ちょうじゃがはま しおさい はまなすこうえんまえ えき。

平仮名ばかりでは分かりにくいですね (読み仮名の字数で日本一です)。

表記は下矢印

                               となります。

先日仕事帰りに通りがかったので、久しぶりに立ち寄りました。

今の季節は 日が長いので少し遅くなっても写真撮れるのでいいな。

 

鹿嶋市の角折(つのおれ)という地区にある ローカル線(鹿島臨海鉄道)の駅です。

駅名は日本一ですが、とても地味な駅で、運行本数も少ない無人駅です。

でも・・・無駄に名前が長いわけじゃありません。 ちゃんと意味があるのです。

 

①長者が浜

これは地元の長者伝説によります。後で詳述します。

 

②潮騒はまなす公園前

そのまんま 「公園」の近くにあるからです。以前、この辺りは「大野村」だったので、

「大野潮騒はまなす公園」下矢印といいます。

位置関係こちら(googlemap)駅の東700m程の所に公園があります。

こちらも地味な公園ですが、展望塔からは海が一望できます。犬の散歩にも最適。

 

「はまなす」の名は、この辺りがハマナスというバラ科(寒冷地)植物の

太平洋側「自生南限地帯」だからです。鹿嶋市の「市の花」に指定されています。

実際の南限地は、駅から5kmほど北の「大小志崎(だいしょうしざき)」地区で、

国の天然記念物に指定されています。

 

ところで長者って何?

これは、地元に伝わる 「塩焼き長者伝説」です。

茨城県の鉾田市~鹿嶋市沿岸では、古くから製塩業が盛んでした。

現在、海岸沿いには「釜」の字の付く地名が多数有り(上釜・高釜・京知釜・武井釜など)

これらは塩作りが行われた場所であると言われています。

ここ「角折」も製塩が盛んで、塩で一発当てて長者になった人が居たと言われています。

「浦島太郎や一寸法師」などで有名な「御伽草子(おとぎぞうし)の中の

「文正草子(ぶんしょうぞうしという物語下矢印の舞台がここなのです。

 

どんな話? どこにでもありそうな話ですが・・・

「文正草子」 あらすじ

その昔、京の都からやって来た 「文太」 という男が鹿島神宮の大宮司家の雑用を

するようになった。

何年か勤めた後、暇をもらって(喧嘩して追出されたとの説も)ここで塩作りをしてみた。

そして”文太塩”という商品名で売り出したところ、たちまち大ヒット!!

「この塩を食べた人は健康で長生きできる。」という噂が広がり、文太はあっという間に

大富豪になった。

ただ、なかなか子宝に恵まれなかったので、夫婦で神宮の神様にお願いしたところ

二人の娘を授かった。 姉を{お蓮(れん)} 妹を{お仙(せん)と名付け 大切に育てた。

やがて娘達は素敵な女性に成長し、みんなから嫁に欲しいと言われたが断り続けた。

ある日、お蓮は 都から行商人としてこの地に来たイケメンと恋に堕ちたが、

その人は 後に関白になるという身分の高い人で 一緒に都へ行ってしまった。

文太夫妻と妹も都へ来るように言われて、この地を去ることになった。

そして出発の日、

「朝日差し  夕日輝くこの岡に  黄金(こがね)¥千倍 ¥¥二千倍かな」 と歌を詠んで

去って行った。 その後、妹は帝の妃になり、文太は名を「文正(ぶんしょう)と改めて

末永く幸せに暮らしたとさ。 メデタシ・・・

(この沖を航行する船は、文太屋敷の黄金の輝きで目がくらんだと言われています)

 

という おとぎ話。  昔のサクセスストーリーですね。

 

はまなす公園近くには 土塁で囲まれた屋敷跡と言われている所も有り、

地名も(釜の薪にする木を運んだ)「木付け坂」、(鹿島神宮にお参りする時通った)「鹿島坂」などが

残っており、物語のモデルになった人物は居たのかも知れませんね。