ちょっといい話の回覧板 | 浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編

ちょっといい話の回覧板

【慈愛】

メルマガ「100人の1歩」より


世間では、愛をすばらしいものと考えているが、

仏教では愛を否定している。


なぜなら、愛は自己中心的であり、

愛する対象を自分の思うがままに支配したいという感情を伴っているからである。


仏教では、愛を「渇愛(かつあい)」と呼ぶ。

 

それはちょうど、海を漂流する者が、あまりの渇きに一口、

海の水を飲んだ状態に似ている。


海水は渇きを癒すどころか、ますます渇きを激しくする。


わたしたちの「愛」もそれと同じであって、わたしたちは、

愛すれば愛するほど対象にのめりこんでしまい、

どうすればよいかわからなくなる。

 

だから、仏教では、「愛してはならぬ」と教えている。


わたしたちは、愛すれば愛するほど、

相手も自分をも傷つけてしまう。


それを仏教は恐れているのだ。

 

けれども、わたしたちは愛してしまう。


それは当然である。


それはそれでいい。


でも、わたしたちは、自分の都合で愛するのは、

「渇愛」であることを知っておきたい。

 

ーーー

出典

[がんばらない、がんばらない]


ひろ さちや 著

PHP研究所 より


・・・━━━☆・

仏教では、「ただの愛」のことは否定していますが、

「ほんとうの愛」はすすめているのです。


仏教のいうところの「ほんとうの愛」とは、

相手の身になって考えてあげることのできるものであり、

相手の自由を尊重するもの。

たとえば、親が自分の希望をわが子に押しつけるのは「渇愛」であって、

わが子の自由を尊重しつつ、わが子の将来を心配するのが、「慈愛」である。と

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

 

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