さてアイドル関連のあの事件について

武蔵小金井でのアイドルというか自称芸能人というか芸能活動中の女の子が刺された事件。
率直な感想は「またか…」、もうそれ以上でもそれ以下でもない。というのもそりゃそういうことも起こるさ、現在のシステムならね。
誤解を怖れずに言うと、異性に対して愛情を異常なカタチで表現する人間は一定の割合で発生する。これは時代や社会体制、文明の成熟度に関係なく。社会的要因の影響は発生数の違いくらいか。教育が悪いとか、社会生活ができないとか理由を挙げるのは勝手だが、人間という生き物が社会生活を営む上でゼロにはできない。もしもゼロにできる社会があるならそこに人間性はないだろう。
だからこういうことは起こるいや起こっていた。近所のお姉さん、学校では憧れの先輩や可愛い後輩。身近な異性にハマっていくことはありがちなことだ。たとえ営利目的でだろうと人間は昔からそうやってきた、遊郭や大奥なんぞそういった事例に事欠かない。

なのに注目を集めるのはなぜか?アイドルというキャッチーな単語とSNSによって追跡可能なやりとり。そして何よりもそういったアイテムによって一般人とは違うゴシップ感が増長されるのではないか?そこはわれわれ一般人には隔絶された世界であり、被害者の人は可哀想だが物語を楽しんでいるようにしか思えない。実際のところキャバクラ嬢が客をカモにして逆上した客に刺されたら同じ反応をするだろうか?客も可哀想だという意見もでるだろう、もう少し賢くカモれなかったのかとかね。アイドルだって同じ、彼女たちだって営業しているじゃん、お客をファンにさせてそのフトコロから活動資金を得ている。ファンを覚えて声をかけて満足感という対価を与えている。「歌とダンスだけを見て欲しい」なんておかしいよね、それで通用するのならとっくにどっかからアーティストとして世に出ているよ。握手会とかお渡し会でファンと触れ合うそういったやり方でしか世に出れないからそうしているんでしょう。アイドルとして頑張っていたのに何故?とかは論点がずれている、移動時のリスク管理、そしてストーカー予備群に対しての接し方でしょ。
そしてその中はいわゆる”重課金者”に依存する体制になってしまった。これは秋葉のあの人達のせいとかじゃなくて時代の必然かね。まぁ加速させたことは間違いないが。重課金者は得てしてストーカーになりやすいのだ。ガチャの確率が悪いというクレーマーもストーカーも動機は同じところ、投資した金額に対しての得られる満足感への不満、不平等感。
そこにSNSによるダイレクト(に見える)コミュニケーションが加わって、ストーカーを増やしやすい環境ではある。だからと言って握手会やイベントビジネスを否定したり規制しろという気はないよ、まぁだいたい楽しいもんだし、カワイイ女の子に声かけられて名前覚えてもらえるなんて普通の生活してたら機会ないじゃん、嗜む程度がちょうどよくて重課金者にはなっちゃいけないっていうだけ。
そして悲しい事件だって起こる、ゼロにはできない。自動車事故がダメだから自動車使っちゃダメなんて社会が幸せでは決してないように。

事件の影響もあって自粛・中止の握手会やお渡し会ですが、喉元過ぎればでまた徐々に再開されるでしょう。だってやらなきゃ活動資金が底をつくだけだもん。その繰り返しが「またか…」という思いに拍車をかけるだけなのだ。あとは彼女が元気になって彼女なりの輝く道を見つけてくれるのを祈るばかり。
いろいろと書きたいことが多い昨今ですがまずはクルマの話から

3月の終わりから大騒ぎになっている三菱自動車の燃費偽装問題、該当するクルマに乗っている訳ではないのであくまで他人事な意見ですが…

そんなに大騒ぎするほどの問題なんでしょうか?

だってさ、いまどき誰もあのJC08燃費なんて信用してないよね。コロの上を走らせてしかも運転してるのはトップクラスのドライバーでしょ。しかもシナリオが決まっているから完全な覚えゲーの世界。わたしらみたいな下手くそドライバーがしかもなんでもありの路上で出せるわけない。
ただでさえ実燃費とかけ離れているのに、計測方法がもはや旧態然としてない?20km/Lまでの計測方法ではないだろうか、それが30km/Lの世界だと普通にブレる。それでメーカーもアレコレと知恵をしぼってきた。工夫がまぁデータ改ざんの三菱と制度の盲点を突くトヨタ・ホンダといったところか。そりゃ正直に開発費をかけるよりも受験の時だけゲタを履かせるほうが企業としては正しい選択でしょ。クルマのコストがへらせるなら決してユーザーを裏切っていることにはならない。裏切っているとすればJC08の数値を盲目的に信じてクルマを購入する人くらいか。ただそういった人が全体の何%かといえばまぁごく少数だよね、だってこれだけ不完全な基準なんだからさ。

言いたいことは新車の型式認定はCO2排出量だけでいいんじゃない。それも一定量以下なら合格、燃費は参考値。それも裁判員制度じゃないけど一般のドライバーが運転した数値。最高値と最悪値をはねた平均値。だってさ40km/Lなんてダイエット薬品の宣伝文句の何kg痩せました~と同じでしょ、買う方はその最大値、下手したら最大値超えとか期待しても結局、結果には個人差がありますな結論に落ち着くわけでしょ。
だいたい日本独自の燃費基準なんて必要なの?もう北米もしくは欧州の基準数値でいいんじゃない?こっちはごまかすとシャレにならないペナルティが課せられるから三菱自動車だってマジに計測していたそうな。その数値を日本用に換算すると何%でいいじゃん。なんか日本のそういう規格ってオカネのニオイがプンプンするんだよね~もしかして大トヨタ様に有利になるように決められてない?天下り先を確保する目的で使われてない?

燃費偽装でいま販売されていないクルマですが、はやく販売して欲しいものです。だってあのクルマには自動ブレーキなど安全装備が充実しています。これからの時代に必要なアクセルの踏み間違い防止装置がついています。これは誇っていい装備です、なんで義務化されないのか不思議でしょうがないです、これもトヨタ様の顔色をうかがっているせいなんでしょうか?ガソリンをいくら節約しても事故したら何もならない、そしてヒトはあわてたときに思わぬ行動をする。高齢者になればなおさら。この装備で救われた人だって少なくはないはず、ニュースにはならないでしょうが、こうしたユーザーのことを考えたあのクルマを燃費偽装だけで否定して欲しくはないかな。

クルマに乗らない人のことを裏切ったVWとは悪事の程度が違うってことで、償いはしなきゃならないでしょうが早く元に戻って欲しい。そして「ピートの不思議なガレージ」は降りないで続けて欲しいと思っている者は一人はいますってことで…
なんか大変なことが起こっております。こういう時はゴミみたいな文章の投稿なんてと自粛していたいのだが、こんなアホなものでも見てくれる人がいるかもと書いてみる。

5年前もそうだったが、こういった大災害が起きた時ってホント心が辛いです。というのも地震ではなく水害ではあるが被災した経験があるから、静岡県地方で七夕豪雨と呼ばれるものです。当時川のそばに家があった。夕方から雨足が強くなってなんか危険な兆候、川の水かさがじわじわと上がってくる。家は2階建だったので家財道具は2階においてまずは安心だったのだが、ここでどうするか?避難するかそれともこのまま2階にいるか?両親が出した結論はとりあえず避難する。傘は役に立たないので兄弟で手を繋いで避難した。途中道はひざまで増水中、流されないように兄弟に見守られての避難だった。避難先は町の図書館、増水の心配もなく落ち着いてその夜は眠った。
なにせ小学校4年生、大変な事態というよりも非日常な出来事で不安半分、ワクワク半分といったところ。特別アホな子供だったこともあって、学校行かなくていいし家の片付けなど楽しげにやっていたなぁ。悲惨といえば悲惨なんだけど日常と違うことができるのと、子供の働きが大人の役に立って喜ばれるのが素直に嬉しかったのが強く記憶に残っている。
っと自分の体験はまたおいおい。

ホントはスケールアビエーションの飛ぶ理由が相変わらずクソだとか、スミ入れと汚しの区別がつかない作例しか載ってないようなゴミ雑誌に金なんか払えねーよとかはそのうち書きます。雑誌の代金分以上は寄付にまわしております。

え~と、やはり書きたいのは関西テレビのあのことでしょうか?いやわかるんだけどね、4月16日といえば本震と思われていた地震から一夜明けたところ、あまり地震の話が出ない熊本地方、最大震度7といえども直下型、津波の心配もない。地震っぽい絵が撮れて平穏な日常を取り戻すという予定調和な取材だったはず。ガソリンスタンドに並ぶ地元民の方も用心のための行動とタカをくくっていたのでしょう。取材の都合もあり給油所に割り込み、べつにちょっとしたことであったでしょう。ただ事態は転換、本震が起こりちょっと人騒がせな揺れから100年に一度の大災害に。まあこうなることは予測できんわな。そしてSNSで拡散、今までは彼らがメディアを抑えていた。自分たちの都合の悪いことは流さなければ抹殺できた。ところがもう抹殺はできない、SNSが暴走する、いまのSNSは制御がきかないのだ。見張り役というにはやや過激だがメディアに対する監視役としては十分機能している。メディアの倫理観も都合もネットの民意による審判を受ける。この状態が報道の自由とは?そして報道の自由を享受するためにメディアが負うべき責任をより明らかにしていくと思いたい。

大企業が支払い続けている広告料が被災地の空の無用なヘリの飛行費用になっている。その広告料を払っている企業の製品を購入しようとはもう思わない。リテラシーの低いテレビ局に広告料を払っている企業もまたリテラシーが低い、同じ穴のムジナではないか?
そして受信料を取材ヘリに惜しげもなく投入している国営放送もまた一度の視聴者の審判を受けるべきではないか?受信料の使い方について負担者の意見が反映されない国営放送なら契約解除をするべきではないのか?あなたの受信料ホントに役立つ使われ方をされているのだろうか?
そして空撮をするのならヘリの爆音も含めて放送しないのは被災地の空気を伝えていない。自浄機能としてのBPOで是非とも取り上げていただきたい。
テレビはもう無くてはならない存在ではない、あった方がいいけどなくてもなんとかなる存在まで落ちている。新聞はそのへんの危機感はしっかりしてる。自分たちの存在価値を模索しているのが分かるがテレビは相変わらずなんだなぁ。