ちょっといい話の回覧板 | 浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編

ちょっといい話の回覧板

【1キロ100万円の塩をつくる】

メルマガ「人の心に灯をともす」より


ビニールハウスのなかには、長方形の木箱がずらっと並んでいる。

その木箱には海水が入っていて、たくさんのアーモンドが浮かんでいたり、藁(わら)が敷き詰められていたり、カニの甲羅が沈んでいるものもある。

これらは天日と風に晒されて、「塩」になる。


2018年4月、高知県田野町(たのちょう)で日本唯一の「オーダーメイドの塩」を作っている「田野屋塩二郎」の取材に訪れた時、僕は想像もしなかったその光景に目を奪われた。

2009年に「田野屋塩二郎」の屋号を掲げて塩をつくり始めた佐藤京二郎さんは、それまで誰も手掛けたことがない「注文に応じて、味や結晶の大きさを変えるような塩のつくり分け」に挑んだ。

それが国内外の料理人に広まるとすぐに引っ張りだこになり、ウェイティングリストができる職人になった。


これまでに佐藤さんがつくった最高値の塩は、1キロ100万円。

僕はその金額を聞いて仰天すると同時に、大きなポテンシャルを感じた。

欧州で「黒いダイヤ」と称されるトリュフに、1キロ100万円の値がついたというニュースを見たことがある。

塩は日用品で、安価なイメージがあるけど、自由な発想と確かな技術、さらに度胸があれば、高級食材のトリュフと同じ土俵に立つことができるのだ。


佐藤さんは365日、塩と向き合い、腕一本で「オーダーメイドの塩」の市場を作り出した。

そうすることで、塩の可能性を広げた。

「生産者が上に立つような仕事、商品というのが面白いし、そういう商売のやり方が幸せなんじゃないですかね。汗流しているやつが一番上に立たなきゃいけないですよ」

塩の世界に革命を起こした佐藤さんの言葉は、僕の脳裏に深く刻まれた。


その4ヵ月後、僕は兵庫県の丹波市にいた。

2016年に緑豊かな甲賀山の麓にパン工房「HIYORI  BROT」(ヒヨリブロート)を立ち上げたパン職人、塚本久美さんの取材だった。

周囲はのどかな田園地帯で、人の姿はほとんど目に入らない。

耳に届くのは、風のざわめきと鳥の鳴き声ぐらい。

そんなところでパン屋?と疑問に思うかもしれないが、ヒヨリブロートは、全国的にも極めて珍しい通信販売専門のパン屋さんなのである。


東京都内の有名なパン屋さんで修行していた時、塚本さんには残念に感じていることがあった。

パン職人の仕事は早朝から始まるハードな肉体労働だから、腕利きの女性の先輩たちが、結婚や出産を理由にパンづくりから離れていく。

それはもったいない!

塚本さんは独立を考えた時に、「結婚しても、出産しても、ひとりでも続けられること」を考えて、通販専門という形を選んだ。

しかも、販売するパンは数が違う3種類の「おまかせセット」のみ。

店舗のない、お客さんがパンを間近に見ることも、好みで選ぶこともできあにパン屋は異色の存在だろう。


果たしてその行方は?

開業以来、塚本さんは日本全国を巡り、こだわりの農産物をつくっている生産者とコラボし始めた。

そのパンが大人気になり、現在、ヒヨリブロートのパンは3年待ち。

塚本さんはフェイスブックやインスタグラムをお客さんとの接点として活用していて、特に不自由もないという。

最近、チョコレートなど農産物以外のおいしいものをつくっている友人や知人とコラボしてネットで販売しているが、それもすぐに売り切れる。


店舗のないパン屋さんは、オンラインで大盛況なのだ。

塚本さんは、自らの手で「店舗のないパン屋さん」の可能性を示した。

さらに、女性に限らず、世の中のすべてのパン職人に、これまでにない働き方を提示している。


田野屋塩二郎の佐藤さんと、ヒヨリブロートの塚本さんに立て続けに取材をした僕は、ドキドキしながらこう思った。

「今、食の分野で単なる『おいしい』を越えた、新しい挑戦をする人たちが出てきている!日本のあちこちで、常識を覆すような小さな革命が起きているのかもしれない!」


改めて「食べもの」の世界に注目するようになってわかったのは、日本にはおいしいものが溢れているということだった。

行列のできる…即完売の…予約が取れない…などの言葉をメディアで目にしない日はない。

その「おいしい」情報の洪水のなかで、僕が着目していたのは、マーケティングやプロモーションといったビジネス的なテクニックではなく、とんでもなく熱い想いや大胆不敵な思い付きをもとにチャレンジしているか。

それがいかに果敢で、周囲や業界にどういう変化を巻き起こしているのかも注視した。


目を皿のようにして情報の海を泳ぎながら、「この人は!」と思う人が見つかると、取材を申し込んだ。

塩の佐藤さん、パンの塚本さんの取材を含め、僕が2年かけて出向いたのは、宮城県の鳴子温泉郷から沖縄の南大東島まで、日本全国10の地域。

常識を超えて「おいしい」を生み出そうとす奮闘する10人の物語である。

10人がつくっているものを、挙げてみよう。

塩、パン、チーズ、おはぎ、ジェラート、ピーナツバター、お茶、コーラ、ワイン、ラム酒。

『1キロ100万円の塩をつくる』ポプラ新書



『それぞれに取り組みや目指しているものは違うけど、共通していることもある。

彼ら、彼女らの「おいしいものづくり」は、たったひとりから始まったということだ。

「ひとりの強い想いは、不可能を可能にする」

例を挙げよう。

チーズ職人の柴田千代さんは自分の工房を持っているが、営業日は月に1日。

定休日ではなく、営業日である。

彼女は開業から3年で、女性職人として史上初めて日本一になった。

ジェラートの職人、大澤英里子さんは、故郷の鳴子温泉郷でジェラートのお店を開こうとした。

銀行に融資を申し込みに行ったら、「鳴子ってすごい雪が降るでしょ。そんな雪の降るところでジェラートですか?」と鼻で笑われた。

その後、彼女はジェラート界で知らぬ人のいない存在になっている。』


また、100万円の塩のことは、こう書いてあった。

『フランスのお高いレストランからの依頼でしたね。

一年間、トリュフを海水につけて、トリュフの出汁をとるんです。

海水は蒸発していくんで、つぎ足し、つぎ足しで。

その出汁で塩をつくりました。

塩全体がトリュフの味になるということではなくて、塩の結晶のなかにトリュフの風味を取り込むんです。

料理人の求めに応じて、ここまで自在に塩をつくることができる職人は他にいない。

佐藤さんの存在はあっという間に知れ渡り、国内外から注文が届くようになった。

難しい依頼があればあるほど燃えるタイプで、相手が本気だとわかればどんな注文も断らなかった。

その結果、飲食店からのオーダーが全体の9割超を占めるようになり、売り上げは右肩上がりで伸びていった。

今ではビニールハウスが4棟になり、200弱の木箱で常時100種類以上の塩がつくられている。

木箱は常に埋まっていて、ひとつの塩が出荷されると、ウエイティングリストの1番目の塩づくりが始まる。

その注文が途切れることはない。』


本の帯には「小さな経済圏から世界一を目指す。働き方のイノベーション!」とある。

まさに、これからの時代は、小さいということがデメリットにならない時代だ。

尖った商品、唯一無二の商品を出せば、世界から注文がくる。


小さくても世界一を目指すことができる…

夢を大きく持ちたい。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

ホームページ はこちら

 

Facebook のファンページ もよろしくお願いします。