カラサワの演劇ブログ

演劇関係の雑記、観劇記録、制作日記、その他訃報等。観劇日記は基本辛口。これは自戒とするためでもあります。
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劇団ひまわりサマーパフォーマンス『ベッカンコおに』於シアター代官山。

 

司会者「俳優養成所として有名な劇団ひまわりの新人たちによる夏公演です(唐沢ユニットに今度から制作手伝いで入ってくれる星野佳奈がコロス役で舞台デビューしています)。児童文学者・民話劇作家として高名なさねとうあきらの代表作で、これまでオペラや朗読劇、人形劇などさまざまな形で上演されてきた名作を舞台化しているもの。ABダブルキャストですが、今回はBを鑑賞しました。ストーリィは、鬼のくせにユーモラスな顔をしているベッカンコ鬼が、盲目ゆえにいじめられている村娘をさらい、山の中で夫婦として生活をはじめます。2人は幸せに暮らしていましたが、鬼は娘の目をなんとかして見えるようにしてやりたいと思い、山中に一本だけ生えている竜眼草という草の根の汁を目に塗れば治る、という山母(やまかが)さまの言葉に従い、その草を探しに山奥に入る。そこに、娘を取り返そうと探していた、娘の兄の猟師に見つかって……というものです。児童劇とはいえ、鬼と娘が夫婦になってしまうという展開や、悲劇的で救いのないラストなど、発表時(1972)から、話題になった作品です」

 

児童文学ファン「作者のさねとう氏(2016年没)は戦中派で、戦後の日本社会の矛盾をついた作品を次々に発表していた人です。ことに被差別部落問題をテーマの中に大胆に取り上げ、逆に解放同盟から糾弾を受けたこともありますが、目をそらさずにそのテーマを取り上げている。この作品も、鬼という存在を里人から忌み嫌わる存在として、なぜ一般人(盲目の娘・ユキ)と仲良くすることが罪悪視されるのか、といった、難しい内容を扱っています。その作品が提起するテーマの重さは現在も全く変わっていません」

 

保守思想家「民話劇作家というのは木下順二以来左翼思想の持ち主ばかりだが、このさねとうあきらも“天皇を必要としない日本を知りたい”というモチベーションから民話を研究していたそうだ。要するに自分の反天皇制思想を反映した芝居で子供たちを洗脳するために民話を利用しているんだ。安保闘争が盛んだった発表時期の影響もあろうが、彼の作品はどれをとってもその思想が露骨で、違和感をバリバリに感じる。どうしてもっと素直に、民話の持つユーモラスさや庶民のパワーを演劇にできないのか」

 

民話好き「まあ、しかし民話というのは中央集権にまつろわず辺境に流れた民の歴史や思想を残し伝えたものが多いですからね。左翼思想家が民話研究に注目したのも当然と言える部分もある。それにさねとう作品としては、日本のムラ社会の差別構造への問題意識がダイレクトに出すぎた『わらいおおかみ』などに比べ、この『ベッカンコおに』はさほど露骨でなく、外見で人をはかってしまう人間の弱点がもたらした悲劇を描いて、素直に感動できる作品になり得ていますよ」

 

映画ファン「やさしい心を持ちながらもその容貌で誤解されている鬼が、盲目ゆえにそのやさしさを受け止める娘の愛を得る……チャップリンの『街の灯』のアレンジ話だな」

 

演劇ファン「小学校の演劇教室で見たときから納得できなかったのは、鬼にさらわれた娘を取り返そうと追いかけてきた父親(今回の舞台では兄に変更されていますが)を、娘・ユキがうらんで罵り、鬼になってしまう、ということです。そもそもが村人にいじめられていたとはいえ、そんな村でただひとり、自分を大事にして守ってくれていた父親を、鬼にさらわれて夫婦になったからと言ってころりと忘れて、鬼との夫婦生活に充足しているユキが自分勝手に見えてしまうんですね。事情を知らなければ、鬼を父親が娘の仇と思い込むのも当然ですし、悪役にされる父親がたまったもんじゃない、と思いました」

 

犯罪通「自分をさらった鬼を愛して夫婦になってしまい、自分を救いに来てくれた父親を夫の仇としてうらむ、というのはストックホルム症候群の典型だな。これはその症例を描いた世界でもかなり初期の作品(名称の元となったストックホルムでの誘拐事件が起きたのはこの作品の発表の翌年)に属するのでは?」

 

一般観客「どうしてみんなそうひねくれた見方をするかなあ。もっと素直に演劇を楽しみましょうよ。私は子供の頃観たときから今回まで、涙が出て出て仕方ありませんでした」

 

評論家「泣けるのは話の筋によるものというより、若い役者たちによるフレッシュな演技がストレートにこちらに伝わってくるからだと思う。深みや渋みはないものの、一心に役を演じているパワーは十分にこちらに伝わってくる。さっきの、鬼を愛してしまうユキの心情も、コロス役のいちばん若い(年少の)女の子に

“わかる”

と言わせているのが笑えたし、今の子はこういうところにいちばん反応するのかも、と思わされた。してみると、最後のユキの鬼への変身も、偏狭なムラ社会の排除の思想とは関係なく、愛する者(父親)によって愛する者(夫=鬼)を殺されたという不条理による狂乱の結果、と解釈した方が現代の観客にはすんなり通じるのかも、と思ったな」

 

演劇好き「演劇作品は、ある意味作者が亡くなっても後の時代々々で上演され、その時代々々の観客の感覚で受け入れられていきます。さねとう作品も、そろそろ作者の生きた時代の思想潮流から解放されて、演劇本来の魅力で評価される時代に来ているのではないですかね」

 

考証通「鬼を撃つ猟師たちの銃は兄のもの含め三挺なのに、鬼の背中から吹き出る血(を表した赤い紐)は四本。細かいツッコミかもしれないが、こういうところ、子供の目は厳しいよ。注意が必要」

 

社会問題研究家「発表当時に比べ、目が見えないから、とユキをいじめる村人たちの描写がダイレクトすぎてルーティンで、説得性が薄くなっているのは現代の上演の際に考えるべき問題かもしれませんな。今の若い観客には、ハンデを持った人間は保護されるべき、という思想が非常にナチュラルな形で入っている。なぜ目が見えないから、という理由でユキが馬鹿にされるのかが伝わらないのではないでしょうかね。一見親切にされているけれども、貧しい山村では、ハンデキャップの持ち主は無駄飯食い扱いされている、といった描写などを入れる必要性があるかも」

 

イケメン好き「主役のベッカンコ鬼を演じた北村真一郎はイケメンなのにほぼ全編、お面で顔を隠していてもったいなかったわ。その分、ユキの兄役の山崎真吾がイケメン! もっと出番増やして欲しかった。兄が悪役にされる、というのも、だから納得いかない」

 

社会問題研究家「困ったものだな、こういうミーハーな女性は」

 

演劇ファン「いや、これも立派な演劇鑑賞のモチベーションです。重いテーマを受け止めるだけが演劇の観方じゃないんですよ。それも重要な要素です」

 

児童劇ファン「カーテンコールで拍手がやまず、四回くらい連続して出演者たちが“ご来場ありがとうございました”と言っていた。この盛り上りが演劇の魅力だな、と思った。ちょっとしつこかったけど、これも重要な要素だね」

 

アニメファン「重要な要素と言えば、イケメンの兄さんと、美少女だけど盲目の妹、という関係は、最近のアニメファンなら最強の心的つながりをどうしてもそこにあてはめてしまうのですよ。だからこそ、その兄の存在がストーリィ上薄くなってしまう今回の演出には、ちょっと疑問を感じてしまいました」

 

演劇ファン「長年演じられている名作だからこそ、その時代によって変化する価値観に合わせて、どこを観客にアピールしていくか、を考えないといけないってことですねえ」

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