鍛冶俊樹の軍事ジャーナル

(2022年7月9日号)

*スパイに狙われた安倍元総理

 故・安倍元総理の最大の功績は自由インド太平洋構想を提唱し主導した事だが、この構想を成功させるためには、日本が防衛力を大幅に強化しなければならない事を彼はよく知っていた。そこで国家安全保障戦略を総理在任中の2020年末までに改定し、防衛費を倍増させる計画だった。

 

 しかし新型コロナウィルス対策に忙殺される中、持病が再発し辞任したので、計画は頓挫した。新型コロナウィルス騒動が収まりを見せた今年初めから、安倍元総理を総帥とする勢力が精力的に動き始め、4月には「防衛費GDP2%以上を念頭に5年以内に防衛力を抜本強化する」趣旨を盛り込んだ自民党の提言を岸田総理に提出した。

 政府はこの提言を受けて年末に2年遅れで国家安全保障戦略を改定する。だが防衛費の倍増が確定した訳ではない。財政均衡を重視する財務省は抵抗を示しているし、岸田総理の周辺には、財務省関係者がとぐろを巻いている。

 

 つまり防衛費が倍増するか、どうかは参院選後の政治折衝で決定されるのである。もし、防衛費倍増派の総帥たる安倍元総理を亡き者にすれば、防衛費倍増は阻止できるという認識を、日本の防衛費倍増を阻止したい中朝露の情報機関は当然持っていよう。

 彼らがなぜ、日本の防衛費倍増を阻止したいのかと言えば、来るべき戦争において日本の防衛力が弱体であれば、あるほど戦局が彼らに有利に働くからだ。つまり戦争の準備であり、そのために元総理の暗殺を企むのは情報機関としては当然であろう。

 

 暗殺実行犯の山上徹也は20年前に海上自衛隊に3年間勤務している。早期退職の自衛官はスパイ工作の対象になる場合がある。私も航空自衛隊に11年いて退職したとき、こうした怪しげな誘いが少なからずあり、おかげでスパイ工作の実態を知ったのである。

 山上は「特定の団体に恨みがあり、安倍元首相がこれとつながりあると思い込んで犯行に及んだ」という趣旨の供述をしているが、これは何らかの強い洗脳工作を受けていた形跡としか考えられない不自然な供述だ。

 

 スパイ防止法もなければ情報機関もない日本においては、スパイ工作に対応する機関はなく、警察は山上をただの殺人犯として捜査する他ない。これはスパイ工作の勝利であり、将来的に見れば日本の敗北ひいては自由インド太平洋構想の瓦解を意味する。

 安倍元総理の殉難の報に接して、私が思い起こしたのは論語の先進第十一の九節、「ああ、天、われを喪(ほろ)ぼせり。天、われを喪ぼせり」

 

 

軍事ジャーナリスト鍛冶俊樹(かじとしき)

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