空手日記

空手日記

王道流空手道 佐藤塾での稽古の記録です。

海と江の島と富士山の眺めが自慢のとある老舗ホテルの一室で僕のスマホが鳴った。

「インフルにかかっってしまって。ご相談があるのですが…」・・・声の主は僕が修行する王道流空手道佐藤塾の塾長。「すみません。今、話せません」と僕。


すぐにLINEに着信。「ポーランドに行ってもらえませんか?」


最近「短期記憶」はずいぶん怪しくなっているが、発想力と応用力には自信がある。


塾長がインフルにかかった→予定していたポーランドでの世界大会に行けない→同じ大会にエントリーしている中学生の女の子Nさんを引率できない


暇そうで、パスポート持ってそうで、Nさんと面識があるおじ(い)さん…という条件で塾生を見渡したところ、僕に白羽の矢が立ったというところか。


実際そこそこ暇人で、今年の秋にハワイに行く予定でパスポートを更新していて、Nさんにとって〝おじいちゃん〟みたいな僕が「ピンポーン」となった。


一度は「夜まで考えさせてください」と返信したが、僕の発想力と応用力が「これには断るという選択肢はない」と告げていた。そしてその1時間後には「行きます」と返信していた。


僕にも相談すべき家族が一人いるし、今いる〝老舗ホテル〟に関係するもろもろにも一応許可みたいなものを取る必要がある…が、僕の心の一番底のところから、「ここは躊躇するべきではない」という声が聞こえた(ような気がした)。


詳しい日程が知らされた。


・11/28(金)23時(日本時間):成田発〜14時間半のフライト

・11/29(土)6時(ポーランド時間):ワルシャワ着〜終日大会出場〜ワルシャワ泊

※ポーランド時間は日本時間―8時間

・11/30(日)終日フリー〜23時ワルシャワ発〜14時間半のフライト

・12/1(月)19時(日本時間)成田着

おおまかにこんな感じ。いわゆる「弾丸ツアー」。


ここから僕の怒涛の準備が始まる。


まず、ネットでワルシャワの12月の気候を調べる。


「最高気温は平均で2〜3度、最低気温はマイナス5〜6度」…たまたま「いつか流氷を観に行きたい」と買い求めてあって一度も着ていないダウンコートがある。ユニクロのヒートテック(極暖)も何枚かある。手袋、ネックウォーマー、毛糸の帽子。あと、現地のトイレ事情が分からないので、最悪を想定して〝それなり〟の準備をした。


Nさんのお母さんと連絡を取り合う。特に一泊する時の状況については、年ごろの女の子でもあるし、いくら〝おじいちゃん〟みたいなものとはいえ、そこは慎重に意思疎通をしたつもり。


荷物について、「現地に着いてからの時間がタイトなので、荷物は(預けるのではなく)機内持込みにしたい」とのこと。そこで、衣類を圧縮するための袋を入手。分厚いダウンコートなど現地に着いてから使うものを何分の一にまで圧縮することで、小さめのスーツケースに必要なものを収められた。


一日だけとはいえフリーの日があるので、是非ちゃんと観光したいと思った。『地球の歩き方』というガイドブックの『チェコ、ポーランド、スロバキア』最新版を購入し、ワルシャワで行けそうな観光地をチェック。また現地通貨もいくらか持っていたほうが良さそうなので、「トラベレックス」という外貨両替のお店に、日本円で三万円ほどのポーランド通貨(ズローチ)を予約し、成田空港で受け取る手配をする。クレジットカードはビザとマスターを用意した。


比較的暖かい電車、空港、飛行機内から極寒の屋外へ出た時の服装のシミュレーションを繰り返し行う。普段服用している薬に加えて、解熱剤、痛み止め、筋肉の痙攣止め、下痢止め、眠れない時の薬など、想定されるトラブルに対処する薬を種類別に付箋を付けて袋に分けて入れる、食べるものが上手く手に入らない時のために、高カロリーのお菓子…こうやって荷物が多くなっちゃいます。


そして当日、「フライト時刻の3時間前」を申し合わせ、僕は大船駅から成田空港への直通の横須賀線に乗る。「成田エクスプレス」でもよかったんだけど、普通列車のグリーン車を選んだ。


何とも落ち着かない2時間余り、ポーランドのガイドブックを読んで過ごす。


成田空港駅で降りると「トラベレックス」に直行。「もう二万円追加したい」と申し出るが「在庫がない」とのこと。ま、それほど問題ないけど。


何度か外国人空手家を出迎えるために来た成田空港だけど、自分のために来たのはボストンとニューヨークに旅行した30歳の頃以来。何とか目指すカウンターにたどり着くが、長蛇の列。「ポーランドに渡航する人はそれほど多くない」という根拠のない先入観は✖だと知る。


おそらく近くにいるであろうNさんたちに現在地を連絡。程なく合流てきた。(いくつもあるであろう)関門を一つ通過。手続きを済ませ、ベンチに落ち着く。一通り色々な挨拶を交わし、〝これから〟のことを打ち合わせる。体重制限がある中での注意事項、試合前にこうしてほしいという類のこと、僕としては「『こうしてほしい』というのことは躊躇なく言って欲しい、そのために僕は来ているのだから」というのが一番。


現在小笠原に単身赴任しているお父さん(段位では「後輩」ということになると思うが、キャリアと力量は遥かに「先輩」)とLINEのビデオ通話でご挨拶。ま、「行ってきます」「よろしくお願いします」しかないんだけど。


最後に母と娘の熱い抱擁を見届け、いよいよ僕とNさんだけの旅の始まり。改めて「『こうしてほしい』ということは遠慮なく言う事」を申し合わせる。


出国の手続きを済ませ、搭乗前の最後の場所に落ち着く。僕は小腹がすいたのでサンドイッチなど求める。Nさんはモニターに映る『時をかける少女』のアニメに見入っている。筒井康隆の小説を原作とするこの作品は、原作も読んでいるし、以前の実写映画も観ていたので、何となくその内容や意味なんかを説明した。


いよいよ搭乗。僕たちの席は一番後ろ。トイレがすぐ近くでとてもいい。僕は通路側で、これも助かる。


離陸すると間もなくNさんは眠ったみたい。一度目の機内食は、声をかけたんだけど反応がなく僕だけいただいた。飲み物は炭酸水と白湯をいただく。座席の前のモニターで映画やドラマを観るが、全く眠くならない。いつもならとっくに寝ている時間なのに。いつもと違うのは、お酒を飲んでいないこと。この10年で飲まないで寝たのは、妻が入院した期間のうちの一日だけ。ほぼ毎日(たくさん)飲んでいるのだ。中学生を引率している身として今夜は自重した。


リュックから「デエビゴ」という薬を取り出す。最近不眠気味で、どうしても寝なきゃマズいというときに半錠飲むと、3時間はぐっすり眠れる。この旅行のために半錠を2回分持ってきた。その一つを口に含み水で流し込む。前のモニターから「リラックス音楽」みたいなのを選んでイヤホンで聴く。30分ぐらいで眠気が来たので、イヤホンを外す。


目覚めた時、隣のNさんはまだ眠っていた。まだワルシャワ空港までには数時間あるみたい。こんなことなら半錠でなくて1錠飲むべきだったか…次への教訓。また映画を観たり音楽を聴いたり。


トイレに行くと、CAさんが「食べますか?」と指さす。その先にあったのはカップラーメン…「美味そう!」と思わず声が出る。でも、「もうじき食事出ますか?」と聞くと「はい」とのことなので我慢した。


二度目の機内食の時にはNさんも起きていた。「最初のは何だったんですか?」「ハンバーグとライス、サラダとデザート」「美味しそう!食べたかった!」だって。


定刻通りワルシャワ空港(ショパン空港)に着く。次の関門突破。入国の手続きを済ませ、僕たちを迎えに来てくださっているはずのP師範に会うべく「EXSIT to TOWN」の表示を頼りに進むが、なかなかたどり着けない。「あーでもない、こーでもない」との考えが浮かび、その度にNさんには座って待っいてもらい、僕は思いつくままあちこち走る。


結局何度か通りかかり目にした、「あの方かな?」という方がP師範だった。


長時間お待たせしたことをお詫びし、わざわざ迎えに来てくださったことのお礼を言う。「全く問題ない」とおっしゃっていただく。


P師範の車で高速を飛ばして1時間ほど。大会が行われる体育館に着く。場合によっては空港から自力でここに来ることも覚悟していたが、「無理だったかも」と思い知る。大会終了後今日の宿となるホテルに送っていただくことも確認する。


ここからはNさんがいい状態で試合を迎えることに集中する。


最初の試合開始時刻から逆算して、ストレッチ、ミット打ち、栄養と水分補給…体育館ではあらゆる飲み物や食べ物が売られていて、事前に危惧していたことはクリアになった。自分のためにもNさんのためにも何度か売店に足を運んだ。ただ、現地通貨に疎く、買い物の度に手の上にコインを広げ、そこからお店の人が取っていくという、ひょっとしたら多めに取られたかも…なんて、でも、知らないこちらが悪いんだから…ということで、仕方ない、残念だけど。これも次への課題。


塾長から指示されたこと、本人がしたいこと、少しだけ僕のアイデアも加えて何度かアップを繰り返して試合をむかえた。





試合は…本人が一番感じていることだろうから。みんな勝ちたいと思ってここに来ているんだから。大会とか試合とかほとんど経験のない僕なんかの思いをずっと超えたところでみんな戦っているんだろうし。でもね、僕も頑張ったよ。あれが精一杯だったよ。


そこから別の試練が待っていた。


大会が終わらない!「終わらない大会はない」と自分に言い聞かせて待ったものの、6時を過ぎ、7時、8時…そして9時…今度こそ終わりだと思ったら、また新しい選手が来る。


何度か話し合っては「もう少し待とう」となっていたけど、さすがに限界を超えた。何度か声をかけてくださった女性の師範に、「自力でホテルにいく」ことをP師範に言付けをお願いして、体育館を出る。


「タクシーで行けばいい」と安易に考えていた…タクシーが通らない…もう少し待てば通ったかもしれないが、永遠にタクシーは来ないとまで思った。流行りの「配車アプリ」もあることは知っていたが、登録してなかったことで、使えない。これも課題。仕方なくバスや電車を使うことを覚悟してもう一度体育館を出る。


グーグルマップで最寄りの駅を検索すると、歩ける距離の所にあるらしい。ナビに従って進むと着いたのはバス停だった。ただ、そのバスに乗るとどこに着けるかは分からない。Nさんの口数がだんだん少なくなる。


そこへ1台のタクシーが!すぐに手を挙げる。【前編終わり】