啓蟄。
おはようございます。今朝も寒いですね。いい加減あったかくなって欲しいなぁ。2月を過ぎ3月からとなり、いろいろとあります。3月は父母が亡くなった月でもあります。父は十数年前に、母も数年前に他界してますが、親の恩に報いることなく、ずっと親不孝なままと反省する年々です。私の父は血液の癌でした。抗がん剤をうち、余命半年が三年長く生きてくれました。最期は家でと言って家に帰りましたが、容体が悪化した時やはり家族は緊急で病院に父を連れて行き、病院で息を引き取りました。今思うと、九州から戻る私のために病院に連れて行ってくれたのかもしれません。勘繰りですが。私の母は、脳梗塞後の認知症、その後にまた脳梗塞からの脳溢血で寝たきり介護になり、そこから静かに息を引き取りました。ハイカラな母の生き方そのままに私たちにいろんな経験もさせてくれました。もう駄目だと医者に言われてから3日間程度伸びたと思います。あの時も九州から戻り、父の時よりも少しだけ長くそばにいれました。最期を看取ったのは病院に泊まり込んで横で寝ていた私でした。父が亡くなった時は家族で帰りました。母が亡くなった時は私と娘だけが帰りました。妻も母の介護をしているからです。何かあっては帰れない距離ですから。妻が私の田舎の彼女にとっては義父母の墓に手を合わす時は、母に何かがあった後で、そういう日はなるだけこない方が良いと私は思ってますので、なかなか私の実家に帰省できないことをすまないと言う妻には、行けないことが安心で良いことなんだよといつも言っています。私は両親が高齢の時の子供でしたので、早く親の死に目にあいました。その前後にいろんな体験もしました。困ったことも、家族兄弟で頑張ったことも。親の愛情がどれだけ深く、暖かいか、介護がどれだけ大変か、認知症患者はどのようなものか、寝たきりとはどういうものなのか、成年後見やいろんな制度にも触れました。こんな感じでいろいろと経験しましたが、何かこの経験を活かせたらと思いましたが、経験は求める人に対してのみ活かし、ことさら伝えたりしてかえって不安にならないようにした方が良いのかなあと思います。私は合理主義的なので無駄な経験を積むより、前人が培った経験を活用して、新しい分野の経験を積んで欲しいと思うので、経験の押し売りをするところがどうやらたくさんありました。これからは経験は求めに応じてのものとしていき、経験は自分のために使うことに一所懸命になりたいと思います。啓蟄、そろそろ虫も覚める。況や人間をや。