昨日はすごかった!

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昨日の夜は雷がバンバン落ちて大変だった!こんなに落ちるの見るの久しぶりだなって思ってました。

本当は安土の話の後を書くつもりだったけど、昨日の雷が凄くてインパクトがありすぎて書いてしまいました

あとでまた安土の事は書きたいと思ってます。

自分の子供のときは田舎が栃木なので、夏は毎日といって良いほど雷が発生してたので、雷自体はあまり怖くはないのですが、久しぶりだと!ビックリしてしまいます。

今日も雷凄いのかなと思って今から休憩を切り上げ仕事にいってきます。
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安土への路・・・3

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先日の旅で一日の旅がこのように密度が濃かったことはなかなか少なかったので凄く嬉しいことでもあります。




前回は、安土城の城跡を中心に話を進めてきましたが今回は、天主とそして『そう見寺』の三重塔と門をUPしたいと思います。




信長の御陵を背に今度、天主に向いたいと思います。










天主にはこのような階段がついており(本来は木などはなかったと思われます。)




登れるようになっております。










登りきったあとはこのように、昔建物があった礎石がいくつもあり、堅固さが分かるようになっています。




この安土城の天主は地下1階地上6階の計7階建てになっており、写真の場所は地下1階に相当するばしょになっています。




安土城のあとはこの様な景色になっていました。


凄く気持ちよかった。



安土城の中にはお寺が築城当時からあり、三重塔と二王門が残っています。






凄く迫力のある金剛力士像でした。


阿吽の呼吸の立派な彫り物でした。




安土城を一通り観覧したあとは信長の館というところに向いました。


この館は、安土城の天主5階と6階を復元したものが展示してあります。






5階部分が六角形で6階が正方形になっている建物です。






5階と6階では趣が全然違います。






6階部分は信長という方が最高権力者だったのだと思わせるつくりになっていました。


この信長の館は本当に必見です。


このあと時間が少し余裕を持てたので、彦根に向いました。


この彦根のお話はまた次回に回したいと思います。








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安土への路・・・2

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昨日の続きを書きたいと思います。



安土・彦根


安土城というお城は普段目にするお城と違い、山の中腹に位置するお城です。


山を生かして目立たせる意味合いもあるお城なので、天主(他のお城は天守と書きます)に登って降りるだけで2時間くらいの時間を有します。


写真を撮ったりするとこの時間くらいになりますが、正味1時間くらいでしょうか。


この大手道を登った後すぐに天主があるわけでもなく。


そして、傍らにはこのお城、急ピッチで造られたお城なので近隣の石仏などをお城の石段に使われたりします。



安土・彦根

実際何箇所もこのようなところがあり、実際に間違えて踏んでしまった石仏などもありました。


その後、拝んで申し訳ありませんと心で想い、また登っていきましたが。


安土・彦根


大手道の両横には伝羽柴秀吉邸跡(後の豊臣秀吉)や伝前田利家邸跡、伝徳川家康邸跡(現ソウ見寺仮本堂)などがあり、本当かどうかはわかりませんが、屋敷の跡がしっかりと石組みされていたのが分かります。


安土・彦根


そのお城の邸宅をすぎると、安土城の中枢にむかいました。


上の写真は黒金門跡です。


ここからは、石垣も大きくなり、存在をアピ-ルしているごとくそびえ立っていました。


安土・彦根


石垣の石自体も大きくなり、人手を多く使った作業というのがよく分かります。


安土・彦根


お城を更に登っていきますと、織田信長の嫡男、伝織田信忠邸跡にたどり着きます。


やはり肉親を近くに配備していることがよく分かります。


更に上に歩いていきますと左手に二の丸跡、右手に天主方面に突き当たります。




安土・彦根

ここで、見学したかった場所があります。


織田信長公廟所です。


本来廟所といいますとお墓のような形がおおいのですが、この織田信長の廟所は一味違います。


何が違うかといいますと、変わった形をしております。


普段お墓は余り撮らないのですが、ここのお墓は信長のお墓の中で一風違います。




2段の礎石がありその上に自然石が乗っている御廟です。


本来はこのようなお墓ではなく、縦長の御廟がほとんどですが、この御廟は本当に違います。


天主のところで書こうと思っていたのですが、天守閣自体の最初は松永久秀が信貴山城に造ったのが初めてだといわれていますが、大々的に造ったのが織田信長といわれています。


天守ではなく天主と書いたのも最初で最後の事です。


この字を見ても分かるとおり、天下の主という意味合いがあるということと天皇を越えたいという願望で出来たお城なのではと思わせるお城です。と自分の好きな本でもある逆説の日本史の著者でもあります井沢元彦さんの中にあるも一部書いてあります。


その中では、信長は神様のように接するようにしたりしていたとの当時の書類も残っているとの事。


実際に目にしたとき、確かにそうかもと思わせる御廟でした。



安土・彦根


二の丸を過ぎていくと本丸に着きます。


この本丸は京都の天皇を迎える為の屋敷があったといわれています。


実際、礎石になっているところが等間隔に設置されていて広々とした場所でもありました。


この後、天主に続く話があるのですが、時間が2時を過ぎそうなので次の機会に書きたいと思います。



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安土への路・・・1

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安土・彦根


気分も一新したいと思い、今回滋賀県に行ってきました。


朝4時30まで起きて、ひたすらに最寄り駅の鴨居駅まで自転車と徒歩で向いました。


デジカメも新しい機械を買って(リコ-のGRデジタルⅡという機械です)行ってきました。


実際に一眼レフと差はあるのかなと思い一眼レフも一緒に持ってきました。


朝の鶴見川は凄く幻想的な風景でした。


いつも見る鶴見川と違いホッとする感じもかもし出す川並みでした。



安土・彦根


いつも徒歩の人が多いこの鴨池橋も早朝の時間帯は凄く静かで違う橋のようです。



安土・彦根


朝の鴨居駅です。


シャッタ-が掛かっており、4時40分くらいにシャッタ-が上がるようになってます。


朝、横浜発5時47分の電車で寝ながら静岡に行き、時間に余裕を持たせる為に新幹線を途中に入れて浜松に。


安土・彦根


久しぶりの浜松でしたが、駅ビルが凄く綺麗になっていて(メイワン)暇つぶししてました。


浜松から、岐阜の大垣に向う列車に乗り込みひたすら寝て大垣まで行ってしまいました。


大垣で乗り換えをし、米原に。


米原にはB級グルメのよもぎそばがあります。


安土・彦根

味は好みが絶対にあり、なんともいえない味少し苦味のある蕎麦になってます。


ぜひ、皆さん食べてみてください。


そして、米原から一路目的地の安土に。


今回安土に来た理由とは、原点に戻りたいからとカメラの腕が少しは上達してるかどうかを確かめる為に


来て見ました。



安土・彦根


安土駅を降りますと、すぐに織田信長の銅像が待ち受けてます。


そして、その近くにレンタサイクルのお店があります。


そこで、自転車を借りてLets Go!!


安土のひなびた町並みを通りすぎ、いろんな神社仏閣やセミナリヨ跡(キリスト教の神学校跡)を見ながら一路安土城跡に





百々橋を抜けると、百々橋門のあった安土城入り口に着きます。


この門は今は封鎖されており大手門側に今は500円で安土城を見学しやすいように、大手門から入るようになっているので少し大回りして、大手門そして大手道に。


安土・彦根


この路は久しぶりに来て見た路ですが、凄くいつ来ても感動する坂道です。


このみちをいろんな人が歩いていったのだなと思って一歩一歩歩いていきました。


眠くなってきたのでこの後は次回に回したいとおもいます。






久しぶりに書きました

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1ヶ月くらい書く気分になれなかったので、ご無沙汰してたところがあります。


いろいろとあってから1ヶ月。


やっと心に落ち着きも出てきたので、のんびりと旅行にでも行きたいと思います。


次のブログには今度滋賀にでも行きたいと思ってるので、旅行の事を書き込みたいと思います。


それでは、また書きます。