借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔

借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔

金を借りる時は優しいにこにこ顔をするが、返すときには不機嫌な顔をすること。

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この時の女の驚き方は又意外であった。……はっ……と立ち竦んだまま眼をまん丸にして、私の顔を穴のあく程見たが、返事が咽喉に詰まって出ないらしく、只呆れに呆れている体であった。
 私はこの時初めて女の顔を真正面から十分に見る事が出来た。百燭の光明に真向きに照らし出された顔は、よく見れば見る程、又とない美しさであった。ことにその稍釣り気味になった眼元の清しさ……正に日本少女の生ッ粋のきりりとした精神美を遺憾なく発揮した美しさであった。私は一瞬間恍惚とならざるを得なかった。けれども直ぐに又気を取り直して、今度は確かな落ち着いた声で云い聞かせた。
「貴女のなすった事は初めから残らず見ておりました。私はこの家の主人狭山九郎太です。……お名前を仰言い」
 女は観念したようにうなだれた。私は手を離してやった。
 女は痺れ痛む右手を抱えて撫で擦りながら、暫くの間無言でいたが、忽ち両手をうしろに廻して、真白な頸筋の処を揺り動かした。それから髪毛の中に指を入れて二三箇所いじり廻した。そうしてその長い鬢の生え際を引き剥がすとそのまま、丸卓子の上にうつむいて両手をかけて仮髪を脱いだが、その下の護謨製の肉色をした鬘下も手早く一緒に引き剥いで、机の上に置いた。
 その下の真物の髪毛は青い程黒く波打ったまま撫で付けにしてあったが、同時に鬘下で釣り上げられていた眉、眼、頬はふっくりと丸くなって、無邪気な、可愛らしい横顔に変ってしまった。最後に女は巧みに貼り付けてあった眉毛を引き剥ぐと、顔を上げて真白に化粧を凝らした少年の顔を百燭の光りに曝した。
 私は眼を剥いてその顔を睨み付けた。
 魂がパンクする事を私は生れて初めて経験した。われと吾が肝の潰れる音を聞いた。
「……紫の……ハンカチ……」
 という言葉が出かかって、そのまま咽喉にこびり付いてしまった。外に出たのはその口付きと呼吸だけであった。
 少年はもう一度真赤になって微苦笑した。そうして今朝の通りの凜々しい声を出した。
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