空と色 過ぎゆく時のはかなさに 心はとけて 雲にたなびく

 

             主の年2024年6月13日午前3時31分 柏木義邦

 

 

ノストラダムスは、彼の預言集の第6章10番で、色彩(カラー)と寺院(テンプル)の関係について触れ、その時間が残り少ないことを預言していますが、これは黙示録の四人の騎士と関係があり、それによると、白と黒が交じり合ったり、赤や、その赤を内包する黄色によって、疫病や流血が起こるであろう、とのことですが、これが何を意味するのか、僕なりの答えはあるのですが、それをここに開示するかどうかは、現在、考慮中でありまして、それは、以前にも書きましたが、「王の保護」がないからでありまして、王の保護とは、身の安全ということもありますが、それだけを意味するのではなく、ソクラテスが、「本当に正しいことを行おうとする者は、公人であるべきでななく、私人としてあるべきだ」(プラトン著ソクラテスの弁明)と諭したのと同じ理由からなのですが、というのも、ノストラダムスの預言というものは、自分なりの解釈では、貧しい者たちが、無慈悲な金持ちの支配者たちに対抗するために、特別に彼が編纂した、言わば、「作戦指令書」という側面があり(と自分は思っており)、要は、「我々のアダム」(Nostra Adamus)の「勝利」のためには、「秘密の学習」(預言集1-1)に徹しなければならない、ということです。

 

と、こんなことを書いたところで、何か、空中に言葉を投げかけているようで、少々空しい気もしますが(どこにノストラダムスの預言を真剣に学んでいる者がいるのでしょうか)、そんな時は、今住んでいるマンションの一室を出て、階段をとことこと上り、5階の踊り場から空を見つめることが多いのですが、そして愛機のSONY-RX100(初号機)で、写真を何枚か撮ることが多々あるのですが、今回の投稿では、そんな風にして撮った、空や雲、朝焼けや夕焼けの写真などを35枚貼って、お別れにしたいと思います。

 

前回の記事にも書きましたが、サタンのシナゴーグに集う者たちが、とんでもないことを計画しており、そしてそれを実行に移してきており、まさに、か弱い羊たちの大変な危機ですが、「信ずる者は慌てることはない」(イザヤ書28-16)のですから、信仰のある者は、ゆっくり急いで(Festina lente)、山に逃げましょう。

 

その適切な時期は、遅くても早くてもだめです(兵糧、食料には、賞味、消費期限があります)。

 

それゆえの、上に書いた、ノストラダムスの「作戦司令書」なのです。

 

では、来週の木曜日に、またお会いしましょう。