HAS Kashiwagi のGIGA

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我々の思考回路に於ける想像力はとても良くできていると感心しますが、そこには幾重にも概念のフィルターが掛けられているのだと、カント「純粋理性批判」のそれにも似て・・・言い換えることができるのではないのでしょうか。


自然現象に見られるゲシュタルト(Gestalt:全体的構造)は、まさに音楽の旋律のように我々の心に共鳴を与えます。 また、自然界への畏怖、畏敬の念からさまざまな思いが我々の脳裏に浮かんでは消えて行きます。 しかし・・・我々共通の意識に掛けられたフィルターなしにそれは可能でしょうか?




金環日食 2012 5.21




あなたがあなたであること(調律の芽生え)


       ⇔ まとうことで自らの世界を築こうとする




もう一人のあなたとの出会い(自然への帰付)


       ⇔ ほかのみならず自己をも欺こうとする




あなたと共にある世界の生成(悠久の訪れ)


       ⇔ 主たる形相に捕われ離れまいとする


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名月に魅せられて、想うこと。

謙信公 辞世の句 「 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲無し 」 皆さんはどのような解釈をされますでしょうか? 私は、全てを捨てて仏道に身を捧げんとした謙信ですから、「月の心」は「仏の心」だと思っています。 ・・・この世の喜びも苦しみも、仏はすべてを知っているのであろう。
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一たび愛刀を手に・・・破邪顕正の鬼神となって戦う姿はまさに毘沙門天の化身だったのでしょう。比類なき強さは世界史を見渡しても稀有だと思います。「義」をつらぬかんが為に不利な戦いを強いられようとも、敵あるところ龍を従えた毘沙門天が降臨します。ある時は雪深い山の峰から、ある時は霧深い川の中から、ある時は雷鳴轟く雨の中から・・・北条、武田は畏怖し、そして武勲を褒め称えました。寝首をかかんとした織田の総攻撃はあっけなく幕を閉じ、信長は逃げ帰ったと伝えられます。謙信を信頼し慕う者は、日本全国に数知れず広がったと云われます。戦国の世のつかの間、上洛を控えた謙信の下、一つとなった日本が在りました。

謙信が自らを戒めるために定めた十六箇条

一  心に物なき時は心広く体泰なり

二  心に我儘なき時は愛嬌失はず

三  心に欲なき時は義理を行う

四  心に私なき時は疑ふことなし

五  心に驕りなき時は人を敬う

六  心に誤りなき時は人を畏れず

七  心に邪見なき時は人を育つる

八  心に貪りなき時は人に諂うことなし

九  心に怒りなき時は言葉和らかなり

十  心に堪忍あるときは事を調う

十一 心に曇りなき時は心静かなり

十二 心に勇みある時は悔やむことなし

十三 心賤しからざる時は願い好まず

十四 心に孝行ある時は忠節厚し

十五 心に自慢なき時は人の善を知り

十六 心に迷いなき時は人を咎めず


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さくらも満開に・・・夜桜見物は少し冷えますが良いものです。


古来より花王と云われるさくら。 さまざまなさくらがあるけれど、その潔さが日本人のこころに染み入ります。
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(写真は2006年4月5日に撮影したものです)

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