米朝首脳会談であのタフなトランプ大統領を巧みに籠絡し、体制保証を勝ち取った金正恩との手口を、イランの最高指導者ハメネイ(写真)は、複雑な思いで見ていたに違いない。

 

 

イラン核合意から一方的に離脱して制裁へ
 何しろ金正恩は、核廃棄の期日も具体的手順も、それこそ何1つトランプ大統領に与えずに、体制保証の言質を得たのだ。対してイランの方は、トランプ大統領が6カ国合意から一方的に抜け、厳しい制裁が待ち受ける。
 2015年7月、イランの核開発に厳しい視線を注ぐ国際社会の圧力に屈し、イランは安保理常任理事国プラスドイツ、それにEUと核開発の制約を受ける6カ国合意を結んだ。
 ところがこの核合意は、厳しい制約付きながらイランに核開発の余地を与え、またイランの弾道ミサイル開発を黙認し、イラン核施設への査察も不十分という「欠陥」があった(18年5月12日付日記:「アメリカ、イラン核合意からの離脱決定とその意味;離脱決定は北朝鮮の核廃棄問題と密接にリンク」を参照)。

 

アメリカ抜きの日欧のイラン・ビジネスは困難に
 にもかかわらず当面のイランの核兵器開発を遅らせることができるメリットを重視し、当時のオバマ政権は、イランの核の標的となるイスラエルの猛反対を退け、他の5カ国も加えて、イランのロウハニ政権(写真=ロウハニ大統領)と核合意を結んだのだ。

 

 

 それを、大統領選挙中から「ひどい合意」と非難していたトランプ氏が、大統領に就任後の今年5月に離脱した。
 今のところイランは、アメリカが抜けた残り5カ国と自国との核合意を維持する意向だ。そしてイギリスとEUは(日本も)、アメリカ抜きでもイランとの事業は継続するつもりだった。
 しかし時間がたつにつれ、それが非常に困難であることが明確になりつつある。
 アメリカは、対イラン・ビジネスを行う欧米企業を自国の金融システムから排除することにしたからだ。いわゆる2次制裁である。

 

金融2次制裁を懸念し、各国企業とも撤退へ
 これで6カ国合意で勢いづいた欧米企業の腰が引けた。
 例えば、アメリカの離脱後、デンマークの海運会社マースクは、イラン産原油のタンカー輸送をやめた。フランスの原油メジャーのトタルは、制裁の適用から除外されない限り、イランのガス田開発を中止すると発表した。
 フランスの自動車メーカーのプジョー・シトロエン・グループは、イラン事業の縮小に手をつけ始めた。状況が好転しない限り、いずれ撤退する見込みだ。航空機のボーイングは、イランとの大型契約を破棄した。
 波紋はスポーツ用具メーカーにも及び、サッカー・ワールドカップに参加するイランチームに用具の提供をやめた。

 

アメリカの金融システムから排除される2次制裁
 イランとのビジネスを続ける日欧企業は、2次制裁の対象になると、アメリカの金融システムから排除される。それは、ビジネスのうえで決済にドルが使えず、国同士の送金・出金もできない、ということだ。
 アメリカの金融システムから排除されると、対イランに限らず、事実上、すべてのビジネスで、そういうことになる。
 6カ月間の猶予があるため、実施はまだだ。しかしいずれそうなると分かっている以上、誰もが対イランビジネスに二の足を踏むことになる。
 それで多国籍企業がねをあげ、続々とイランから撤退を始めているという次第だ。

 

穏健派のロウハニ大統領、苦しい立場に
 ロウハニ大統領は、せっかく経済制裁から脱し、これから国際ビジネスを本格化させようと思っていたのに、白紙になりつつある。
 昨年末、物価高などの苦境に耐えかね、テヘランなどで市民が全国で一斉に抗議デモを展開したが、イラン革命防衛隊などに弾圧された。イラン国民が、さらにつのる経済的苦境に耐え忍ぶか、特に民衆の側に立つロウハニ政権にとって不安が増すばかりだろう。
 ちなみにロウハニ大統領は、イスラム原理主義国家のイランでは穏健派=国際協調派に属する。その点で、核武装も辞せずの強硬派の最高指導者ハメネイと、一線を画している。
 アメリカの圧力が増せば増すほど、穏健派のロウハニ大統領の立場は弱まり、強硬派が勢いづく構図だ。

 

核兵器を持たないイランに厳しい制裁、それなら――、とならないか
 ハメネイとそれに連なる強硬派は、きっとこう思っているに違いない。北朝鮮は国際圧力をはね除けて核兵器を造ったからトランプ大統領と握手できた、しかし自分たちはまだ核兵器を持っていないから理不尽な仕打ちを受けている。よし、それならどんな圧力・武力行使の威嚇を受けようと、核兵器を造ろう――。
 それが12日の米朝首脳会談の教訓だとすれば、トランプ大統領はとんでもない選択をしたことになりはしないか。

 

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