ちょっといい話の回覧板 | 浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編

ちょっといい話の回覧板

【聖なるあきらめ】

致知出版社「人間力メルマガ」より


人生では、大切なものを手放さなくてはいけない瞬間が誰にでもやってきます。

テレビの人生相談のコーナーにも登場されるシスター・鈴木秀子さんは、その時のために覚えておいたほうがよい言葉を教えてくださっています。


(鈴木)

人生には自分の努力ではいかんともしがたい出来事がたびたび訪れます。例えば身近な人の死や自身の病気、老いもそうでしょうが、
手塩にかけて育てた我が子との別れもその一つです。いつまでも傍にいてほしいと願っても、そういうわけにはいかないのです。

私は「聖なるあきらめ」という表現をよく用いますが、どうにもならない現実に直面した場合、大事なのはそれに執着せずにあきらめることです。とはいっても、そのことによって自暴自棄や投げやりになっては意味がありません。あきらめることがお互いの人生にとって成長をもたらすと前向きに捉えるのです。

その意味において、愛媛で障碍者施設を運営する塩見志満子さんの生き方には大変心打たれました。塩見さんはもともと高校の体育教師をしていた方ですが、当時小学2年生だったご長男を白血病で亡くされ、その数年後にはご次男が小学3年生の時にプールの事故で亡くなります。しかも、その事故は誰かから背中を押されコンクリートに頭をぶつけてプールに沈むという、親にとってこれ以上の悲しみはないほどの出来事でした。

しかし、塩見さんご夫妻は、背中を押した子の将来やご両親のことを思って犯人探しをやめ、許す決断をされるのです。その結果、お子さんの命日に墓前に花が絶えることのない温かい人間関係が生まれたと語られています。

塩見さんご夫妻のこの「許す」力はどこから生まれたのでしょうか。それはご長男を白血病で手放した時に、その事実を受け入れたご夫妻が魂の大きな成長を遂げられていたからだと私は思います。

子供を手放す時の状況は人によって様々です。大きな飛躍を願って送り出すこともあれば、塩見さんご夫妻のように想像を絶する悲しみを伴うこともあるでしょう。いずれの場合でも、そこには苦しさや孤独が伴います。それでも、その苦悩にじっと耐えながら、日々を精いっぱい生き抜く中で、気づかないうちに人間は成長していくものなのです。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

ホームページ はこちら

 

Facebook のファンページ もよろしくお願いします。