も見てきました。


いずれにしても、今季の総括として結局は留学生のパワーだけでは勝てない。チーム力の結集こそが大切なんだという事を大きく学んだのは万人に共通すると思います。


覇権を奪回した強い明治大学、スター選手が集まる早稲田大学といったラグビー伝統校に各大学がどうやってぶつかっていくのか来シーズンの見所です。我が日本大学は春季大会は幸運にも明治大学と同じグループに入ります。かつては八幡山で頑張って来た間柄、今年は胸を借りる事が出来てその壁を選手が感じる事が出来ます。

 



今年はラグビーワールドカップイヤー。多文化共生社会において留学生と文武両面て切磋琢磨することで未来は大きく変わるものと信じています。日本代表からジュニアラグビーまで大きく変化を感じる1年になりそうですし、頑張り甲斐があります。

 

こんにちは。

関東大学ラグビーリーグ戦2部の公式戦がスタートしました。

我らが日本大学ラグビー部は白鴎大学との一戦でした。留学生を中心にパワフルなラグビーをやる白鴎大学相手に苦戦しました。

後半になって徐々にテンポを取り戻し67-0で勝利する事が出来ました。とは言え、多くの課題が露呈した事もあり選手達は悔しさ混じりでした。

応援頂いた皆様には感謝し、引き続きの応援をお願い致します。

次戦は一週間空いた次の日曜日。相手は玉川大学です。
こんにちは。

このゴールデンウィークは皆さんは如何お過ごしでしょうか?
私はこの1ヶ月は地方選に集中しておりましたので、積み残した課題に取り組んでいます。
特に、オリンピックやラグビーワールドカップを見据えて、全国のスポーツイベントを見て回らねばと考えておりましたが、この期間は本当に沢山のイベントが展開されております。

ラグビーも、ニュージーランド学生代表が来日し、関西学生代表、関東代表、関東学生代表とゲームを行います。前回の来日時にも、U20ジャパンとの練習試合はじめ様々な試合を見てきたわけですが、今回は泣く泣く地方行脚となり生では観戦出来ません。

四国、関西の視察が終わり、いよいよ九州に入ります。

そんな中で、大学ラグビーは春季交流戦が始まりました。
特に、私達・日本大学ラグビー部ハリケーンズは5月3日の明治学院大学戦が初戦となりました。1部復帰を目指すチームにとって、一戦一戦が「入れ替え戦」への道程であり、とにかく強くなっていかなければなりません。そんなテーマの中で、35-8というスコアで勝利をしました。私は、あらためてビデオ観戦となります。このゲームに続いて、6日に稲城グラウンドで摂南大学戦、10日には交流戦第2戦として立教大学戦があります。こちらへはどうぞご声援を宜しくお願い致します。
こんにちは。

本日、ラグビーの大学日本一を決める大学選手権が行われ、帝京大学が筑波大学に50-7の大差をつけて優勝を決めました。これで帝京の6連覇です。大学は選手の入れ替わりが多く、4連覇は前人未到の大記録と言われており、長らく平尾誠二さんらを擁し達成した同志社大学の3連覇を超えるのは至難の業とされていました。それを帝京大学があっという間に抜き去ってしまったのですが、更に記録を伸ばして6連覇となったわけです。

しかも、決勝戦最多得点差での快勝。追うチームは本当に頑張らなければなりません。
残念ながら、その一方で私達は2部に降格したシーズンですが、日大のメンバーも決勝戦を観戦。一人一人が気持ちを引き締めたのは言うまでもありません。

早稲田、慶応、明治を中心に展開されていた大学ラグビー界に突如現れた巨星はを止めるのはどこの大学になるのか?新たなテーマです。大相撲で言えば双葉山の連勝記録を69で止めた安藝ノ海、白鵬の63を止めた稀勢の里、千代の富士の53を止めた大乃国、大鵬の45を止めた戸田など各シーンが大相撲史に残り、ファンの記憶に残る大業です。

日大ラグビー部はいわば2部に降格し、その王者を止める挑戦権すらも失った状態で、チーム関係者一同身を引き締めて2015年シーズンを始動しています。

ちなみに、全国高校ラグビーにおいても東福岡が圧倒的な強さで優勝し、1強状態は大学と似たような構図です。

NHKの大河ドラマは吉田松陰先生の妹が題材です。吉田松陰先生は日本大学学祖・山田顕義先生の師です。その松蔭先生の言葉に「死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」というものがあります。

日大ハリケーンズも「大業」の目標があるからこそ頑張り抜く1年としていく所存です。
言うは易く行うは難し。
大学選手権の決勝に思いを寄せて。
おはようございます。

箱根駅伝の往路は見事、青山学院大学の優勝。一昨年の出雲で優勝してから、これは強くなるなあと思っていましたが、こんなにも早く、かつ見事に優勝すると驚きました。原監督の綿密な戦術により、年々力をつけているのが分かりましたが復路は重圧を撥ね除けて走る事が出来るか注目しています。たまたま、青山学院の剣道部監督だった山本亨墨田区議に別件でお電話したら大変に喜んでいました。

同時間帯で、大学ラグビー準決勝が行われていました。2試合目の帝京大学と慶応大大学の一戦は要所要所のポイントで帝京が慌てず対処した素晴らしさが光りました。ピッチに立つ慶応の選手達だから分かる大きなプレッシャーがあったのでしょう。日大が再び、同じ舞台に戻れるまで努力あるのみです。

今日は1月3日。1年前の今日は、私が始発電車を逃した為に、次の新幹線が有楽町のビル火災により動かないという事態がありました。本日は現在、朝一の新幹線で大阪に向かっています。高校ラグビーの準々決勝です。
おはようございます。

今年も残り2日となりました。全国高校ラグビー部も2回戦が始まります。
一昨日は日大・加藤尋久HCと花園ラグビー場で試合観戦と全国から集まった高校の監督・コーチにご挨拶をして参りました。

やはり、今シーズン、私達はリーグ戦で2部に降格したという事態を真摯に受け止めなければなりません。特に、日本大学を信じて入部した選手達を送り出して下さった各監督さんには期待を大きく裏切る結果となった事には申し訳なく言葉もありません。一からで直し、原点に帰っての新シーズンに向けてのお話をしてきたわけです。

2部に降格が決定してから、加藤HC、真下昇総合アドバイザーとはミーティングを重ねて来季への意識統一を図り、チームも3年生を中心に動き出しています。年末恒例となりました、稲城⇄赤堤(旧合宿所)間のマラソン大会も無事に終了し、年明け早々から厳しい1年を過ごして参ります。

当然の事ですが、加藤HCが就任してから、良い形でチームが形成されていた中での2部降格です。あらためてチームを見つめ、問題点を取り除き一日も早く1部復帰を果たさなければなりません。花園では色々な方にお会いしたわけですが、特に大阪市内へ向かう近鉄電車では関東ラグビー協会の貴島健治会長と同じ車両で様々なご意見を頂きました。また、帰りの新幹線では女子7人制日本代表のスタッフである稲田仁君と熱い話を展開し戻って参りました。

今、余計な事は語りませんが、この経験を糧に指導者・スタッフ一丸となって成長しなくてはなりません。何事も経験に無駄は無いという教えを私は常に意識してきました。日大ラグビー部も同じです。

茨の道を歩まざるを得なくなりましたが、引き続き選手達には温かいご声援と厳しいご指導を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。







おはようございます。
今年最後の日曜日です。
ラグビー大学選手権では、慶応が流通経済に、東海が早稲田に競り勝ち準決勝を決めました。年末の選手権は毎度の事ですが、チームが2部に落ち複雑な気持ちで見るのは初めてです。

また、参加16チーム中、リーク戦同志の中央が16位となり、朝日大学が15位。 このため、現行通りのルールですと、リーク戦5位のチームは来季は第1Sからの参加となるなど、リーク戦の日程に影響が出そうです。

昨季の日大は、正にこの苦境に立たされ、この時期に名古屋•瑞穂での同志社戦は日大が16位になったら大きな事だとマスコミに注目されながらのゲームで個人的には相当なプレッシャーでした。

いずれにしても、リーグ戦の代表である東海大学は国立のピッチで暴れて欲しいですね。とはいえ、この東海と2部落ちとなった立正大学は1点差でした。この1点が実は運命の分かれ道だったわけで常在戦場の精神は大切ですね。

我がチームの総括と、私の来シーズンへの思いはあらためて残る3日で書きますが、大学ラグビーの怖さを実感している今日この頃です。