◇ ちょっといい話の回覧板 | 浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編

◇ ちょっといい話の回覧板


【王さまと仏教】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

ひろさちや氏の心に響く言葉より…


こんな仏教説話がある…。

狩猟を趣味とする王さまがいた。

政務のあいだをぬって、よく狩猟に出かける。

一方、この王さまは仏教の信心に厚い。

日ごろから仏教教団に布施し、しばしば聖地への巡礼もする。


この王さまを家臣たちは笑う。

仏教の禁じる殺生(せっしょう)をさんざんやっておいて、聖地巡拝(じゅんぱい)
はおかしいではないか…というわけだ。

その家臣たちの声が王さまの耳に入った。


王さまは家臣を集めて話す。

「ここに大きな鍋があって、湯がぐらぐら沸きたっている。中に金塊が入っている
が、おまえたちはその金塊を取り出せるか」

「できません。火傷(やけど)します」

「しかし、わしにはできる。どうするかといえば、冷水をそそいでやるといいのだ。
そうすると、熱湯もさめて、手を入れても火傷をしない」


さらに王さまはつづける。

「わしは国王であって、武人である。狩猟は武人にとって大事な鍛錬だからやめるわ
けにはいかん。そこでわしは、罪をつくった熱湯をさますために、聖地への巡拝をす
るのだ」


わたしたちの職業も同じである。

われわれが職業に専念すればするほど、悪行をつくり、他人に迷惑をかけることが多
い。

大事なことは、そのとき、生きていくためにはやむをえないと開き直らずに、素直に
「すまない」と詫(わ)びる気持ちを持ち、反面において少しでも宗教心を持つこと
だ。

ほんの少しでも熱湯の温度を下げるようにすればいいのである。

そうすれば、「ほとけ心」という金塊が得られるであろう。


『捨てちゃえ、捨てちゃえ』PHP研究所

 

 

人は殺生はいけないと思いつつ、生きているものを殺(あや)め、それを食べる。

それは、植物であろうが動物であろうが、たくさんの命の犠牲の上に自分がいるとい
うこと。

それゆえ、生きていくことは矛盾の積み重ねだ。


その意味では、潔癖すぎる人は、生きずらい。

黒か白か、右か左かと極端に走りやすいからだ。

本当は、黒も白も、右も左も、という選択もある。

それは、殺生した食物を食べるとき、「ありがとう」「いただきます」と、自然の恵
みに感謝する選択。


そしてさらに、そこで必要なのが、祓(はら)えだ。

神道においては、6月末に「夏越の祓え」という祭祀(さいし)があり、12月末には
師走の大祓式がある。

半年の間に身についた罪や穢(けが)れを祓う。

祈りではなく、祓えなのだ。

すると、熱湯の温度が下がる。

 

稲盛和夫氏は、「相反する矛盾することを、平然とやってのけることができる人を名
経営者という」と言った。

そして心の奥底に、『素直に「すまない」と詫びる気持ちを持つ』こと。


人は、年齢を重ねれば重ねるほど、あの世に近づいていく。

言い変えれば、神さまに近づいていく。

だからこそ…

ある程度の年齢からは、宗教心を持ったほうがいい。

 

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

 

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