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範疇遊泳について考えたこと

私は5日前ぐらいに範疇遊泳という劇団の「さよなら日本」という芝居を観た。
本来ならば感じたことをそのまま文章にして終わりなのだが
私はどうしても気になっていることがあった。
それは、この文章ははたして誰が読むのか、ということだ。
まず私は演劇を1回ぐらいしか見たことがない人間だ。
そして範疇遊泳という劇団は誰もが知っている劇団、とはいいがたい。
演劇を知らない人が書いたある劇団の批評。をはたして誰が読むのかということを考えていた。
知らない、というのは状況によっては強力な武器になりうるが、
この状況では効果を発揮することはない。
なぜなら、みんな知らない、状態だからである。
そして、もう少し知りたい、と思っている人が文章を読む。
だから知識を持たない私がこれを語ることは必要とされていないと感じた。
今必要とされているのは、専門家による、専門家の批評だ。
そうして作品や組織は知名度を上げていく。

では私にできることは何だろうか?
ただふつうに思ったことを思ったままに感想にすることか。
演劇の勉強をして付け焼刃の知識を文章化することか。
すべてをあきらめて自己表現に堕ちることか。
私はいろいろな作品にふれて、みんなの話を聞いて思ったことがあった。
私は、もっと私と私たちのことを知りたいと思った。

ここである作品について語られるときのアプローチとして
演劇技法の新しさ・演劇が暗に示す意味があると感じた。

あの演出方法が斬新だった、や
あのセリフはダブル・ミーニングである。などがあるだろう。
私はすべてがものたりないと感じた。
私はその作品からどこか別のところへいきたいといつも思う。

まず「さよなら日本」について思うことは、なぜ
さようなら、ではなく、さよなら、なのかとても不思議に思った。
おとなしく「さようなら」といっておけばいいものをなぜ「さよなら」なのか。
このはなしは広げられないのでやめる。
でもあえていうと、私は高橋源一郎の「さようならニッポンの小説」という随筆が大好きなので、ぜひさようならにしてほしかった。
まあこんな話はどうでもいいか。
あとミミズがでてくるのだが、ミミズのしゃべり方がすごいむかつく
根暗のでぶがでてくるのだが、すごいむかつく
就活失敗してニートの兄ちゃん
すぐまたを開く女
処女の不思議ちゃん
主婦
気配な夫
考えるのがおっくうになってきた。
えーと登場人物はミミズと、人にすぐ呪いをかける呪いにかかってるデブと、ユーチューブに動画をアップしてるニートのにいちゃんと、酔ってすぐ股を開いてすぐ反省する女と、道で「あ」を拾って飼っている女と、「あ」をなくした主婦と、気配にされた夫と蜂と椅子。ちなみに椅子っていうのも登場人物でつぶされたミミズが蜂を経て、転生した姿であり、ヤリマンの末路である。みんなに座られる。何を言っているかわからないと思うが、自分でも何言ってるかわからない。

とりあえずヒミズのときのように続けようと思います。