◇ ちょっといい話の回覧板 | 浪花のコーチング税理士☆食べ歩き編
2018-10-30 11:56:00

◇ ちょっといい話の回覧板

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【禅的老い方】

メルマガ「人の心に灯をともす」より

境野勝悟氏の心に響く言葉より…

 

江戸時代の臨済宗の僧、翠厳(すいがん)禅師の言葉に、

「我心(がしん)を忘ずるは、即(すなわ)心仏となる」がある。

「我心」とは、自分だけの利益ばかりを考える心だ。

自分だけが得しよう、自分だけが豊かになろう…。


すると、どうしても、日常生活すべてが、自己中心的となる。

なにかを話すにしても、自分の考えでしか、人と話せない。

相手の意見が、まったく、読めない。


「わたしは、人のためばかり思っている」なんていっているが、じつは、自分だけの
考えで、自分のエゴで、人のためと思っているだけだ。

相手が、「いい」と思っていることを、応援して、手助けしてやる。

そこではじめて「人のため」の行動が、とれる。


老いて注意する点は、ただひとつ。

自己中心の考えや、自分の考えだけによる取捨選択の、いっさいの行動を捨て去るこ
とだ。

けっして、むつかしいことじゃない。

こっちの意見をいう前に、相手の考えをよく聞いてやることだ。


「こうしろ」という前に、「こうしてほしい」といわれたら、誠心誠意尽くしてさし
あげることだ。

少なくとも、禅的に生きたいなら、ここが、肝心かなめの点だ。


「自分のためにやる」

「自分が得するためにやる」

若いうちは、それでいい。

が、老いてきたら、得るものは、決まってくる。

得ようと思ったって、かぎりがある。


禅的老い方の基本は、第一に「他利(たり)」である。

もし、禅的に老いたいなら、「自分のため」は、あとまわし。

相手がよくなるように、相手が喜ぶように、相手の考えや趣向をよく理解したうえ
で、「この人のため」に行動を開始する。

その修練を徹底的に実践する。

じつは、そのことが、いちばん、自分のためにもなる。


なかなかできない。

それは、わかりきっている。

できなくても、できなくても、つづけていく。


例えば…。

若い人の意見を、よく聞く、聞く、聞く…。

オーソリティの意見ではない。

学者の意見でもない。

名高い評論家の意見でもない。

若い人だ。

若い人の意見をひざまずいて、合掌して聞く、聞く、聞く…。


いやなことだ。

おもしろくないことだ。

若い人の意見を聞いているうち、「なにっ。オレをだれだと思っているんだ!なめる
な!」という気持ちになるのは、よく、わかる。

が、そこが、こらえどころだ。

ガマンにガマンをして、「うむ。なるほど、よくわかった」…と。


若い人の意見どおりに、行動しなくてもいい。

ただ、「わかった」と、まず、しっかりと、その意見を誠実に認めてあげることだ。

若い人の意見を、「なるほど、いいことをいうね」と、素直に受け入れて、「参考に
させてもらうよ。ありがとう」と、もし、いえるような自分になったら、老後の人生
は、パッと開ける。

老後すべての生活に、春が、来る。

花が、咲く。


『禅的老い方』三笠書房

 

 

世界に類をみない革命、明治維新を成し遂げたのは20代や30代の若者たちだ。

しかし、忘れていけないのは、その裏に、彼らを認めたり、応援した、年長者や老人
たちがいたから。

どんな改革でも、実力や権力のある年長者や老人たちが本気になって止めたら、その
改革は一歩も進まない。

昨今の大企業がバタバタとダメになっていく裏には、こういう現象がある。


だからこそ、年長者や老人は、「若者を応援する人」でなければならない。

特に、変化の激しい現代はそれが必要。


応援するには、自分も勉強して、その問題の本質をある程度わかっていなければなら
ない。

つまり、新しい情報や、考え方を受け入れる好奇心と柔軟性が必要。


若者とつき合うには、魅力がなければならない。

頑固一徹で、誰の話も聞かず、昔話ばかりしているような老人には誰も会おうとはし
ない。


年を重ねたら…

禅的な老い方を。

 


■朝早く送られてくる、友人のにしやんからのちょっといい話を回覧板にしてしまいました。次の人に回覧してあげてくださいね。

 

 

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