先日、家電量販店でCASIOの電子ピアノ
CELVIANO AP-750BK を試し弾きしてきました。

以前から気になっていたモデルだったのですが、実際に弾いてみて思ったのは、

「電子ピアノって、ここまで来たのか…」

という驚きでした。


  電子機器メーカーが作ったとは思えない完成度

ピアノといえば、YAMAHAやKAWAIといった楽器メーカーを思い浮かべる人が多いと思います。


一方CASIOは、電卓やGーSHOCKなどを製造している電子機器メーカー。

正直に言うと、


「楽器メーカーじゃないのに大丈夫なの?」


という気持ちが少しありました。


でも実際にCELVIANO AP-750BKを弾いてみると、その印象は完全に覆されました。


CASIOは電子技術で音を再現する会社。
そこに、ヨーロッパの歴史あるピアノメーカー
C.ベヒシュタイン が共同開発として入っている。

これは正直、かなり反則だと思います(^^;)


  繊細で透明感のある美しい音



実際に音を出してみると、


とにかく繊細。
そして透明感があります。


粒が揃っていて、音の立ち上がりがとてもきれい。


電子ピアノなのに、

「音を作る楽しさ」

を感じられる楽器でした。


  気になった点も正直に書きます


打鍵後の鍵の戻りが、


「バネが強め」


と感じました。

ぴょこぴょこ戻る感覚があって、最初は少し違和感があります。

ただ、反応速度が良いとも言えるので、
慣れれば問題ないのかもしれません。


  サイズは大きめ


CASIOの電子ピアノ全般に言えることですが、横幅が長いです。


ウチのような狭めのアパートだと、設置は難しい場合もありそうです。


購入を検討する人は、サイズ確認は必須だと思います。


  価格は20万円台。本気で向き合う人向け


このモデルは20万円台。

決して安い価格ではありません。


でも、触ってみて感じたのは、

これは初心者向けというより


「本気でピアノと向き合いたい人向け」


という位置づけだと思いました。


  誤魔化しが効かないピアノ




一番印象に残ったのはここです。

上手に弾けば美しい音になる。

でも、下手な弾き方はそのまま再現される。

つまり、


誤魔化しが効かない😱

 

電子ピアノって、不明瞭なタッチをしても、


「う~ん、ちょっと良く分からないタッチだけど、
君が鳴らしたいのは、きっとこんな音だよね?」


と、ヘボい弾き方でも、ある程度の音を返してくれます。

 

でも、本物のピアノはそんな忖度してくれません。


「はぁ?そんな弾き方じゃ、私が返せる音はこの程度なんだけど、
なんか文句ある?」


ってな具合に、上手く弾けばいい音を返してくれるけど、
ヘボい音もそのまま返してくる。

ツンデレなんです、本物のピアノって。

 

CELVIANO AP-750は、電子ピアノなのに、
本物のピアノ並みのツンデレ感。

少し怖いくらいです。


でも同時に、

「ちゃんと弾けるようになりたい」

と思わせてくれる楽器でもありました。


  こんな人には向いていると思います


向いている人

・ピアノを真剣に上達したい
・表現力を磨きたい
・アコースティックに近い練習環境が欲しい

 

向かない人

・気軽な趣味レベル
・予算を抑えたい
・設置スペースが限られている


値段がもう少し安くて、横幅があと4センチ短かったら、
即買いなんだけどなぁ~


  電子ピアノだけど覚悟を求められる楽器


CELVIANO AP-750は、


「音と向き合う覚悟を求められる楽器」


という印象でした。

電子ピアノなのに逃げ場がない。

でもだからこそ、
上達したい人にはとても良い環境になると思います。


もし機会があれば、一度試し弾きしてみる価値はあると思います。


人生が止まってしまったように感じる時期があります。

 

前に進めない。
気力も湧かない。
 

今まで出来ていたことすら出来ない。

 

私にとっての休職期間は、まさにそんな時間です。

 

でも今、少しずつ思っています。

 

これは「終わり」ではなく、
人生を再起動(リブート)するための時間だったのかもしれないと。

 

 

  止まった時間の中で

仕事の人間関係やストレスが積み重なり、心と体が限界を迎えました。

 

何度も同じことを繰り返してしまう自分に対して、
情けなさや悔しさもありました。

 

「またダメだった」
「私は弱いのかもしれない」

 

そんな思いが頭の中を巡っていました。

 

社会の流れから取り残されたような感覚もありました。

 

周りは前に進んでいるのに、
自分だけが止まってしまったように感じる。

 

でも、止まったからこそ見えてきたものもありました。

 

 

  音楽が戻ってきた

少し元気が出てきた頃、
自然とピアノに触れる時間が増えていきました。

歌も、また歌いたいと思うようになりました。

 

不思議なことに、
無理に頑張ろうとしたわけではありません。

 

ただ、

「やりたい」

 

という気持ちが戻ってきたのです。

 

そしてもう一つ、大きな出来事がありました。

 

7年前に辞めたピアノ教室に、もう一度通い始めたのです。

再開にあたって先生が言ってくださった言葉があります。

 

「再始動するなら、以前教室で弾いたあの曲が、
瑤子さんの今の気分にも合っていると思いますよ」

 

その曲は、『ガンダムSEED』の劇中歌
『暁の車』 でした。

 

前回この曲に取り組んだときも、
私は弾き語りに挑戦していました。

 

そして今回もまた、弾き語りとして向き合うことになりました。

 

その言葉を聞いたとき、

ああ、私は今、本当に再び動き始めているんだな、と感じました。

 

音楽は、私にとって特別な存在です。

 

なぜなら、人生の中で一度、
音楽に救われた経験があるからです。

 

 

  昔も、音楽が私を救った

小学生の頃、いじめを経験しました。

 

自己肯定感はどん底で、
消えてしまいたいと思うこともありました。

 

そんなときに出会ったのが、合唱でした。

 

私の中学は合唱の強豪校で、
コンクールでは全国大会を目指すような環境でした。

 

私は体も小さく、声量でも周りに劣っていました。

 

正直に言えば、普通にやっていては太刀打ちできませんでした。

 

だから、人の倍は練習しました。
必死でした。

 

その努力を先生が認めてくださり、
合唱コンクールの舞台に立つメンバーに選ばれました。

 

部員は約60人ほどおり、
1年生だけでも20人近くいました。

 

その中で、舞台に立てた1年生は、私を含めて4人だけでした。

 

上級生でも舞台に立てない人がいるような過酷な環境の中でしたが、
その中で私は、少しずつ自分の居場所を見つけていきました。

 

さらに、外部の一流の先生方のレッスンを受けさせていただく機会もありました。

 

練習は厳しく、楽なものではありませんでした。

 

でも、声を出し、仲間と音を重ね、
必死に練習に打ち込むうちに、

気づけば自殺願望は跡形もなく消えていました。

 

目標としていた全国大会には、残念ながら出られませんでした。

 

努力が「成功」という形で実ったわけではありません。

 

それでも、人生は確実に変わりました。

私は生きる力を取り戻していたのです。

 

 

  今、また同じことが起きている

そして今。

 

休職という形で人生が止まったように見える中で、
また音楽が戻ってきました。

 

ピアノを弾くこと。
歌うこと。

 

それは単なる趣味ではなく、

自分を取り戻す作業のように感じています。

 

昔と同じように、

 

音楽が私の心を整え、
前に進む力をくれているのだと思います。

 

 

  人生は何度でも再起動できる

私たちはつい、

 

止まること=失敗
休むこと=後退

 

と思ってしまいがちです。

 

でも本当は違うのかもしれません。

 

止まる時間は、

壊れた部分を修復する時間。


方向を見直す時間。

 

そして、

もう一度動き出すための準備時間。

 

人生は一度きりですが、
生き方は何度でもやり直せる。

 

私は今、
人生を再起動(リブート)している最中なのだと思います。

先日、1日限定で頒布される「甕星守り」をいただくため、

大甕神社へ参拝してまいりました。


  宮司さんがそっと教えてくれた“ハート形の石”

参拝を終え、境内を歩いていると、宮司さんが

「このあたりにハート形の石があるのですよ」と

やさしい声で教えてくださいました。

言われた場所をそっと覗き込んでみると──


確かな存在感を持つハートの石が静かにそこにありました。

まるで神様が

「ここにあるよ。気づけるあなたを見ていますよ」

と微笑んでくださっているようで、

偶然ではなく“導かれて出会った”と感じられた時間でした。


  「死は悲しみの極みである」から始まる、深い慰めの言葉


境内の一角で、ふと目に入った文章がありました。



「死は悲しみの極みである。

然し、神葬式により浄化・吉化することで、故人を神界に送る。」


その続きには、

さらに心を揺さぶる言葉が記されていました。


「先祖の神々の列に入られ、一柱の祖先神となり、

子孫はもとより、生前に誼を交わした人達を守護するありがたいものとなる。」


死を“失うこと”としてだけで語らず、

「神の列に加わり、守護する存在になる」

という視点が、あまりにも美しく、あまりにも優しい。

悲しみに沈むとき、

人は未来までも暗く見えがちです。

しかしこの言葉は、まるで光を落とすように

“死の先にも、愛は続いていく”

そんな深い安心を教えてくれました。

大甕神社が持つ慰めの力が、

静かに心に染み込んでいくようでした。


  「甕星守り」の由来──荒ぶる星の神と、調和をもたらす倭文の神


今回いただいた「甕星守り」は、

大甕神社だけに伝わる、とても特別なお守りです。


大甕神社の説明にはこうあります。


「甕星香々背男の荒魂を封じた宿魂石を内符にした御守です。

夜の世界を支配する強い御力で悪運を祓い、開運を導きます。」


甕星香々背男(みかぼしかがせお)は、

夜の星々を司る強大な力を持つ神。

その荒ぶる力ゆえに、天照大神の命により

倭文の神・武葉槌命(たけはづちのみこと)が

討伐へと遣わされたと伝わっています。

ただ、この物語にはもうひとつの美しい説があります。


甕星香々背男は、武葉槌命との“和合”によって鎮まった。


力と力がぶつかり合うのではなく、

異なる性質を持つ二柱が互いを認め合い、

融け合うようにして調和が生まれたという伝承です。

そして今──

甕星香々背男の荒魂が封じられた宿魂石の頂上には、

武葉槌命をお祀りする本殿があります。


まるで、

「ずっとそばで見守り続ける」

「永遠に一緒に在る」

そんな静かな約束のように。

封じるというより、

荒ぶる力を調え、共に在ることで世界を整えていく

そんな深い愛と調和の物語が、甕星守りには息づいています。


  おわりに──導かれたような一日


宮司さんに教えていただいたハート形の石、

心を深く包み込んでくれた神葬式の言葉、

そして調和の物語を宿した甕星守り。

どれも偶然ではなく、

今の私に必要な“導き”として差し出されたのだと感じています。

神様はいつも静かで、優しく、

しかし確かに私たちを照らし続けてくださっている──

そのことを深く思い出させてくれた参拝でした。



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誰かを心から想うほど、

なぜか距離ができてしまうことがあります。

優しくしたいのに、素直になれない。

相手の反応ばかり気になって、自分を苦しめてしまう。

——それは、弱さではありません。

心の奥で「幸せになること」そのものを怖れているだけなのです。


  “幸せ恐怖”は、過去の痛みの名残

幼い頃の寂しさ、裏切られた記憶、

恋で傷ついた経験。

それらが心の深い場所で、

「また同じ思いをするのでは」と警鐘を鳴らしています。

だからこそ、本当に好きな人ほど、

無意識にブレーキをかけてしまうのです。

幸せを望む気持ちと、

それを恐れる気持ち。

ふたつの感情が、心の中でせめぎ合っている状態。


  “自分を許す”ことが、恋の再生のはじまり

自分を許すとは、

過去の自分を否定しないこと。

「よく頑張ったね」

「もう苦しまなくていいよ」

そう声をかけてあげることです。

すると、張りつめていた心が少しずつほどけ、

愛を受け取る準備が整っていきます。

恋の流れが変わるのは、

相手が変わったからではなく、

“あなたが自分を許したから”なのです。


  神話に見る“許し”の力

日本神話の中でも、

愛の物語はいつも「許し」から始まります。

伊邪那美命が黄泉の国から戻れなかったとき、

伊邪那岐命は悲しみに沈みながらも、禊によって再び光を取り戻しました。

——それは、過去を清め、

新たな自分として生まれ直す“許し”の象徴。

恋も同じです。

過去の痛みを抱えたままでも、

あなたは何度でも光を取り戻せる。


  今、あなたに伝えたいこと

どうか、自分を責めないで。

あの時、できなかったことも、言えなかった想いも、

すべてがあなたを形づくってきた軌跡です。

“幸せになってもいい”と

自分にそっと許可を出してみてください。

愛は、そこから静かに芽吹きはじめます。

日本の神々のご加護が、あなたの心に届きますように。




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神を敬う心は、ただ祈りや儀式の中にあるものではありません。


日常の中で、自然に「ありがたい」と感じるその瞬間こそ、神さまへの敬いが息づいています。


神を敬う心があるとき、その思いは神の力を広げていきます。

その広がった力は、巡り巡って、私たちに徳というかたちで返ってくるのです。


敬うことと、恵みを受け取ること。


一方通行ではなく、互いに響き合い、循環していく関係。

だからこそ、今日の小さな敬いが、未来の大きな光となってあなたを照らします。


誰かに優しい言葉をかけること、自然や命に感謝を向けること。

その一つひとつが、神の力を広げ、あなた自身の運を育んでいくのです。




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