気まぐれオレんちLP: Herb Alpert/ Greatest Hits (1982) | 勝手にシドバレット(1985-1995のロック、etc.)

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 CDラックから目を閉じて1枚を抜き出し、それについて出来るだけ下調べや下書きをせずに実況スタイルで記事を書く”セルフ無茶ぶり”のコーナー、「気まぐれオレんちCD」です。
 今回は久しぶりにCDではなくLPを選ぶ「気まぐれオレんちLP」にいたします。
 例によって、メインのコーナーで扱う対象(1985年から1995年のあいだにリリースされたもの)を引いたときは再度ブラインドで選び直します。また、ちょっとこれはカンベンしてほしいと白旗をあげる場合もあります。
 早速、レコード・プレイヤーの蓋を開けましょう。あ、なんかターンテーブルに載ってる。カーズの『パノラマ』だ。リック・オケイセックの記事を書いた際に聴いて、そのまま放置されていたようです。カーズの『パノラマ』は素晴らしいアルバムなんですけど、そういうんじゃなくて、日頃あまり聴かないものについて何か書くのがこのコーナーの目的です。

 さぁ、選びましたよ。ソフト・ボーイズのベスト盤『インヴィジブル・ヒッツ』。え~とですね。ロビン・ヒッチコックは私の大大大大好きなアーティストで、メインのコーナーでいつか必ず取り上げます。なので、パス。
 選び直しました。アリ・エクベル・チチェク。トルコのスーフィー音楽だ・・・ナンボなんでも、これはちょっとムリ。前に『古代ギリシアの音楽』を引いて七転八倒した記憶がよみがえりますので、申し訳ありませんが白旗です。
 次で決まりますように!はい、これ。ハーブ・アルパートの『グレイテスト・ヒッツ』。


 おおお。なるほど。
 むかし気に入っていたけど、かなり久しく聴いてないレコードです。このコーナーにはこういうのを求めてるんですよ。しかもこの盤は1982年のリリース作で、ティファナ・ブラスじゃなくてハーブ・アルパートのソロのベストなんです。ますますご無沙汰。これにしましょう。では、レコードに針をおろします。

(収録時間の約51分が経過)

 ほんっとに久しぶりに聴きました。約30年ぶりかもしれません。よく持ってたなぁ。そうだ、中古盤屋に何十枚か売りに行ったときに、「これは買い取れません」と断られた中の1枚でした。
 そんなサルヴェージ聴きの感想を述べますと、楽しかった!全10曲、軽快なポップ・フュージョンのインストが満載で、ノリノリで聴き終えました。一部、メロウなバラードがあったりもして、たまに聴くとそれも悪くないですね。とにかく、80年代前半の昔懐かしいアンサンブルに頬が緩みました。

 ハーブ・アルパートは世界的に有名なトランぺッターで、A&Mレコードの創設者の一人でもあります。とんでもない成功者なんです。

 日本ともなじみが深く、彼がティファナ・ブラスというバンドを率いて録音したBittersweet Sambaは『オールナイトニッポン』のテーマ曲として長年にわたって使用されています。私なんかもあの曲の♪パパッパッ♪を耳にするだけで中高生の頃の自分の部屋を思い出したりします。

 それから、80年代の前半にキリンのウィスキー”ロバート・ブラウン”のCMに複数の曲が使われていて、アルパート本人が出演しているヴァージョンもありました。琥珀色の液体が波打つ映像のバックに、やたら調子のいいトランペットのフレーズが上手く合っていました。『オールナイトニッポン』のテーマがティファナ・ブラスだと知るより前に、私はその一連のCMでハーブ・アルパートの名前をおぼえたくらいです。

 彼のソロ名義のアルバムは世界中でヒットし、CMの効果もあって日本でも人気を博しました。私は発売の翌年、高校入試前のお正月に近所の西友のレコード屋でこれを買いました。
 じつは私、アーティスト名を”HARP ALBERT”と勘違いしていて、店の人に笑いながら訂正されたのをおぼえています。「ウィスキーのCMでかかってる曲を・・・」と尋ねると、「これなら一通り入っているよ」と渡されたのが本作でした。
 このベスト・アルバムは来日記念盤と銘打たれています。どうやらジャパン・オンリーの企画だったようです。79年の『ライズ』から82年の『ファンダンゴ』まで、4枚のアルバムから選ばれており、あのCM曲のテイストを求めていた日本人には最適な入門編でした。

 私はハーブ・アルパートのオリジナル・アルバムを追いかけたことがないので詳しくはわからないのですが、コマーシャルであることに真摯な音楽家というイメージを持っています。”真摯な音楽家”の表現が似合わないなら、大衆の期待に100パーセント応えるミュージシャン。腕はいいし人脈にも事欠かないしお金もたくさんある。そんなミュージシャンが、アーティスティックなエゴよりもお客さんの望むものを徹底的に満たすべく、とにかく小難しいことはいっさいやらずに楽しくてノリのいい音楽を作ることに音楽家としての喜びを見出す。このベスト盤に私がおぼえるカッコよさは、そんな売れ線のダンディズムです。
 必ず耳を惹くリフレインの柱があって、ベース・ラインはディスコの流儀でシンプルだし、ソロのパートは簡潔にまとまっています。ソウル・ミュージックの手法を応用したアレンジも過剰な甘みがない。Beyondのようにテクノ的な意匠を施した曲もありますが、それもメロディーをシャープに際立たせる効果をあげています。

 そう、シャープ、というのがどの曲にも言えることかもしれません。サービス満点でありながらアンサンブルにも録音にも余分な音がなく、コマーシャルに吟味されているしコマーシャルに引き締まっている。やっぱり、その点でとても真摯なのです。当時の私を含めて、CMをきっかけにハーブ・アルパートに惹かれた人は、曲や演奏のわかりやすい構造とともにそうした美学を無意識にでも感じ取っていたのだと思います。
 1曲めのFandangoなんか、Bittersweet Sambaの82年型といった趣きがありつつ、リズム感はディスコやフュージョンやニューウェイヴを通過した時代性で鋭角的にアップデートされています。そういった各ジャンルの本質とダイレクトに結びつくものではありませんが、コンテンポラリーな音作りへの応用がウマいんですね。

 2曲目のRoute 101や3曲目のManhattan Melodyといったフュージョン色の濃い曲は、(ハーブ・アルパートとは無関係のCMですが)ナベサダと草刈正雄がゲタゲタ笑いあってる様子を連想させます。

 ほかにも、哀感が過ぎたCalifornia Bluesだとか、このへんの曲は今聴くと吹き出したくなるほどに古さがにおいます。でも、80年代初頭にはこういうサウンドに憧れることができたんです。

 じゃあ、その憧れとはなんだったのか。若者のアーバン・ライフに対する素朴な理想だったんだと思います。それをけっこうな度合いで満たして落ち着かせるサウンドでした。
 その”アーバン・ライフ”は、地方の若者には住んでいる環境と同じくらいに、年齢的に手の届きにくいものでした。大人になったら働いた金でオシャレな服を自由に着て、好きなクルマを買って夜の街に繰り出して、オシャレなバーで口説いたり口説かれたりできるかも。そういう気分を疑似体験させてくれる音楽でもあったんです。
 つまるところ、これはA.O.R.の一種でした。ここに参加しているスティーヴ・ガッド、スティーヴ・ルカサー、ワー・ワー・ワトソン、ミシェル・コロンビエにジョン・ロビンソンといった一流の面々の演奏に心ときめかせる人もいたのでしょうが、大多数のリスナーは彼らの演奏の旨味など気にもとめずにアーバン・ライフ感を気軽に楽しんでいたはずです。どんな傑出した演奏も、ここではそれを目立たせない采配の下に紡がれています。
 その意味でのベスト・トラックはB面1曲目に置かれたMagic Manでしょう。”ロバート・ブラウン”のCMを象徴するミディアム・テンポの曲で、トランペットの物憂いテーマ・メロディーに導かれて、マリンバやカウベルをリズムのアクセントに加えたアレンジなどについ体を揺らしてしまいます。アルパートのソロでお得意のスパニッシュなフレーズがサラリと顔を出すのも心憎い。

 ハーブ・アルパートを有名にしたティファナ・ブラスもオシャレな味わいの音楽をやっていましたが、全盛期は60年代でオシャレ感にもあの時代特有のリラックスした空気がありました。『軽音楽をあなたに』か何かのFM番組で私が80年代に聴いたときには、007の『カジノ・ロワイヤル』(古いほうの、コメディのヤツです)のテーマ曲なんか、ちょっとノンビリしてるけれどそれは洒脱さでもありました。

 90年代に入ってクラブ・カルチャーの盛り上がりの中で、そのティファナ・ブラスのリラックスした洒脱さが再評価されたんですね。それは90年代から見た60年代ファッションのキュートさへの目線と似ていました。ベレーをかぶった女の子がティファナ・ブラスのアナログを探したりしていたものです。

 いっぽうで、80年代のハーブ・アルパートがオシャレに聞こえなくなったんです。あれだけ80年代の若者の憧れをかき立てたサウンドが、90年代にはむしろアウトなものになりました。これは90年代のアンテナが80年代よりも昔への”レトロ”を指向していたこともあるし、80年代が”レトロ”をそこまで必要としていなかったとも言えます。あるいはバブルの終焉とともに、人々がハーブ・アルパートの音楽に思い描いていたアーバン・ライフの理想が、陳腐な上昇志向に映るようになってしまったのか。たしかに90年代の若者にウケるようなキュートさは皆無に等しいですからね。

 ここで、この随感に無理矢理な別棟を継ぎ足しますと、年齢を重ねることと成熟することが必ずしもイコールではなくなった事も関わっている気がします。
 大人になったからといって、『ファンダンゴ』のジャケットみたいに白いスーツに白いソフトでアダルトにキメた自分の姿を想像しなくてもよくなった。30歳を過ぎてもボーダーのシャツを着たければ着ればいいし、無理してアーバンなライフ・スタイルを目指そうと頑張るよりも、若いうちからナチュラルに自然体でいることのほうが歓迎されるようになった。


 いい時代なのかもしれません。でも、私は中学生の頃にウィスキーのCMで耳にしたハーブ・アルパートのMagic Manと、そこに嗅いだ大人の匂いへの憧れが忘れられません。
 中古盤屋でこのベスト・アルバムの買い取りを断られたのは、たしか90年代の半ばでした。もちろん「こんなの売れねぇよ」という意味だったわけですが、今となっては「そのうちわかるから、持っておけ」と言われた気がしてなりません。