そんな会話をしていると、すかさず香織が興味深そうにこんな質問をしていた。
「奥居さんと住田さんは恋人同士なのですか?」
「いやー、僕たちはそんな関係ではないんだよ。むしろ、なかなか売れないミュージシャンの仲間同士みたいなものかも知れないね」
「売れないミュージシャンだなんて、翔ちゃんは、いずれは人気者になる才能を持っている人よ!」
「そんなことはないさ。環さんの方こそ不思議な雰囲気の曲を作るんだ。僕には真似のできない才能を持っていると、尊敬しているんだ!」
香織の唐突な質問に少し戸惑っていた二人だが、それでもお互いのことを照れくさそうに褒め合っていた。
そんな様子を見ていた朱音と香織には、とても信頼できる二人だと感じられた。
この二人なら、自分達が目指していることに一緒になって真剣に取り組んでくれるように思えたからである。
しばらくお互いの考え方などを話した後、いよいよ朱音と香織が考えている具体的な話になっていた。
「愛華ちゃんの希望は、盲目の人でも楽しめるミュージカルのようなものにしたいそうなの」
「取りあえず、今までにできている曲を用意してきましたから見てもらえますか」
朱音と香織は、それまでに完成していた『季節と共に』、『青い星に生まれて』、『思い出に守られて』の楽譜を持って来ていた。
それを奥居と住田の二人に渡すと、あとはこの二人でこれらの曲を実際に演奏してみてからいろいろと意見を言ってくれることになった。
これには少し時間をかけて取り組みたいという二人の希望があったので、この日の話し合いはここまでで終了し、次の週にまた会う約束をして別れたのである。
奥居と住田の二人は、早速これらの曲を何度も演奏しながら修正を加えていた。
ただし、作業のほとんどは伴奏コードのいくつかをメジャーコードやセブンスコードに替え、それに合わせてメロディーも少し変えるだけだった。
それだけで、どの曲も更に明るくて新鮮なイメージのものに変わっていた。
「これに、カワイガールズの『オラシオンリング』と『二人のかけ橋』を加えると面白いアルバムができそうだね。でも、何か一つ足りない気もしているんだよ」
「翔ちゃん、これでもう十分ではないの?」
「確かに、これだけでも質の高いアルバムになると思うんだ。でも、何だろう、何かが足りないような気がしているんだよ。盲目の少女をもっと強調するような、そんな何かが足りない気がするんだ…」
「別に、盲目の少女を売り物にする訳ではないのでしょう?」
住田環は、これだけでも十分に変化に富んだ面白いアルバムが出来ると考えていた。
「でも、その少女は他の盲目の人にも楽しんでもらえるアルバムにしたいのだろう?」
「確かにそう言っていたわね。でも、一体それにはどうすればいいのかしら?」
「それには、もう一曲、その少女の年令にあったものが欲しいんだ。これらの詩だけだと、対象となる年令が少し高くなり過ぎていると思うんだよ。それに、全体的に歌詞の内容が少し重くなり過ぎているので、もっと軽くて明るい曲も必要だと思うんだ…」
「そう言われてみると、確かに私もそう思うわ。彼女達のはつらつとした印象が欠けているわね」
翌週に四人が会ったときにそのことが朱音と香織に伝えられると、香織もその意見に賛成していた。
そして、香織はまた新しい曲の作詞を始めることにしていた。
そして、そのわずか一週間後には一つの新しい詩を完成させていたのだ。
この詩は、初めに書いた『オラシオンリング』、『二人の架け橋』と同じスタンスで完成させたものだが、さらに愛華の詩の影響も大きく受けているものだった。
朱音も香織の作詞に引き続き、この詩に付けるメロディーの方もすぐに作り上げていた。
翌週に会ったとき、奥居と住田にこの新しい曲の楽譜を見せると、住田はすぐにその場で歌詞の中に短いセリフを数ヶ所入れ、そのセリフを担当させるメンバーも提案していた。
「短いセリフだけなので、愛華ちゃんにこれを担当してもらえないかしら?」
「それは面白いわ。愛華ちゃんがOKしてくれたら、とても面白いものになりそうだわ」
「朱音さん、私もそれに大賛成よ!愛華ちゃんの歌声も素敵なのよ」
「今度は愛華ちゃんにも会ってみたいね。そして、練習にも加わってもらおうよ」
愛華の声もこのアルバムに取り入れるという考えに、朱音と香織は胸を躍らせていた。
そして、奥居はセリフが入ったことで多少変更された曲のイメージに合うように、朱音の作ったメロディーに少し手を加え、さらに曲の中に印象的な間奏も入れてくれたのだ。
「それにしても、香織ちゃんはこの詩をわずか一週間で書き上げてしまうなんて、すごい才能ね!」
「そんなことはないです。これは愛華ちゃんに刺激されたからできたことなの」
「何か面白いCDができそうね。今までに誰も聞いたことの無いものに、きっとなるわよ!」
朱音と香織は、愛華を含めた自分達が目指していたが漠然としていたものが、初めて具体的に姿を現し始めてきたことを感じていた。
「奥居さんと住田さんのおかげで、メロディーの方もすっきりしてすごく素敵なものになりました」
「さすが奥居さんと住田さんはプロフェッショナルですね」
四人はその後もしばらくこの新しいアルバム作りに関する話し合いを続けていた。
その結果、そこで完成した曲には『小さなヒマワリ』と言う名前のタイトルが付けられていた。
『小さなヒマワリ』 作詞;町田香織・住田 環 作曲:柴崎朱音・奥居 翔
1 日かげに咲いたひまわりに、小さな願いを三つした
<間奏>
一つ目が叶ったお礼にと、歌って聞かせてあげたとき
風に揺られてリズムをとった
(まだ小さかったね)
二つ目が叶った報告に、裏庭だって素敵なとこよと
明るく私に微笑んだ
(きれいな花が、咲いたね)
三つ目が叶い故郷を、旅立つことが決まった日
首をうなだれたままでいた
(小さな別れ、忘れない)
あなたが私にくれたのは、二度と戻れない故郷の
明るくせつなく胸しめる、楽しい日々に塗り替えた思い出
次の私のマスターピースできたとき
もう一度ここに戻って歌いたい
あの日あなたに聞かせたように
それが三つの願いのお礼になるから
2 都会で暮らしているうちに、小さな願いすること忘れた
<間奏>
二つ目の夢がやぶれて悲しくて、お酒を飲んで泣いていた
そんな私の耳に不思議な声
(次の夢はかなうよ)
窓から乗り出し見た庭に、小さなひまわり咲いていた
陽に逆らって咲いていた
(初めまして、宜しくね)
一つ目の夢が破れてやけになり、故郷発のひまわりの種
思い出と共に投げ捨てていた
(私にも歌を、聞かせて)
あなたが私にくれたマスターピース、場所もタイミングも完璧ね
知らずに気持ち枯れていたのに、水をやることさえ忘れていた
それを思い起こしてくれたから
もう一度小さな願いをするわ
どこでも強く生きて行けるように
それがあなたの夢にもつながるから
『小さなヒマワリ』では、愛華にも歌に参加してもらうことが決まっていた。
それは、歌詞の中に数ヶ所入れた短いセリフを愛華に担当してもらうというものだった。
そのためには、愛華にも早い段階から練習に参加してもらい、愛華の意見や希望も取り入れながらアルバム作りを進めていくことになった。
さらに、愛華の希望する、盲目の人でも楽しめるミュージカルのような構成を全員で考えていくことにしたのだ。
このことが、カワイガールズの二人から河合に伝えられると、すぐにヤスハちゃんを経由してセイラには『次にみんなが集まるときには愛華にも練習に参加してもらいたい』という内容が伝えられていた。
「私がそんな練習に加わるなんて、みんなの迷惑にならないかしら?」
「愛華、絶対に参加するべきだと思いますよ。一人で千葉のリハビリセンターにも行けるようになっているのですから、外出に関しては全く問題がないと思います。それに、カワイガールズの二人が送り迎えをしてくれることになっていますのから、安心です」
「でも、私と初めて会う人もいるのでしょう。私がいることで迷惑にはならないかしら?」
「これは、みんなが愛華の役に立ちたいと考えて活動しているのです」
「私のためになんかで、本当にみんなが協力してくれるの?」
「愛華、みなさんはとっても楽しみながら取り組んでくれているようですよ」
「わかったわ。それなら、セイラの言う通りにする!」
当日は、河合がカワイガールズの二人を車に乗せて愛華を迎えに来ていた。
大場に任せた企画であったが、やはり自分も香織ちゃんの役に立ちたいという思いが強かったからだ。
「やあ、愛華ちゃん。何かすごいことが始まるようだね。僕もそれを楽しみにいるからね」
「河合さん、わざわざありがとうございます」
「トモ君、朱音さん、香織さん、愛華のためにありがとうございます」
「やあ、セイラ。顔が見られて安心したよ。僕もたまには顔を出さないと忘れられてしまうからね💕」
その後、河合の車で音楽スタジオを訪れた愛華は、奥居翔と住田環との初対面を果たしていた。
「愛華ちゃん、住田環です。よろしくね」
「こんにちは、愛華ちゃん。君の作る詩はとっても素敵なものだね」
「ありがとうございます。私は、ただ思い付いたことを言葉にしているだけなの」
少し緊張した面持ちの愛華だったが、奥居と住田の二人と話したことで表情が和らいでいた。
一方の河合は、この二人と顔を合わせると、『よろしく』とだけ伝えて、仕事があるために帰って行った。
五人はこのスタジオ内にある小スタジオを借りて、そこで早速『小さなヒマワリ』の担当パートを決めて歌ってみることになった。
主となる歌詞は朱音と香織のデュエットになり、この中に愛華のセリフが入ることになっていた。
一回目はセリフの部分は住田が担当し、それを愛華に教えることにしていた。
これを二回繰り返し、次は愛華がこのセリフを担当してみることになった。
このときには、愛華の担当するセリフの部分にくると、そのセリフを住田が小さな声で愛華の耳元でささやいてくれていたので、愛華が加わった一度目で、すでに完成に近い作品に仕上がっていたのだ。
「朱音さん、何だかとっても楽しい気分になるの。今までには感じたことの無い気持ちだわ!」
「本当ね。やっぱり私達は運命でこうなると思っていたわ!」
「朱音さん、香織さん、ありがとうございます。私も何かとっても不思議な気持ちなの…」
三、四回これを続けた後、三人は手と手を取り合って、それを確かめるようにゆすり合っていた。
「三人とも、息がピッタリだわね。もう、ずっと前から一緒に練習をしてきたみたいよ」
「何だか僕も感動してしまったよ。この曲を全体のメインにしたら素晴らしいアルバムができるよ!」
その後もこの練習を数度繰り返し、最後に練習したものを住田がICレコーダーに録音してくれていた。
これは、愛華が家でもこれを再生して完全に覚えるまで一人で練習できるように用意してくれたものだった。
小スタジオで練習した後も、控室に移動してアルバムに取り入れる今までにない企画などを全員で話し合っていた。
その会話を聞いていた愛華はとても驚いていた。
自分が夢に描いていたものを、たいして相談もしていないのにカワイガールズの二人と初めて会った奥居と住田とが実現させようとしていたのだ。
しかも、セイラが言うように、みんなが楽しみながら取り組んでいることも伝わってきたのである。
それから間もなく、ここにいる五人全員がコラボした作品が出来上がっていた。
この日の練習が終了すると、朱音と香織の二人は愛華を自宅のマンションにまで送ってからそれぞれの家に帰って行った。
愛華が部屋に戻ると、この日は母親もすでに帰宅しており、セイラも含めてすぐに愛華の今日一日の出来事についての話題が持ち上がっていた。
最初に口を開いたのはセイラであった。
「愛華、今日の歌の練習はいかがでしたか?」
「みんな親切な人ばかりだったわ!」
「それは良かったわね。きっと、河合さんが紹介してくれた人達だから、愛華のことも良くわかってくれているのね」
そう言いながら愛華の母親は涙声になり、声を震わせながら話していた。
「お母さんたら、でもみんな楽しそうに練習していたのよ。これは本当なのよ!」
「きっと、愛華の詩と歌声が素晴らしいからだと思います」
「愛華がこんなことに参加することになるなんて、全く想像もできなかったわ…」
それでもまだ、母親は不安気な表情をしていた。
母親のそんな表情に気が付いたセイラは、すぐにこんな言葉をかけて母親を安心させようとしていた。
「お母さん、カワイガールズの二人も、トモ君も、アッ君も応援してくれていますから、心配は全くいりません!」
そう言ってセイラは自分の胸を“ドン”とたたくような仕草をしてから、愛華の持ち帰ったICレコーダーを再生して今日の練習の様子を母親にも聞かせていた。
「素敵な歌ね。愛華のセリフもとっても素敵だわ!」
カワイガールズの歌声だけでなく、愛華のセリフもそれと遜色ない効果を上げていたのだ。
愛華が邪魔になっているだけではないことがわかり、初めて母親としての喜びが込み上げてくるのを感じていた。
翌日、愛華は昨日の練習を振り返ってみて、自分の気持ちの中に自信が湧いてくるのを感じていた。
そして、その自信が失われないその日のうちに、また一つの詩を書き上げていた。
今度は、目の見えない自分をそのまま受け入れ、これからの自分の可能性を言葉にしたものだった。
「この詩のタイトルがなかなか思い付かないの。セイラはどう思う?」
愛華の口にする言葉を記憶して何度も愛華に聞かせていたセイラは、愛華が何度も繰り返していた言葉から思い付いたこの詩のタイトルを提案していた。
「愛華、詩の内容をそのまま言葉にした『風と若葉と私』ではいかがですか?」
セイラの口にしたタイトルを何度も繰り返し口にしていた愛華の表情が、すぐに明るく変わった。
「すごいわ、セイラ!それでいいと思うわ。私にはそんな素直なタイトルは思い付かなかったもの」
「愛華に気に入ってもらえると、私は嬉しいのです」
「セイラは私の本当の友達なのよね。だから、ずっと一緒にいてね!」
「もち論、私はそうすることになっています」
愛華は、久しく忘れていた飛び跳ねたくなるような気持が込み上げて来るのを感じていた。
『風と若葉と私』(川瀬愛華)
1 薫る風にうながされた若芽若葉のささやきに
あきらめかけていた私の恋をもう一度がんばる気になった
だってとっても気分が良いし若い梢もはやし立ててくれるから
私は姫様などではないけれど風も薫りも祝福してくれる
どこから見ても普通の娘だけれど風も若葉も私のお友達
2 恋が熱していくときにはそんなに光り輝かないもの
でも私には良く分かるどんな苦労もこわくはないし
祭りの後のけだるささえも私に快感、感じさせるから
私は姫様などにはなれないけれど風も薫りも祝福してくれる
どこから見ても普通の娘だけれど風も若葉も私のお友達
3 今でも風が薫ると思い出す淡い緑の光に包まれた
傷つきやすいがすぐ癒える心きらめいていたあの日のことを
大人と呼ばれて忘れていたけれど今でも色あせてはいないから
私は姫様などではなかったけれど風も薫りも祝福してくれる
どこから見ても普通の娘だけれど風も若葉も私のお友達
セイラはこの詩をすぐにメールで柴崎朱音と町田香織に送っていた。
それを受け取った朱音は、すぐにこの詩に合う曲作りを始めていた。
そして、次に集まるときにはほぼそれを完成させていたのである。
その楽譜を渡された奥居翔と住田環も、すぐにそれに多少の変更を加え、この曲をアルバムの最後の曲として使うことも決まったのである。
このアルバム作りが二ヶ月目を迎えたころになると、使う楽曲もセリフもほぼ完成に近づいていた。
そして、新たな企画になる愛華のメッセージだけでなく、それに加えて朱音と香織も自分達の思いの詰まったメッセージを入れることが決まっていた。
「朱音ちゃんと香織ちゃんのメッセージの部分には、何かバックに流しておく曲が必要だね。その方が効果的な印象をもたらすはずなんだ」
「それなら、翔ちゃんの曲を何か一つ使ったらどうかしら。朱音ちゃんと香織ちゃんのイメージに合った曲もいくつかあると思うわ。それなら、かなりインパクトのあるメッセージになるはずよ」
「それなら、愛華ちゃんのメッセージの部分には環さんの曲も何か一つ使おうよ。雰囲気がまた違って、最後まで飽きのこないアルバムになると思うんだよ」
「それも面白いわね。何だかこの作業はとっても楽しいわね。何だかワクワクするのだもの」
「確かに僕もそう思うよ。いろいろな個性をまとめる作業がこんなに楽しいとは、今までに思いもつかなかったことなんだ」
「私もそう思うわ。まさか盲目の少女も加わったアルバム作りがこんなに楽しいなんて経験は、きっと今までに誰もしたことがないと思うの」
次の週には全員が参加して、全体を通したリハーサルを行うことになった。
このアルバムのタイトルは、ここに収録されている曲のタイトルである『青い星に生まれて』をそのまま使うことが決まっていた。
そして、このアルバム全体を通したリハーサルが行われていた。
スタートには、もともとのカワイガールズの曲である『オラシオンリング』と『二人のかけ橋』が演奏された。
アルバムの本編では、以前このスタジオで収録されていたマスターテープが残されていたので、それをそのまま使うことになっていた。
これが終わると、次の曲の前にこのアルバムを作るきっかけとなった川瀬愛華を紹介するアナウンスが朱音の声で入れられた。
そして、これにつながるように、愛華の作詞した『季節と共に(with a season)』と『青い星に生まれて』が演奏されたのだ。
その後に、このアルバムのメインともなる、新しい企画の朱音と香織のメッセージが入るのである。
【朱音と香織のメッセージ】
〔朱音〕
『多くの人達がカワイガールズとしての私達の活動をとてもほめてくれます。しかし、私達がこれを実行できているのは、本当に多くの人達の支えがあるからこそなのです。ほんの二年程前の私は、特にこれといった活動もしていない、ただ合唱部の活動を楽しみにしているごく普通の女子大生でした。ところが、あることがきっかけとなって多くの人達とめぐり合いました。そして、その人達の支えがあったからこそ今の活動が続けてこられたことを、みなさんにも忘れないでいて欲しいのです』
〔香織〕
『私と朱音さんは、今の活動を始める前までは同じ大学の合唱部に所属する先輩と後輩という間柄でした。ところが、私が朱音さんに惹かれて一緒にいろいろなことに挑戦しているうちに、自分には全く縁が無いと思えたことにもどんどん惹かれるようになりました。そして、それは私にとって最も充実した日々を送る原動力となったのです。これにも、朱音さんをはじめとする、多くの人達の協力があったからこそできたことなのです』
〔朱音〕
『今回は、私達の知り合いの川瀬愛華ちゃんという名前の盲目の少女とコラボして、盲目の人でも楽しめるミュージカルのようなアルバムを作ろうと考えました」
〔香織〕
『もち論、そんなものが簡単に作れる訳はありません。それでも、このアルバムがそんな目的を持った作品の第一歩となってくれると嬉しいのです』
〔朱音〕
『このアルバム作りには、奥居翔さんと住田環さんという若い二人のミュージシャンが協力してくれました』
〔香織〕
『私達のこのメッセージのバックに流れている曲は、奥居翔さんが作詞・作曲した、私の大好きな“サスペンデッドゲーム”です。こちらの方も存分に楽しんで下さい』
奥居と住田の考えから、朱音と香織のこのメッセージのバックには、奥居翔の作詞、作曲した『サスペンデッドゲーム』が小さな音で流されていた。
この曲の効果によって、二人のメッセージにはとても強い意志と優しさの両方が感じられるものになっていたのだ。
朱音と香織のメッセージが終わると、次には香織の作詞した『思い出に守られて』が演奏された。
この曲は、朱音と香織のメッセージの後にはぴったりとする雰囲気を醸し出していた。
しばらく音声が途絶えた後、朱音のアナウンスで、次の『小さなヒマワリ』の曲中で川瀬愛華がセリフを担当していることが紹介された。
これに続き、『小さなヒマワリ』が演奏されていた。
この曲は、変化に富んだリズミカルな曲に仕上がっており、全体の最も盛り上がる部分にふさわしい曲になっていた。
それが終わると、この盛り上がった雰囲気を壊すことがない愛華の強いメッセージが入るのである。
【愛華のメッセージ】
『私は小学校六年生の盲目の少女です。そのため、少し前までは、私の人生における夢や希望のようなものは全てあきらめていました。ただ、障害者という立場でそれに甘えて生きて行こうと考えていたのです。でも、多くの人達に支えられているうちに、その考え方が変わりました。自分が強い気持ちを持って生きて行けば、いろいろな目標を持てることがわかったのです。そして、今は私だって恋をすることができるかも知れないとさえ思えるのです』
愛華のメッセージには、住田環の作詞、作曲した『飛鳥の花』がバックに流されていた。
この曲は、奥居が評価するように、前衛的な洋楽と古典的な和楽とが融合したような曲想になっており、とても風変わりな雰囲気を醸し出しているのであった。
これが、愛華の語りと相まって、それまでとは異なる印象をもたらす効果を発揮していたのである。
それに加え、愛華の少しあどけない声でのメッセージがさらにこの曲と相まって、とても新鮮なものになっていた。
これが終わると、しばらく間を開けた後、香織の声でアナウンスが入っていた。
〔香織〕
『いよいよ最後の曲になりますが、これは川瀬愛華ちゃんの作詞した“風と若葉と私”です。愛華ちゃんの詩には小学校六年生とは思えないほどの力強さと思慮深さが感じられます。おかげで、私も大きく影響を受け、詩を書く楽しみを知ることができました。これからも、愛華ちゃんと影響し合って詩が書けたら素敵だなと思います』
そんなメッセージが終わると、最後には愛華の最新作の『風と若葉と私』が演奏され、これでリハーサルは無事終了したのである。
通しのリハーサルが終了すると全員が興奮した状態になっていた。
ばらばらに練習していたものがまとまった形になると、とても充実した流れのあるものに仕上がっていたからだ。
「朱音さん、すごく感動したの。愛華ちゃんのセリフやメッセージも心に染みたわ」
「私もそうなの、香織ちゃん。愛華ちゃん、本当にありがとうね」
「本当にありがとうございます。でも、何だか私じゃないみたいなの…」
しばらく休憩した後、そのまま本編の収録を開始することになった。
これには、合唱部のメンバーも五人加わりコーラスを担当してくれた。
また、ストリングスはエレクトーンで代用することになり、これも合唱部でピアノを弾いているメンバーが担当してくれた。
ドラムとエレキギターとベースギターの奏者はスタジオが紹介してくれたミュージシャンが担当してくれたのである。
ただし、本編の方は各曲をバラバラに収録し、それらをつなぎ合わせていくだけの作業であった。
これらを収録したCDアルバム『青い星に生まれて』が発売されると、もともとカワイガールズのファンだった人達だけでなく、より一層幅広いファンを獲得していたのである。
これにより、朱音の卒業論文の完成にも目途が立ち、カワイガールズとしてもチャリティーコンサートへの参加依頼も益々増えていたのである。
しばらくすると、このアルバムは歌だけを主に楽しむ人だけでなく、いろいろな悩みをかかえる人達にも勇気を与えるものとして受け入れられていたのである。
奥居翔と住田環のこのアルバムで使われた曲は、井上の勤める丸川食品(株)の発売する新商品のコマーシャルソングとして使われ、あっと言う間に二人は人気者になっていた。
そして、カワイガールズの二人と盲目の少女の愛華ちゃんと一緒にアルバム作りをしたことで、奥居翔と住田環の曲作りにも大きな変化が表れていた。
「愛華ちゃんがいなかったら、こんなアルバムはできなかったわ」
「僕も同感だよ。初めは、盲目の少女がいることで、それが少し足手まといになると考えていたんだ。ところが、愛華ちゃんがいたからこんなにまとまって集中して取り組めたんだ。何か不思議なんだよ」
「翔ちゃん、私も初めは同じことを考えていたわ。そして、今の感覚もきっと同じだわ」
二人は、いろいろな人間とコラボすることで得られる感動を心の底からかみしめていたのである。
「環さん、僕は今までと少し考え方を変えたくなってきたよ」
「翔ちゃん、私はもうすっかり考え方が変わってしまったわ」
「環さん、それならきっと僕と同じだと思うよ!」
「私も、きっとそうだと思うわ!」
口には出さなかったが奥居と住田の考えたことは同じであった。
カワイガールズがこの作業にこんなにも真剣に取り組んでいる理由が良く理解できたのだ。
そして、自分の作る作品が、一生懸命に働く人達、懸命に生きている人達が喜んでくれるものでなくてはだめだといった考えが芽生えてきていた。
そのため、今まではどちらかと言うと独りよがりの主張が歌詞の多くを占めていたが、これからはもっと多くの人達の心に寄り添って、その人達の心にちゃんと届くようなものにしなくてはいけないと考えたのである。