ナイジェリア・ポップのおすすめ | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 ナイジェリア発の新しいアフロ・ポップから個人的なお気に入りをいくつか紹介するコーナーです。    
 先月(2023年12月)はこのコーナーをお休みしました。ナイジェリア・ポップの年間ベストテンを選出する記事を書こうとしていたのですが、曲単位で選ぶのに苦慮し、さらに順位をつけることが出来ず、もともと自分が年間ベストテン企画に温度が低いという傾向を打破できませんでした。
 毎月10枚ほどをピックアップしているので、それを基にして選べばいいのだけど、なんか無理なんです。年間ベストテン自体を否定する気はありません。私がめんどくさがりなのです。まあ、森よりも木のほうが好きというのは、あるかな。

 月イチの当コーナーでは、アフロ・ポップ・シーンでの重要性も一応は横目で見つつ、あくまで自分の嗜好のアンテナが反応したアルバムや曲を取り上げています。
 たとえば、今回最初に挙げるのは、12月8日にリリースされたRic Hassaniのアルバム<Afro Love>です。


 2016年にデビューしたので、ナイジェリア・ポップでは中堅といったポジションでしょうか。そのデビュー・アルバムのタイトルが<The African Gentleman>であるように、物腰やわらかで紳士的な姿勢を音楽にも反映させています。たとえばカーティス・メイフィールドにも通ずる繊細さが感じられて、ジャンルとしてもナイジェリアのR&Bに分類されるアーティストなのでしょう。
 ニュー・アルバムの<Afro Love>では、1曲目のI.G.D.T(I Go Dey There)のエンディングに、こんなスピーチが収められています。
「<Afro Love>は、基本的には一人のアフリカ人男性による愛の物語集だ。多くの場合、男は傷つきやすくてもいいとは教えられない。アフリカの男はなおさら。なぜなら、ぼくたちは生まれついての戦士ということになっているから。でも、それでぼくたちの心は感じることができるだろうか?ぼくたちは誰かを深く愛しているのだろうか?このアルバムは物語集だ。ぼくたちが心の奥深くに抱える愛の物語集。」
 弱さを他人に見せられない時があるのは、男も女も変わりません。むしろ、社会で戦って生きていく困難さは、依然として女性のほうが大変な局面は多い。

 しかし、ここで述べられている「戦士(warrior)」はアフリカの伝統文化に根ざした概念を含む言葉だと思います。日本でいう侍に近いかもしれませんが、同じではないでしょう。また、こうやって男性のマチズモに関して疑問を抱く視点は歓迎したいです。それは対女性のみならず、同性のあいだでも抑圧を生みますから。
 そしてこのRic Hassaniの音楽はとてもいいです。2023年のベストテン圏内候補。ある意味では、これをトップにしたいくらいに気に入ってます(リリース時期が最近だということも影響してますが)。
 抑制の利いたパーソナルなトーンで歌われる曲の数々は、それを支えるリズムがソフトでありながらシンコペーションがじつに心地いい。先述した1曲目もそうだし、2曲目のNgoziのポリリズムもスリリングです。Bella ShmurdaをフィーチャーしたCall On Meのメロディーはフォーキーな和みも伴っています。いやホントに全曲良かった。今月の推薦アルバムです。

 

 いかん。Ric Hassaniにスペースを割きすぎました。
 次はガラリと変わって、ODUMMODUBLVVK(オドゥモドゥブラック)。

 人気の高いラッパーで、10月にリリースしたアルバム<EZIOKWU>がナイジェリアのストリーミング・チャートで1位を獲得しました。そのデラックス版が12月に出まして、追加された7曲がどれも切れ味が鋭くていいです。私のように彼のこれまでのアルバムにあまり馴染みがなかった者にも伝わる、ある種のポップな切れ味です。
 とくに彼の出身地をタイトルにしたAbuja Peopleは、すさまじいパーカッションの攻勢に身もだえさせます。これはジャイレーション(gyration)というハイライフ・ミュージックの一種だそうです。興味をもってSpotifyとYouTubeでジャイレーションをいろいろ聴いてみました。凄いです。
 ODUMODUBLVCKのアルバムも2023年を代表する1枚だと思います。

 

 ところで、ハイライフといえば10年選手のデュオ、Umu Obiligboのアルバム<Legacy>も良かったです。

 このへんになってくると、私にはナイジェリア・”ポップ”の枠で括っていいのか迷うのですが、ニューオーリンズのネヴィル・ブラザーズみたいな感じで捉えています(ジャケットも心なしか似てますね)。
 このアルバム、サウンドが30年ばかし古いのが難点といえば難点。いや、35年かな?えらくスクエアな録音なんですよね。
 だけど中身は最高です。いわゆるアフリカン・ミュージックの魅力がたっぷり。コンテンポラリーなアフロビーツは今ひとつピンとこない人でも、このリズム天国に抵抗するのは難しいのでは?ハイライフ・ギターも爽快です。
 収録曲ではBusinessとSokotoを推します。

 

 なんと、次もハイライフ。年末は浸ってました。Flavourの<African Royalty>。

 この人の音楽はネオ・ハイライフと呼ばれています。先ほどのUmu Obiligboと比べたら今の音ですが、楽器やコーラスの録り方はネオではないですね。
 しかし、これも音楽は文句なし。跳ねるグルーヴの渦に巻かれている間に聴き終えます。にしても、こういうリズムを小さい頃から浴びて育つ人たちがいるわけか。
 The CavemenをフィーチャーしたOsiso Osisoの動画を貼っておきます。

 

 さて、次はグローバルに活躍するポップ・スター、Wizkidの4曲入りEP<S2>です。


 前にも書いたんですが、私にとってのWizkidは2017年のアルバム<Sounds From The Other Side>の衝撃が大きすぎて、その後の諸作も素晴らしいのだけど、なかなか超えられない部分もあるなと思っていました。でも彼はナイジェリアやアフリカのポップ・ミュージックを背負って立つ存在ですし、活躍は毎度楽しんでいたんです。
 で、今回のEPはかなり良かった。やはり特別なアーティストです。タイトルの<S2>とはSoundman vol.2の略で、2019年にWizkidがリリースしたEPの第2弾。4曲中2曲に、それぞれWande CoalとZlatanがフィーチャーされています。
 近年の彼のスタイルから飛躍したものではないのですが、音の粒が立っていてセクシーです。この記事ではスライな感じのファンクのIDKをお薦めしましょう。

 

 次はこちらもグローバルに活躍するTemsのシングル、Not An Angelです。


 しなやかにサラリと歌うR&Bですが、その歌の醸し出す空気は親密でディープです。ドラムのプログラミングもシンプルでいてキックのタイミングなど考えられており、全体に余裕があって寛ぎをもたらします。
 わりと地味な曲調ではあるけれど、メロディーの佳さと歌の濃やかさが効果をあげて、何度も聴きたくさせます。とくに言葉を詰めて歌うミドル・パートにウットリ。

 

 続いて、Yemi Aladeの<Mamapiano>は4曲入りEPです。


 1曲目のAmazing Graceというオリジナル曲で持って行かれます。相変わらず良い。
 彼女の歌で私が好きなのは、ねっとりとしたコーラスもそうですが、歌詞を細かく割って、休符で区切って繋いでゆくところ。それがエスニックなコブシの入ったコーラスで揺れて進むのもいい。
 とにかく上手いシンガーなので、安定がエキサイティングにもなれば、もうちょっとパターンを逸脱してほしいと贅沢に求めることもあります。このEPはエキサイティングなほう。
 ピックアップする曲はAmazing Graceと、「おおきに」と空耳するOginiの2曲です。

 以上、計10曲を紹介しました。
 
 そして今月のAyra Starr。
 彼女が新曲らしきCommasを自宅のキーボードで試し試し弾き語る動画がアップされて、早速ファンがアマピアノのアレンジでリミックスなんかも作られています。それをAyra Starr本人が耳にしてXで喜んでる。昔は考えられなかったことです。
 それにしても彼女の声は低くて素敵です。私はこの声が好き。家族か誰かが、画面の外で手を叩いてリズムを刻んでるのもアットホームな雰囲気。

 私もAyra Starrおじさんとかアフロ・ポップおじさんと呼ばれるのでしょうか(もうお爺さんに近いんですが!)。日本ではまだ若者に浸透している音楽ではないので、現時点では、そうした揶揄や嫌悪感を引き起こしそうにないな。
 まあ、若い人たちが熱狂している事柄には、ある程度の距離をおいて眺めてるのも大人の分別のうちだとは思います。でも、人が何かの音楽の爆発的な魅力に惹かれる心のありように石を投げてどうするんでしょう。そういう意味で、NewJeansおじさんと呼ばれる人たちには同情してます。