80年代「TV洋画劇場」日記:1983年10月 後編 | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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ロックを中心とした昔話、新しいアフロ・ポップ、クラシックやジャズやアイドルのことなどを書きます。

 トッド・フィリップス監督の『JOKER』を観てまいりました。
 クライマックスに響き渡るクリームのWhite Roomには、ジンジャー・ベイカーの訃報にふれた後だけに感無量でした。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』でのストーンズのOut Of Timeもそうでしたけど、60年代のロックの力って凄いんだなと思いました。ああ、それにしても、序盤で一瞬だけ映し出される白い部屋とラストの・・・見事な構成でありました。描かれる社会のありようには、アメリカの現在だけでなく、今の日本とも重なるところ大です。
 こういうのを少年時代にくらっていれば、間違いなく物事の感じ方には影響を及ぼしたことでしょう。いや、実際にそんな作品にいくつも巡り合いました。

 たとえば1983年(昭和58年)の10月30日に京都の祇園会館という名画座で観た『1900年』。

 ベルナルド・ベルトルッチ監督のこの大作、イタリアでは1976年に公開されていたのですが、日本に入ってきたのは1982年の10月でした。東京や大阪ではその年のうちに公開されて絶賛され、高校受験を控えていた私も非常に気になっていました。高校生になって、それをやっと京都で観ることができたんです。
 5時間16分の大作でした(途中で休憩あり)。ストーリーは1900年から1976年までのイタリアの現代史に沿っています。そんなの、ムッソリーニくらいしか知識がありませんでしたから、観る前は寝落ちするんじゃないかと不安でした。
 でも面白かった。通俗的と言ってもいいくらいにドラマ性が強くて、エロもバイオレンスも当たり前に出てくるんです。ロバート・デ・ニーロとジェラール・ドパルデューの2人の男たちの人生劇場として存分に楽しめるうえ、ヒロインのドミニク・サンダがべらぼうに美しい。彼女はほかのベルトルッチ作品でもデカダンな妖しさを振りまいていましたが、この『1900年』ではもうちょっと散文的というか、中盤のストーリーを運ぶ役割を担っていました。シャワーの後で髪を拭きながら登場するんですけど、その前髪をはらった時、くわえタバコでのぞく顔の美しさ!罪な美しさですね。
 撮影はヴィットリオ・ストラーロだから、そういう種類の映像美が横溢していて、なおかつ話にも緩急があって飽きさせません。後年『ラスト・エンペラー』を観たときに「いや、ベルトルッチさん、過去にもっと面白い話を作ってたよね」と思っちゃた。映画的な独創性は『暗殺の森』や『暗殺のオペラ』に譲るも、『1900年』は少年時代に大きく心を動かされた映画の一つです。あの歳で見ておいてよかったと思います。

 さて、そんな83年の10月にテレビではどんな映画を見たかと言いますと──あ、そうだ、この記事を書いているのは2019年の10月なので、36年前の今月の話です!ついに足並みがそろいましたね。
 秋の特番の時季とあって、各局ともハリキっていたようです。

 まず、3日の『月曜ロードショー』で『ロッキー』(1976年)。
 この作品についてはこのコーナーでも何度か書いているので、あえて足すことはしませんが、この時の荻昌弘さんの解説がホントに素晴らしい。なんなら、私は映画以上にこの解説が好きです。簡潔に監督と俳優を紹介し、これがどういう作品なのかをこれまた手短に、しかも作品の熱を解説の口調そのもので実直に伝え、さらにそれが解説者自身のメッセージにもなっているという、TV映画劇場の歴史に残る名解説であります。まだビデオ録画が一般的ではなかった頃でしたが、誰かが残し、この解説がこうして今でも見れることに感謝したいくらいです。

 5日の『水曜ロードショー』で『スター・ウォーズ』(1977年)。
 いわゆる”エピソードIV”で、これがテレビ初登場でした。ちょうどこの年の夏に『ジェダイの復讐(帰還)』が大ヒットした直後。
 そういえば『ロッキー』も前年の3作目が完結編とされていたし、それにしろ『スター・ウォーズ』にしろ、アメリカン・ニューシネマの退潮と入れ替わるように生まれた2つのシリーズがいちおうの終幕を迎えたのがこの時期だったんですね。
 何はともあれ、洋画劇場の83年秋の陣を制したのはこの『スター・ウォーズ』、『水曜ロードショー』でした。
  
 6日の木曜日には夜9時から『太陽を盗んだ男』(1979年)。
 これはスペシャル枠でのオンエアだったんでしょうか。今は地上波のゴールデンタイムでは難しいでしょうねぇ。ストーンズも来日できないバンドじゃなくなったしなぁ。
 80年代の初頭~前半っていうのは、70年前後にカウンター・カルチャーの洗礼を受けた人たちがエンターテインメントやショウビジネスや広告文化の最前線で活躍するようになった時期です。YMOの3人もビートたけしも糸井重里も忌野清志郎も桑田佳祐もみんなそう。長谷川和彦監督と沢田研二が組んだこの映画も、そういう視点で捉えると面白い。
 ただ、いま見直して強烈な印象を与えるのは菅原文太の刑事ですね。「俺は30年間、この街を守ってきた犬だ!」と吠えて何発もの銃弾を浴びてもジュリーに向かって来るあの凄みは、根無し草には易々と勝てない日本の何かを見せつけます。

 8日の『ゴールデン洋画劇場』で『U・ボート』(1981年)。
 西ドイツ製の戦争映画です。『ブリキの太鼓』が81年に公開されてから、日本の映画ファンのあいだで西ドイツ映画のブームがあったんですよ。『マリア・ブラウンの結婚』とか『フィッツカラルド』とか、『スクリーン』誌でも映画評論家のおじさんたちが見なさいよと紹介してました。
 とくに娯楽性に富んでいたのがヴォルフガング・ペーターゼン監督の『U・ボート』。屈強な男たちが狭い潜水艦の中を右往左往して大変な目に遭うという内容で、じつにせまっ苦しくて息苦しい映画でした。
 でも、これって劇場のスクリーンで観るほうが合ってるかも。逃げ場がない感覚を共有するにはテレビでの視聴はちょっとユルかったですね。

 9日の『日曜洋画劇場』で『スーパーマン』(1978年)。
 こちらも3作目『電子の要塞』が夏に公開されていたんです。もっとも、そちらはコメディ・タッチで当時の評判は良くありませんでしたが。リチャード・レスター監督のノリがわかれば楽しいんですけどね。
 そこへいくと、このクリストファー・リーヴ主演版の1作目はスーパーマン誕生から始まる堂々たるファンタジー・ロマン。予算をたっぷりかけて脚本も練って一流スターをキャスティングして、という作り方は今のアメコミ映画の礎を築いたと言えるんじゃないでしょうか。
 そしてクリストファー・リーヴがいいんですよね。どこからどう見ても完璧な男前なのに、クラーク・ケントの時のあの残念なイケメンっぷり!マーゴット・キダーのロイス・レインも良かったけど、2人とももういないんですよね・・・。

 11日の火曜日の夜8時から『蒲田行進曲』(1982年)。
 これも特別枠でのオンエアですね。本来なら『水曜ロードショー』でもおかしくないのに、なぜだったんでしょう。
 話題作という意味では『スター・ウォーズ』級でした。テレビでの放映を待ち望まれていたということなら、それ以上だったかも。

 角川春樹事務所が製作した映画としては、異例の高評価を受けた作品でした。平田満、風間杜夫はこの映画で一躍スターになり、そこにこの時期の松坂慶子が加わったことで画面が映画の華でいっぱいになりました。
 日本映画の歴史などがいろいろとわかってくると、なんでこれが「蒲田」なの?という疑問もおぼえた事もありました。
 でも、映画撮影の内幕を日本的な人情や上下関係をからめて描き、全体にコミカルかつエネルギッシュな軽みと重みのバランスがとても面白い作品でした。演劇を映画化するにあたって、深作欣二監督が自分の流儀で仕立て直しているからだと思います。清川虹子と松坂慶子のシーンなんか、あれは映画ならではの情趣です。

 で、12日の『水曜ロードショー』で放映されたのが『駅 STATION』(1981年)。
 いわゆる大人の映画ですね。脚本(倉本聰)のウェイトが大きい点ではテレビ・ドラマ的な面もあります。
 北海道を舞台に、高倉健演じる警察官と3人の女性の物語を3つのエピソードで描いた映画でした。いしだあゆみ、烏丸せつこ、倍賞千恵子がそれぞれにせつない演技を見せます。とりわけ最後の倍賞千恵子とのくだりは八代亜紀の「舟唄」が身にしむ効果をあげて絶品です。 
 当時高校生だった私には完全に理解できたわけではなく、その後もこうした昭和の情感をうまく引き継げないまま歳をとってしまいましたが、この機微と無縁で生きられるものでもないんですよね。たまに、この空気がほしいなぁと思ったりもしますよ。

 16日の『日曜洋画劇場』で『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(1976年)。
 ここでのマドンナは京マチ子。その娘役に檀ふみ。そして今回の寅さんは不治の病に冒された京マチ子を相手に、悲恋映画の主役さながらの二枚目ぶりを見せます。
 1976年の作品だから、シリーズの円熟期です。寅さんも単に恋をしてフラれるだけの設定ではなくなっています。そのことは否定的・批判的に語られたりしますし、このあたりから寅さんの聖人化も進んでいきます。
 でも、この作品なんかはまだ滑稽です。「相変わらず馬鹿」だし、ちゃんと笑えます。渥美清が初期のギラギラとは別の手慣れたタイミングで芝居をしていて好調。共演陣との呼吸もいい。
 悲恋物語の悲劇性を担うのはさくらで、マドンナの余命を知った彼女が「お兄ちゃん、なにを迷ってるの!会いにいきなさい」と、いつもなら寅さんの行動を窘めるところを背中を押すという、あのへんの倍賞千恵子の表情には喜劇の中の悲しみが効いていて胸を衝くものがありました。

(0分55秒での渥美清のアドリブに共演者一同が笑いをこらえきれず吹き出してる)

 

 17日の『月曜ロードショー』で『不毛地帯』(1976年)。
 じつはですね。この10月の12日に田中角栄に有罪判決が下されているんです。その5日後に『不毛地帯』。アメリカの航空機会社と日本の政財界との癒着を扱った社会派の作品です。
 監督はもちろん山本薩夫。ほかに誰がやるんだっていう。
 映画日記を読み返すと、「前半が人物紹介に時間を取りすぎてもたれる。後半になって、シベリア抑留体験と現代の商社とが重なってから急に面白くなる。」と書いてあります。私は同監督の『金環蝕』をたいそう楽しんで見たので、それに比べると話の展開のテンポが悪いということなのでしょう。
 けれども、やはりこの作品も今見ると出てくる役者の顔をながめてるだけで相当に満足できそうです。主演・仲代達矢。助演に山形勲、小沢栄太郎、丹波哲郎、田宮二郎、髙橋悦史、山本圭・・・うわぁ、魑魅魍魎の集まりだ。この面々が激突して癒着とか汚職とかが繰り広げられるんだ。そりゃ凄いよ。それだけでお金払う価値があるってもの。

 23日の『日曜洋画劇場』で『Mrレディ&Mr.マダム』(1978年)。
 ゲイのカップルを主人公にしたフランスのコメディ。あ、淀川さんが解説したんですね。
 これ、あんまり面白くなかったんですよね。もっとハチャメチャに笑えるのかと期待していたら、そうでもなかった。
 もとが評判をよんだ舞台劇で、ナイトクラブの華やかな雰囲気を観客にライヴ感をもって提供し、そこに同性カップルのペーソスが俳優のシナを伴って語られるのだから、舞台だと面白いだろうと思います。でも、映画だとライヴ感が減るんですよね。
 それでも「ミシャル・セローのゲイっぷりは天晴」と書いています。それと、撮影がやけに美しいことも指摘していますが、今調べたらカメラはヴィスコンティの作品を手掛けたアルマンド・ナンヌッツィでした。 

 そして25日の『火曜洋画劇場』で、前回のこのコーナーでたっぷりと特集記事を書いた『冒険者たち』(1967年)。
 記事はこちらを。

 29日の『ゴールデン洋画劇場』で『ザ・カンニング(IQ=0)』(1980年)。
 これも、もういいか。82年の8月編に最初に見た感想を書いてあります。バカ学生たちの行状記にほんのりと詩情が漂っているのに好感を持っていたんですが、テレビで見なおして「やっぱりツマラナイ」と。でも、私はあの主題歌好きですけどね。

 30日に『日曜洋画劇場』で『ゴッドファーザーPART II』(1974年)。 
 この2作目は話の構成に凝った秀作です。ドンになったマイケル・コルレオーネの苦悩と、父・ヴィトーの若き日の物語が交互に描かれていきます。1作目ほどの見せ場はありませんが、語り口が興味の焦点となって惹きつけられます。 
 しかし、この日、私は『1900年』を5時間16分観て帰宅してからテレビでこれを見たんですね。よく頑張ったなとも思いますが、『1900年』のこと以外を考えるのは難しかった。そのため、これだけ丁寧に作られたパート2であるにもかかわらず、「あ、これもイタリア絡みだ」とか「あ、ここにもデ・ニーロが出てる」というふうにしか受け止められませんでした。
 この作品を見返したのはパート3が公開されたタイミングでしたね。それを観に行く前にあわてて前2作をレンタルしたのをおぼえています。
 で、じつは今の私も『JOKER』のことで頭がいっぱいでして、あれもデ・ニーロがすごく良いんですよね。

 そうそう、83年のこの月には『ブルー・サンダー』も劇場で観てます。ヘリコプターが大活躍するポリス・アクション。『ジョーズ』では海で戦ったロイ・シャイダーが空で暴れるんですけど、この人って不思議な役者です。外見はマッチョじゃないしカッコよくもない。『ジョーズ』ではそれが巨大な敵との対比で功を奏していましたが、『ブルー・サンダー』はなんでキャスティングされたんだろ。ま、面白かったし、今となってはロイ・シャイダー以外考えられないんですが。
 『オール・ザット・ジャズ』では破滅型のブロードウェイ演出家の役で、それがハマっていました。どこにも居場所のない感じが自然とにじみ出る俳優ですね。

 83年の10月は以上です。来月はもっと賑やかですよ。『風と共に去りぬ』と『史上最大の作戦』と『ルードウィヒ 神々の黄昏』が並ぶんです。私、ホントに若くて元気だったし貪欲だったんですね。では、また来月。