芒硝 ナトリウム? マグネシウム?
「芒硝(ボウショウ」という生薬があります。
効能をすごく簡単に言ってしまうと、便秘薬、下剤です。
漢方処方の中では、もう一つの下剤、「大黄」と組んで、胃腸に熱気が詰まって便秘したときに、内部の熱気を大便とともに下して除くときに使われます。
「大黄+芒硝」の組み合わせは、胃腸の熱気を強力に下してしまうので、漢方の古典、『傷寒論』では、適応症を慎重に見極めるように、もし間違えたらどんなに酷いことになるか、いくつもの「失敗例」が列挙されています。
日本の漢方屋は『傷寒論』から漢方の勉強に入るから、自ずと「大黄+芒硝」の組み合わせには、慎重になります。
というわけで、「大黄」こそ、500グラム包装を年に1~2個仕入れますが、「芒硝」のほうは、開業以来、3個目の注文をしたくらいです。
その3個目の注文メールに対して、大阪の生薬問屋から問い合わせの電話がありました。
「芒硝」は、<硫酸マグネシウム>のほうで宜しいですよね、と。
漢方屋だからといって言い訳にはなりませんが、漢字に強いが、カタカナには弱い。
ナトリウム・マグネシウムの部分をいい加減に聞いていました。
よく分からないまま、ええ、それでお願いしますと返事しました。
届いた箱を開けてみたら、こちらが。
以前、買っていたのはこちら。
小さく、硫酸ナトリウムと書いてある
日本で使われる薬を規定する日本薬局方では、芒硝は<硫酸ナトリウム>と決められています。
グーグルで、「芒硝」を調べても、普通のサイトはおしなべて<硫酸ナトリウム>と決めてあります。
中医学系のサイトを見ても、芒硝の基原は、硫酸に金偏に納、みたいな文字だから、ナトリウムでしょう。
では、何故、問屋は<硫酸マグネシウム>を送ってきたのか?
数あるネット記事の中で、日本の生薬問屋のサイトだけが、ナトリウムを先にした両論併記。
別の生薬問屋の価格表を見てみると、「芒硝」の欄に、上に<硫酸マグネシウム> 下欄に<硫酸ナトリウム>が載っています。
ここで、『原色和漢薬図鑑』の登場
その中に、大事なことが書いてありました。
戦後に行われた「正倉院御物」の調査で、御物のなかに40種ちかくの生薬があった。
その中の「芒硝」を調べると、<硫酸マグネシウム>であった。もし<硫酸ナトリウム>であれば、空気中では風解して微粉末になっていたはずだ。
1300年まえに、中国から伝来した「芒硝」は、<硫酸マグネシウム>だったとすると、『傷寒論』』に基づいた処方の「芒硝」は、時代の近さからすると、<硫酸マグネシウム>を使うべきであろうと、なります。
さらに、『~図鑑』の記述を読むと、「芒硝」が何を指すのかについては古来より諸説、混乱していた。
『本草備要』(1682年)の芒硝・朴硝の頁
そもそも、最古の薬物書、『神農本草経』には、「朴硝」、「硝石」があり、次に古い『名医別録』には、「芒硝」があり、さらに「硝石」の別名に「芒硝」があるなど、混乱している。
その後も、新たな別名が現われたり、混乱は続いています。
古代の生薬学では、植物の同定はできても、こういう鉱物系・化学系の生薬は、化学的な分析のない時代だから区別が難しかったでしょう。
それと、『~図鑑』を読んで分かったのは、「芒硝」を<硫酸ナトリウム>だと決めたのは、江戸時代末の蘭学者、宇田川榕庵で、ヨーロッパ伝来の「ガウラベリ塩」=<硫酸ナトリウム>と気味・形質、異なることなし、としました。
しかし、こうだと決めた根拠は、見た目と味なのでしょうか。
しかし、明日から、新しい<硫酸マグネシウム>の芒硝を使わないといけないので、<硫酸ナトリウム>との違いはどうなのか、調べてみました。
両者の効果の違いに関する論文が、1959年の鹿児島大学・薬理学教室から出ていました。
この論文では、いくつかの実験がされていますが、ネズミの胃に両方の水溶液を入れて、下痢するまでの時間をみたものがあります。
大まかな結果は、4段階に水溶液の濃度を換えて与えてみて、両者にあまり差は無いようでした。
どうやら、<硫酸マグネシウム>も、これまでの<硫酸ナトリウム>と同じ分量で使ってみても大差は無いようです。