カラサワの演劇ブログ

演劇関係の雑記、観劇記録、制作日記、その他訃報等。観劇日記は基本辛口。これは自戒とするためでもあります。
Twitterでも演劇のこと、おりおりつぶやきます。
カラサワ@cxp02120


テーマ:

ホラー映画監督、トビー・フーパー死去、74歳。

 

あれは1977年か78年のことだったと思う。私は大学生で、ぴあ片手に名画座めぐりをするのが日課だった。その頃は貧乏学生にはありがたい、600円とか700円で3本立てを見られるような名画座が都内にも多くあり、その中の1館、三鷹オスカーで「悪魔映画特集」と銘打って、『悪魔の沼』と『悪魔のいけにえ』が上映された。3本立てがメインなので、他にももう1本、『悪魔の……』というタイトルの作品が上映されたと思うが記憶にない。いや、『悪魔の沼』も、お気に入りの怪優ネヴィル・ブランドが主演しているということで楽しみにしていたのだが、ほとんど印象に残っていない。とにかく、最後の1本で観た『悪魔のいけにえ』の強烈な印象に、すべてぬぐい去られてしまった感があった。

 

開巻しばらくの印象は決していいものではなかった。16ミリのフィルムで撮った映像を35ミリに伸ばした、粒子の粗い観にくい画面、カメラワークは乱暴で素人同様、ドキュメンタリータッチと言えば聞こえはいいが、映画の始まりのワクワク感やドキドキ感のまるで感じられないチンタラした描写。動物の屠殺の話などが続くが、はっきり言えば退屈である。途中で乗り込んできたヒッチハイカーが自分の腕を笑いながらリストカットするあたりで緊張感は高まるが、説明不足もあり、異様ではあっても怖さを感じるほどではない。自主映画によくある、

「こんな絵が撮りたかったんだ」

的なシーンをつなげた独りよがり映画か、とちょっとうんざりしてきたそのあたりで。

 

立ち寄った家で、ガソリンを分けてもらおうと声をかけたひとりの前にいきなり、複数の人間の顔の皮を剥いで作った(とおぼしき)マスクをかぶった大男が突然、何の前触れもなく、という感じで出現し、いきなり男の頭をハンマーでがつん、とぶん殴り、倒れて痙攣する男をむず、とつかむ感じで奥へと引き込んでしまう。ショッキングな演出は皆無で、とにかく唐突に(ほんとうに唐突に)これが起こる。観ているこちらは驚くとか怖がるとかでなく、

「なんだ、なんだ?」

と混乱する。

 

ここから映画の進行スピードは一変し、次から次へ、という感じで惨劇が起こる。だが、その起こり様が、まさに次から次過ぎて、こっちは混乱に拍車がかかるだけだ。様子を見に来た女性はまた現れた皮マスクにつかまえられ、食肉を吊るすための鉄の鉤にずん、とひっかけられる。普通の映画なら、生きたまま鉄鉤に引っ掛けられる描写があれば、激痛に悶え苦しむ描写がなされると思うが、この作品で、吊るされた女性は、わめきながらもひたすら背中に手を回してこの鉤から自分の体を外そうと試みるのである。あまりの事態に、自分の身に何が起こっているのかを理解できないかのように。そして、この異常な心理状態が、観ているこちらに感情移入をさせてしまうという状況の異様さ。

 

登場人物の1人に車椅子のハンディキャップを持っている男がいる。普通の映画のセオリーであれば、こういう人物が予想とは逆に最後まで生き延びたりするのだが、そういうこともなく、“平等に”切り刻まれて殺される。そして、最後のひとりになった女性(車椅子の男の妹)は悲鳴をあげて逃げ出すが、逃げ込んだ先は皮マスクの家だった。彼女はそこから命からがらに逃げ出し、ガソリンスタンドに駆け込み助けを求めるが、そこの店員もまた、皮マスクやヒッチハイカーと同様、人殺し一家の一員だった。彼女は捕えられ、元の家に連れ戻される(この、堂々巡りの感覚はまさに悪夢の中のそれ、だ)。

 

そこで彼女が見たものは、殺人一家の“主”である、半ばミイラ化したような老人だった。“親孝行な”一家のものたちは、その老人に彼女を殺させてやろう(一家揃って殺人嗜好症なのである)と、ハンマーを手に持たせ、彼女を殴らせるが、衰弱して手に力の入らない老人は、何度持たせてもハンマーを取り落としてしまい……。

 

映画も終盤、このシーンに至って、満員の映画館の客席からは、笑いが巻き起こった。私も笑った。ただ、あれは笑い声だったのか。かすれた、息を気管から絞り出すような、

「ヒーホ、ヒーホ」

と言った音が館内に充満した。その「ヒーホ、ヒーホ」は、映画が終わって、建物の外に出たときも、まだ漏れており、駅までの道を、映画館から出てきた人びとが、一様に肩を興奮でいからせ、ヒーホ、ヒーホと声をあげながら歩いているという異様な光景が現出していた。長く映画を観ているが、こんな体験はちょっと他にはない。自分の理解や理性を超えた状況を眼前にした人間は笑ってしまう、という実例を自分の身で体験した、という感があった。

 

後に某出版社から出版物の企画で、あなたの選ぶ映画ベスト10を選べ、というアンケートが来たとき、私は世界の名作とされる幾多の傑作映画を差し置いて、迷わずこの作品をベスト作品として挙げた。これを上回るインパクトを、若いときの映画鑑賞で受けたことがなかったからである。その企画の監修をやった人のインタビューを読んだが、この『悪魔のいけにえ』をベストに挙げる人が私の他にも何人かいて、かなりの上位に食い込んだそうである。

 

なぜこれほどのインパクトをこの映画はわれわれに与えたのか。それは、この映画のもたらす恐怖がそれ以前のホラー映画とは全く異なっていたからである。例えばドラキュラ映画において、ドラキュラに襲われる女性、ミナ・ハーカーは“ヒロイン”であった。キング・コングに狙われるアン・ダロウまたしかり。映画の中で、恐怖の存在に襲われるのは、その者もまた特別な存在なのであった。……しかし、アメリカン・ニューシネマ全盛の時代に作られたホラー映画であるこの『悪魔のいけにえ』においては、殺される人間たちは単に無個性な“被害者のひとり”に過ぎないのである。一応、最後まで生き延びる女性にはサリー・ハーデスティという名前があるが、彼女には個性というものも、役としてのバックグラウンドも何もない。ただひたすらに絶叫し、ラストで命が助かったことに狂ったような笑いをずっとあげ続けるだけの存在である。

 

“その他大勢”として殺されるという恐怖、それをわれわれはこの映画で初めて味わった。それはベトナム戦争で、戦場のヒーローではなく、名もなき兵士として死ぬ恐怖を徹底して味わったアメリカ人が覚えた新しい恐怖であった。この作品における登場人物たちの、全く無意味でかつ目立ちもしない殺され方は、ゲリラ戦で華やかでも英雄的でもなく殺される死の象徴として、ジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』(1968)に次いで、それをさらに発展させたものだった。

 

トビー・フーパーはこの一本によってホラー映画の寵児となり、大作『ポルターガイスト』(1982)や『スペースバンパイア』(1985)といった作品を監督し、また自分の作品を際限なく再製して『悪魔のいけにえ2』(1986)『悪魔のいけにえ3・レザーフェイス逆襲』(1990)『悪魔のいけにえレジェンド・オブ・レザーフェイス』(1994)などの続編を作りつづけ、2003年には『飛び出す悪魔のいけにえ・レザーフェイス一家の逆襲』などというキワモノまで作った。だが、結局第一作を超えるものはおろか、その足元に近づいた作品すら作れなかった。映画というもの、ことにホラー映画というものは時代(の有する不安)と密接に結びついており、ベトナム戦争という(身近な死)の恐怖が薄れた時代には、それらは安直なショッカーに過ぎなくなっていたのである。

 

今年の7月にはロメロが鬼籍に入り、後を追うかのごとくいま、フーパーまでもがこの世を去った。偶然ではあろうが、何か因縁を感じる。それは、アメリカという超大国が自らの国の持つ矛盾と真摯に対峙した“アメリカン・ニューシネマ”の時代が終わりを告げた、という象徴なのかもしれない。

 

あの三鷹で受けたインパクトは、わが映画人生をまぎれもなく豊かにしてくれた。心からの感謝を捧げたい。

 

R.I.P.

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

karasawa-sanさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。