中国、「ロボット革命?」脆弱製造業は競争力を回復できるのか | 勝又壽良の経済時評

中国、「ロボット革命?」脆弱製造業は競争力を回復できるのか

ロボットで蘇生できるか
誇大宣伝の誹りを受ける

中国経済をめぐる話題は暗いものばかりだ。その中で、珍しくも競争力回復論が出てきたので、取り上げることにした。そうでないと、このブログの公平性を維持できないからだ。と言っても、早とちりをしないでいただきたい。回復論の真贋を見抜こうという動機であって、回復論に賛成というのではない。回復論の根拠とそれが見落としている点について指摘したい。

中国製造業の競争力回復論の主要根拠は、ロボットの導入による生産コストの引き下げである。一見、「なるほど」と思いがちだが、この説には重大な見落としがある。それは、ロボットが中国だけに導入可能という環境にないことだ。他国でも、同様にロボット導入が可能である。さらに、そのロボットのほかに「IoT」方式の採用が見込める事態になってきたのだ。技術革新の結果である。こうなると、中国は、逆立ちをしても敵わないのである。

先進国企業は、製造拠点を中国から自国へ移転させている背景に何があるのか。中国の抱える克服不可能なコスト増要因が発生しているからだ。つまり、輸送コストの増大である。中国政府は2008年頃から、臨海部の工場を内陸部へ強制移転させた。臨海部の工場を一掃して住環境の確保という狙いが込められている。港から遠い内陸部へ移転させられた工場は、製品輸出では莫大な輸送コストがかかる。従来は、割高な輸送コストを人件費安でカバーしてきた。もはやそれも、限界を迎えているのだ。となれば、ロボットによる全自動生産方式の採用で、自国生産に戻したい。こういう動きが出てきて当然であろう。


以上のような点を頭に入れて、中国製造業の競争力回復論を吟味したい。

ロボットで蘇生できるか
『ウォール・ストリート・ジャーナル』(8月8日付)は、寄稿「到来する中国のロボット革命 成長力と競争力に貢献か」を掲載した。筆者は、ケビン・スニーダー氏(マッキンゼー・アンド・カンパニー・アジア会長)とジョナサン・ウェッツェル氏(マッキンゼー・グローバル研究所ディレクター)である。

この寄稿を読むと、中国がロボットの導入によって、世界最高の生産性を挙げられるという点のみを指摘している。それを阻害するような障害について一切、触れていない点で、異質の経済論文である。技術のみの視点で論じているが、私は中国の金融環境=流動性のワナという新たな問題によって、妨げられると見るのだ。単純に言えば、可能性は可能性であって、その実現を左右する金融要因の存在や輸送コスト問題を完全に忘れている。要するに、「絵に描いた餅」という印象が強い。現実性がないのだ。

この論文は、世界的に著名なマッキンゼー社のアジア会長と研究所ディレクターの個人資格による寄稿である。マッキンゼーという組織が発表した論文であれば、それなりの重みもあるだろうが、「個人資格」とすれば公式の論文とは見なせない「粗雑さ」も感じるのだ。一見して、「中国PR」というのが率直な印象である。これまでの、マッキンゼーが発表してきた「公式見解」とかなりの違い(中国へのバイアス)を感じるのだ。マッキンゼーの「公式見解」は、中国から製造業が撤退するというトーンで貫かれている。この寄稿は、これを逆回転させる奇抜な内容だ。ゆえに、PR臭を嗅ぎ取るのだ。

私は、8月17日のブログで、中国のロボット産業が惨憺たるものであることを取り上げている。中国の現状は、この程度で混乱した状況にある。「中国の毎日経済新聞は6月、工業情報化省(MIIT)の辛国斌副部長が、中国のロボット産業は、過剰投資と『ハイエンド部門のローエンド化』の兆しが見えていると警告している」ほどだ。今回の寄稿と比べて、余りにもかけ離れた現状にあることを、読者は認識していただきたい。

(1)「来たるべき中国のロボット革命について、西側アナリストたちは、未曾有(みぞう)の繁栄を予兆するとしてこれを称賛する向きと、ロボット導入に伴い大勢の労働者の仕事が奪われ、広範囲にわたる騒動が引き起きかねないと警告する向きに分かれている。フォックスコンが導入するロボットの大群は『世界の工場』にとっての破滅を意味するのだろうか。われわれはそうは考えない。中国の顧客や国際的な顧客と協力して検討した結果、中国の民間メーカーはこうした新技術によって不意打ちを食らうどころか、ロボットのおかげでかつてないほど強くて競争力のある企業になる機会が得られる、とわれわれは結論した」。

中国が、経済的にみてロボットの大量導入が可能かどうか。先ず、これが問題となろう。企業の新規投資は、前年比で減少に向かっているのだ。金融状況は、昨年11月から「流動性のワナ」に落ち込んでいる。中国経済の先行きを警戒して新規投資を控えているのだ。こういう状況で、中国企業がロボットの大量導入に踏み切るとは考えられない。

ロボットの導入が、大勢の労働者の仕事を奪うことは議論するまでもない。ロボットの導入は、「省力化投資」であるから当然の話だ。ここから発生する失業者が、救済される職場があるか否かである。鉄鋼や石炭の余剰生産力の廃棄が、予定の半分も進んでいない(今年上半期で3割)理由は、新たな雇用の受け皿がないことにある。こうした現状からみても、ロボット導入による新たな失業者を出せる状況にない。この認識が不可欠である。

中国のような未発達な産業構造において、高付加価値産業への転換はきわめて難しいのだ。中国経済は、資本主義経済システムと異なり、「社会主義市場経済」という人為的なシステムによって促成栽培されたものだ。産業高度化が、市場機構に基づき自然発生的に生まれてきたのではない。この歪みが、現在の中国経済を苦しめていることに気づくべきである。

ロボットを大量導入すれば、それで中国経済の矛盾が解決するという、そんな生易しい構造にない。この際、これを明確に認識すべきだ。ペティークラークによる第一次産業→第二次産業→第三次産業という自然発生的な発展過程を辿っているのではない。人為的な強引な政策によって、第二次産業が「孤島」として出現したものだ。それだけに、雇用の場に、広がりはない。肥大化した第二次産業が雇用整理すれば、第三次産業が吸収できるほどの発展をしていない。よって、ロボットの大量導入が大量の解雇者を出すのは不可避である。

(2)「中国の製造業の規模は膨大で、『規模の経済』にとって非常に大きな潜在力を提供している。習近平国家主席はオートメーション(自動化)を国家の優先課題だと宣言した。そして中国政府が昨年発表した産業戦略『メイド・イン・チャイナ2025』(中国語では『中国製造2025』)は、高性能機械やロボットを含む技術革新のために巨額の資金をメーカーに提供するとしている。向こう5年間に産業ロボットを工場に導入するため、広東省と浙江省だけでそれぞれ1500億ドルと1200億ドルを割り当てる計画だ」。

私のブログ(8月17日付)では、ここで指摘されている点が、大きな混乱を生んでいることを取り上げている。筆者らは、中国政府が「中国製造2025」で、習近平国家主席がオートメーション(自動化)を国家の優先課題だと宣言したから、ロボット産業が有望であるとの認識である。これが、間違いの原因なのだ。中央政府が有望業種と言えば、地方政府は号令一過でロボット産業育成に動いている。問題なのは、基盤技術の有無である。中国に存在しない技術だけに、未熟な企業が群がっているに過ぎない。まさに、「ハイエンド部門のローエンド化」が始まっている程度である。

(3)「国際ロボット連盟(IFR)によれば、中国は既に2013年に世界最大の産業ロボット市場になった。14年までには中国の工場は世界の産業ロボット保有台数の25%のシェアを占めた。前年比では54%増だった。昨年、中国のメーカーは世界で販売された産業ロボット24万8000台のうち6万8000台購入した。専門家たちは、このシェアが拡大し続けると予想している」。

中国で、ロボット需要が増えていることは事実である。ただ、その急増する需要をどこの国のメーカーが供給しているかである。圧倒的に日本メーカーである。中国メーカーは部品を買い集めて組み立てる程度の「アセンブリーメーカー」である。これでも、ロボットメーカーを名乗っているのだ。

(4)「中国が自動化を押し進めるなかで、その成功の可能性が欧米ないし日本より高いと考えられる理由が少なくとも3つある。
第1に、中国はユニークな製造エコシステムを構築してきた。中国の企業は海外企業と提携して、極めて洗練されたサプライチェーンを生み出し、人と機械が協働するネットワークを構築した。その結果、最小限の資本投資(企業の設備投資など)で最大限の柔軟性を
得ることが可能になっている。世界でこれに匹敵するものを持つ国は他にない」。

このパラグラフの記述は事実に相違している。中国が独特のサプライチェーンを形成しているとしても、それは低級品の話しである。雑貨輸出では、中国の広東省がその強みを発揮しているが、ロボットのような高付加価値製品では、完全にカヤの外である。前述の通り、ロボットでも低級品しか組み立てられない限界を抱えている。外国資本がその役割をつとめている。とりわけ、日本企業である。

誇大宣伝の誹りを受ける
(5)「第2に、インドが例外になる可能性を除けば、産業ロボットを大々的に監視するうえで必要なエンジニアを中国ほど輩出できる国は他にない。最近のある分析報告によれば、中国では毎年、米国の少なくとも3倍にあたる学生が工学部を卒業するという」。

ここの記述まで来ると、明らかに「中国PR」の臭いがふんぷんとしている。中国の工学部カリキュラムは「座学」が多く、実験科目が少ないという欠陥が指摘されている。米中の大学工学部を、同列に比較すること自体が間違っている。この程度の認識でロボット論を展開しては恥をかくであろう。また、すでに人間が産業用ロボットを監視する状況は超えている。人間の「見張り役」を省くことが、ロボットよる作業のメリットである。すでに、無人化で24時間操業という現場が登場しているのだ。

(6)「第3に、中国の消費者の購買力が上昇し続けており、それが同国に本拠を置く製造業の強固な基盤となるだろう。経済成長は減速しているものの、中国が世界で最も中間層が増えている国であることに変わりない。中国には既に1億1600世帯の中間階層と富裕層が存在している。その年間可処分所得は2万1000ル(約210万円)以上となっている。そのような世帯は2000年の時点ではわずか200万世帯しか存在していなかった。これほど大きな購買力があるだけに、世界的な企業が中国に工場を維持しようとする誘因は強い」。

中国に立地する製造業は、輸出需要と国内需要の二つに分けられる。このうち前者の輸出需要をまかなう製造業が、母国かあるいは他国へ移転しているのだ。ロボットの利用による全自動化生産が可能になれば、何も中国へ立地する必要はない。需要地ないしその近接地に移転すれば、輸送コストが省ける。同時に、輸送中の在庫が必要でなくなるから、その金利分の負担がゼロになる。こうして輸出目的の製造業は、ロボット利用による全自動化によって、脱中国を促進する働きをするはずである。この寄稿が主張している点と、真逆なことが起こるに違いない。内需向け製造業では、労務費の削減が可能になるから、採算性が著しく改善するであろう。中国の中間層富裕化は、内需産業にプラスであって、輸出産業にとっては直接的なメリットはないはずだ。なぜなら、製品重要が海外で発生するからだ。

(7)「われわれは、製造業が先進国市場に逆戻りすると予測できる理由はほとんどないと考えている。中国は『世界の工場』であり続けるだけでなく、2025年までに製造セクターの規模を最大22%拡大する可能性がある。こうした新技術導入が自分たちに著しく有利に働くだろうと西側指導者たちが考えるのは賢明でない。中国は、他国に後れるどころか、ロボット革命の最前線にいるのだ」。

中国製造業が、先進国市場へ逆戻りすると予測できる理由はほとんどない、と寄稿では断言している。この結論は、すでに私が指摘してきた理由によって否定できるのだ。ロボット利用による全自動化生産では、人件費ウエイトが極端に切り下げる。その結果、工場立地の優劣を決めるのは、輸送(物流)コストとそれに伴う在庫の金利負担に絞られる。

実は、『人民網』(7月13日付)が、「中国製造業は冬の時代、ブレークスルーはどこに?」で、次のような指摘をしている。「中国では物流コストが国内総生産(GDP)に占める割合は20%に迫っている。これが、米国では9%である。このようなわけで、中国のGDPのうち22%は在庫で構成されており、米国の10%の2倍以上になる」。中国では、広大な中国国土に散在する工場から需要地までの物流コストが、GDPの22%を占めている。この事実をみれば、「中国製造業が、先進国市場へ逆戻りすると予測できる理由はほとんどない」という理屈は完全に否定される。

マッキンゼー・アンド・カンパニーのライバル企業のボストン・コンサルティング・グループのリポートによると、米国への製造業回帰により2020年までに60〜120万人の雇用が生み出されるという。これは、中国メディア『界面』(6月10日付)で、「アジアの人的コスト、輸送コストが上昇=製造業は先進国に回帰」のなかで指摘されているものだ。中国製造業がロボット採用を増やしても、それによって競争力を大幅に回復するという見方は、余りにも偏った主張と言わざるを得ない。

中国が、「他国に後れるどころか、ロボット革命の最前線にいるのだ」という指摘は、誇大宣伝と言うほかない。TPP(環太平洋経済連携協定)が発効の暁は、中国での輸出用
生産基地は、壊滅的な打撃を受ける。中国が、TPPに加入できる見通しはゼロであるからだ。国有企業のウエイトの切り下げを大きな目標にしているTPPにとって、中国の国有企業主体の経済システムは不適応そのものである。

お願い:拙著『日本経済入門の入門』(定価税込み1512円 アイバス出版)が発売されました。本書は、書き下ろしで日本経済の発展過程から将来を見通した、異色の内容です。中国経済や韓国経済の将来性に触れており、両国とも発展力はゼロとの判断を下しました。日本経済にはイノベーション能力があり、伸び代はあると見ています。ぜひ、ご一読をお願い申し上げます。

(2016年8月19日)



日本経済入門の入門 中国発、世界大恐慌は 本当に起きるのか/勝又 壽良

¥1,512
Amazon.co.jp