首の凝りは、「肺」の熱?
<はじめに 最初の患者さん>
首の後ろから、後頭部にかけての、強い痛みを訴える患者さんが来られました。
その痛みは、高校生くらいから続いていて、悪化すると頭ぜんたいの痛みに広がり、時にひどい目まいに変わることがあるので、油断できません。
どういう時に、首の痛み、頭痛が悪化するのか尋ねましたが、春先に多いかな、というくらいで、仕事が忙しくてとか、雨の降りそうなとき、食べ過ぎてとか、病気の原因を示唆する情報は得られませんでした。
それなりに針灸治療をして、来たときよりは良くなったと、言ってもらいましたが、いま一つ、決め手に欠ける治療でした。
それから数日して、また別の患者さんで、首の痛みから後頭部の痛みになるという方が来られました。
<つぎの患者さん>
年齢は、60歳。
この方が病気になったのは、もう10年も前から。
工場の仕事で長時間、パソコンを操作しなければならなかったからです。
操作を間違えると、配管が壊れるとか、火事になるとか、そういう緊張を強いられるポジションだったそうです。
症状は、主に作業に使う右の首から後頭部の凝りと痛み、右腕ぜんたいの痺れ。さいきんは何故か、左の親指も痺れてきました。
首や頭の痛みに耐えられずに、5年前に仕事の配分を替えてもらい、他の仕事も混ぜるようにして、少しは痛みが軽減されましたが、相変わらず、毎日、痺れ、痛みに耐えながら仕事を続けています。
整形外科にかかって、CTやNMRを撮ってみると、頚椎のどこかの間隔が詰まっているが、手術しないといけないほどではない、ということで、痛み止めの飲み薬とシップをもらいました。
身体つきは、がっしりとした筋肉質で、色白で肌のツヤもよく、体力のありそうな人に見えます。
問診をしても、食欲も旺盛、お通じや排尿にも問題なし。
入院などしたこともなく、検診で指摘されるような異常もありません。
ただ、首や頭の痛みのせいで、身体の右を下にしないと眠れないので、夜中に何度か目が覚めて、ぐっすりと眠れないのが辛い。
<腹診・舌診>
お腹を押さえると、腹直筋がよく緊張して盛り上がっているのは、筋肉質の体質の人らしいお腹です。
舌を診せてもらうと、表面が乾いて、キュッと締まった舌です。
口の渇き具合を尋ねると、冷水をかなり飲んでいる。
どうも体内に、かなり熱気が多い体質のように見えます。
しかしそれは、工場内がかなり高温になるので、飲まずにはおられないらしい。
次に診た脈診が、いちばんのヒントを与えてくれました。
<漢方の脈診>
漢方の脈診は、左右の手首の動脈に、人差し指・中指・薬指の三本を当てて、それぞれの脈の打ち方を診ます。
そして、左右の手首の6か所に、上の図のように五臓・六腑が割り付けられています。
左右の手の内側に心・肺・肝などの五臓、外側に大腸・小腸など六腑が書いてありますが、これは、軽く浮かべて動脈の表面では六腑のようすを診て、指を沈めて深部では五臓の具合を診るという意味です。
五臓をその場所にに割り付けた理由は、漢方的な「陰陽五行」の理屈で説明はできますが、ややこしいので省略。
そういうものだと、思ってください。
しかし、そもそも、何故、手首の動脈の打ちようで、内臓の状態が分かるのか?
また中には、心包・三焦とかいう現実には存在しない臓器?も出てきます。
こういうことは、手の平の皺=手相で人の運命が分かる、というのと同じで、「迷信」と言っていいでしょう。
<迷信も役に立つ?>
手首の動脈と内臓とは、なんの関係もないというのが、「科学的」な考えです。
でも、その「迷信」がときに、現実に役に立つことがあるんです。
この患者さんの場合は、右手の上部=「肺」の様子が現われる所が、とくに強く打っていると感じました。
これは、「肺」が元気過ぎるという意味ではなくて、「肺」に熱気が集まっていると考えます。
「肺」の部の強さが目立ちますが、左手の中央=「肝」は少し弱めのように感じます。
「肝」は、「血」をストックして全身に差配する働きをします。
これは、その「肝」の「血」が少いことを示しています。
<肝虚で肺熱>
「肺」に熱が多く、「肝」に血が少ないのなら、漢方屋なら、その「肺熱」を冷まして、「肝血」を増やす処方を考えますが、針灸師は、次の「迷信」、「経脈」に基づいて診断と治療を考えます。
人体には、身体の半身に365個のツボがありますが、それはバラバラにあるのではなくて、12本の縦方向のライン、「経脈」上に並んでいます。
各「経脈」は、体表のツボと、体内の五臓六腑にそれぞれ繋がっていて、「陰気・陽気・血」などの生体のエネルギーを循環させています。
肺経の流れ
体内で「肺」に繋がっている「経脈」は、「肺経」です。
「肺経」は、胸の上部からスタートして、肩の前面、腕の内側を通って、肘の内側、手の親指の先までつながっています。
「肺経」上には、11個のツボが並んでいます。
脈診から、この方が「肺」熱の体質だと診たら、つぎは「肺経」上のツボを探ってみました。
上腕部の「天府」と「狭白」のあいだを探ると、筋肉の割れ目の中に小さなしこりがあって、それを軽く押さえても、ひどく痛がります。
このツボは、五十肩の患者さんで、そこに強い圧痛があるのを、何人も経験しています。
針灸治療の場合は、圧痛があるという診断ポイントが、そこを治療すれば良いという、治療ポイントになるのです。
そのツボに、灸頭針をします。
灸頭鍼
灸頭針とは、太く短めの針を1センチほど刺して、針の上で小さな炭団(たどん)を燃やします。
炭団といっても、見たことも聞いたこともない方が多いでしょうが、木炭の粉を練って、成型したものです。
灸頭針は、皮膚の奥に血流の停滞があって、そこに血の熱が詰まっているのを、血を動かして熱を取ります。
<治療の結果>
灸頭針以外にも、一通りの針灸の治療はしましたが、この「肺経」の灸頭針が決め手になって、帰るときには、何年も苦しんでいた首の痛みが、久しぶりに楽に感じられました。
このように、それまでの症状が3分の1でも、軽くなったのなら、日を置かずに間隔を詰めて、治療をすることが、大事です。
1回の治療で、少し良くなっても、何日もそのままにしておくと、また元通りに戻ってしまう。
2回目の治療をして、また少し良くなっても、日を置けば、結局、元の状態に戻るのを繰り返すだけになります。
この方は、すぐ3日後に2回目の治療に来られて、さらに首や頭の痛みが軽くなりました。
それも病気の原因の、パソコンの仕事をしながらですから、この治療の成績は、かなり有効だと言えるでしょう。
治療のたびに、脈診の「肺」部は弱めに変わり、上腕部の肺経の圧痛も軽くなっていきました。
そうやってみると、「脈診」とか「経脈」という古代中国人の「迷信」も、いまでも現実に役に立つことがあるようです。
それから、季節や年度替わりで、仕事の忙しい時には、また悪化することもありましたが、その後は、週に1回くらいの間隔で、6回ほど治療に来られて、それですっかり首や頭の痛みは無くなりました。
頸部から後頭部の凝り、痛みは、首という場所なので、太い針を刺したり、また髪の毛もあって、お灸など火の気も使いにくいので、苦手な感じがありましたが、今回、首と離れた上腕部の治療でうまく治せたので、他の人にもこの方法を応用してみようと思いました。
<肝血虚で肺熱の理屈>
最後に、漢方的な理論から、この方の「肺熱」「肝血虚」と頑固な首筋の凝り・痛みを考えてみます。
この方は、色白で肌のきめが細かく滑らかでした。
これは、漢方的な体質の分類では、「肺」体質だといえます。
以前のブログの「白虎湯」の記事で、五臓に五色を当てはめると、肺は白色で、肺熱を取るのが「白虎湯」だと紹介しました。
「肺」体質の人は、運動して呼吸を盛んにして、汗をしっかりかいて「気」を巡らしておれば、健康でいられます。
しかしこの方は、毎日の仕事で、身体はほとんど動かさず、パソコンの画面を見て、神経ばかり使っていました。
目を使う・頭を使う・細かく神経を使うと、肝臓にストックされた「血」を浪費します。
「血」は、自動車のラジエーターのように、体内を潤して冷やす働きをしています。
「血」が不足すると、体内に熱気がこもって、この方の場合は、その熱気が「肺」に集まったと考えられます。
また筋肉を潤して、滑らかに動かすのも「血」の大事な働きです。
この方は、何年もパソコンを緊張しながら、細かく操作していたので、右腕~右肩の筋肉に、十分に「血」が行き渡らない状態が続いたために、頸部に強い凝りと痛みが起こりました。
これが農作業のように、筋肉ばかり使う重労働だけど、自然の中で大らかな気分で、大雑把な作業をするのなら、かえって頭痛がするような肩こり、首凝りにはならなかったでしょう。
指先だけの細かい作業を、神経ばかり使って、時間に追われてする仕事が、いちばん肩や首を凝らせます。
その作業を何年も続けると、やがて腱鞘炎とか、指先の痺れや運動麻痺になったり、頭痛や不眠など全身の症状につながっていきます。
そういうパソコン仕事に追われている方は、まずはしっかり休みをとること。
そして、もし体力に余裕があるなら、身体を動かす。
それも、屋内のジム通いよりも、自然の中でのゴルフ、スキー、釣り、ハイキングなどの運動が、気分転換にはいちばん有効です。
スポーツをする体力が無いという人は、近所の川でも神社でも、自然っぽいところに散歩に行くのが、おすすめです。
ここからは宣伝です。
うちでやっている優しい鍼灸治療は、日々のストレスで停滞した「気」を、無理なく全身に巡らせて発散させる効果があります。
軽いハイキングに行ったくらいの効果があります。
軽い気ウツの人や、ストレスでめげそうな方に、ぜひ鍼灸治療をおすすめします。
写真は、うちの庭に咲いていたアマリリスです。
白い花なのに、白っぽい壁の前に植えてあるので、さっぱり目立たないので、切って花瓶に生けています。