駅周辺の寂しさ | 片桐あきひろオフィシャルブログ
2018年06月11日(月)

駅周辺の寂しさ

テーマ:ブログ

会合の中の会話の途中で「片桐さんにどうしても叶えて欲しいお願いがあります」と話し掛けに来てくれました。

「どんなことですか」と尋ねたところ、次のような依頼でした。


「私は他府県に出掛けて和歌山市に帰ってくると、いつも悲しくなっています。それは和歌山で駅を降りると、真っ暗で人通りがないからです。『一体、和歌山市はどうなってしまったのだろう』、『この先、和歌山市はどうなっていくのだろう』と思ってしまいます。和歌山の駅とはJR和歌山駅と南海和歌山市駅の両駅のことで、どちらも夜は同じような状態にあると思います。玄関口の駅に人がいない事態は異常事態でとても悲しいことだと思います。これだけ人がいないのに、県知事や和歌山市長は何とも思わないのでしょうか。それとも諦めているのでしょうか。県知事や和歌山市長が中心市街地の再開発によってどれだけ活性化してきていると言っても、現実を見ていないと思います。この状況を見て、どうして和歌山市が活性化する兆しがあると言えるのでしょうか。現実を見て対策を検討して欲しいと思います。県知事や和歌山市長は、夜の時間帯の和歌山市の状況を見ていないのではないでしょうか。片桐さんには現実を見て対応して欲しいと思いますし、何とか和歌山市に賑わいを取り戻して欲しいと思います」と話してくれました。


話の内容は当然、理解できます。

和歌山市の夜の賑わいのなさは、同規模の都市と比較しても寂しいと思います。

和歌山駅と和歌山市駅、そして夜の時間帯は飲食で賑わうべき中心地にも人通りが少ないのです。


このように街中に人が出ていないのは原因が考えられます。

  • 和歌山市は完全な車社会であること。車での移動が当然のことなので、自宅から目的地までの移動が車のケースが多いと推測できます。中心地で途中、立ち寄りたくなる場所が少ないので、そのまま帰宅するように思います。
  • 職場の同僚や上司と部下などの懇親の機会が減少していること。仕事帰りに食事を取りながらの懇親の機会は大幅に減少していると思います。これは和歌山市に限ったものではありませんが、コミュニケーションの機会の減少が街中の賑わいを減少させているように思います。
  • 若い世帯は住居を郊外に構えるケースが多く、生活の拠点が従来の中心地ではなくなっていること。まちが郊外に広がっていることから生活拠点での行動が中心となっています。郊外型の大型店舗が立地しているため、中心地に行く必要性はなくなっています。
    ある人は「スーパーと病院が近くにあれば、その機能が備わっている郊外に住居を構えても何の問題もありません」と話してくれたように、中心地の魅力が少なくなっているのです。
  • 特に南海和歌山市駅周辺に飲食店が少なくなっていることです。仕事帰りに和歌山市駅周辺で飲食しようと思っても、「立ち寄りたくなるお店が少ないと聞くことがあります。新しい和歌山市駅が完成すれば駅舎内や周辺の再開発が伴いますから、人の交流と賑わいを創出することは可能ですが、帰る時間を遅らせても良いと思えるような立ち寄りたくなるお店の立地が必要です。もっと言うなら、帰り道を外れても立ち寄りたくなるようなお店が立地してくれることが理想です。
  • 和歌山駅と和歌山市駅と主な住宅地を結ぶ路線バスを増便させることや公共交通機関を設けることが必要です。夜の時間帯は路線バスが大幅に減少していますし、路線バスのない地域であれば帰る手段は自家用車かタクシーに限られます。和歌山駅や和歌山市駅の周辺に滞在させるだけの中心地としての力がなくなっているのです。
  • 和歌山市ではマンションよりも一戸建て住宅を選択する傾向にあること。駅前のマンションに住むよりも、郊外であっても一戸建を選択する人が多いと思います。駅周辺に住居が伴わなければ交流人口が増えません。駅周辺で暮らす人を増やすことが、駅周辺での交流人口の増加につながります。

以上のような理由が考えられますから、これらへの対策が必要だと考えています。

切実な意見をいただいたので、しっかりと考えて課題として取り上げたいと考えています。

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