大変味のあるものや、それ自体が芸術品と言えるような美しいものまで、カッコいい物が多いてすね。
考えて見れば、現代の様に、高度な金属加工も機械で出来てしまう時代と違い、1つずつ手作りで作られるのが基本だと思いますから、それぞれの職人さんが腕を競って作ったのですから、カッコいいのは当たり前かも知れません。
ただ、大変工作の仕事の多い当店の様な店に取っては、中々厄介な代物でもあります。
当店の場合、美術刀剣よりも試斬や、居合で使う実用刀剣が多く求められます。
そういう人達の間では、長さや身幅の広い刀が好まれる傾向にあります。
すると、江戸時代の古い金具は、直径の小さい物が多くて、お客様の刀身に会う時代の縁頭は、大変少ないのです。
良くお客様から、持ち込みの金具で、時代の物が送られてくるのですが、身幅や重ねの関係で使用し難い場合が多いです。
拵の依頼を頂いてから、お刀と金具が送られてきたものの、サイズ的な問題で、工作に入れず、方々探しても、ベストな時代の金具が見つからず、結局半年探して、諦めて、現代金具を使われたお客様も居られます。
何時も悩まされる問題ですが、落ち着いて考えて見ると、案外それが当たり前なのかと思う様に成りました。
縁頭が使われるのは、基本的には、打刀拵を作る場合です。
打刀の様式は、室町時代中期に出始めましたが、完全に刀の拵と言えば「打刀」と言う様に成ったのは、江戸時代からだと思います。
それ以前は、室町時代末期まで大刀の拵は、太刀拵が中心でした。
なので、室町時代末期(所謂、戦国時代の打刀は、一部の名品を除けば、飾り気の少ないシンプルな物が多く、かなりの割合で頭は角で作成されています。
煌びやかな縁頭が生まれるのは、天下が安定した安土桃屋の時代以降、江戸時代が中心と成ります。
刀も幕府が定寸を定めたりして、実用品から武士の表道具としての美的価値に重きが置かれる様に成る時代とリンクしていると思います。
その時代、天下泰平の江戸時代に大きく花開いた打刀拵に使われた縁頭は、大きな流れとしては、当然細い刀に付いていたとしても不思議ではありません。
それだけではなく、抜刀、納刀をする機会が大幅に減った事と無関係では無いと思うのですが、江戸時代に作られた鞘は、厚みがあまりなく、大変細い物が多いです。
鞘に殆ど削る余地がない物が良く出て来ます。
これも時代の流行ですか。
鞘の太さと、縁金の幅は同じと言うのが、拵の基本ですから、細い縁金具が多いのは、細い鞘とセットで考えるのが正しいのかも知れません。
うだうだといろいろ書きましたが、刀の全体が美しく見えるのは、刀の曲線美と縁と鞘の幅が揃う等、昔からの常識が、そのまま美しさと直結している為だと思います。
明治以降の近代日本で作られたお刀に、江戸時代の金具を合わせるのは、事前に金具探しの長旅を続けてやっと可能である事を、少し、心に止めて頂くと有難いと思います。
軽量ながら試斬にも使え、樋鳴りもするお刀です。
現代刀の形居合専用刀の様に樋鳴り「ヒュンヒュン」では有りませんが、しっかり振れば、樋鳴りもしてくれます。
大変軽いので扱い易さは抜群です。