カラサワの演劇ブログ

演劇関係の雑記、観劇記録、制作日記、その他訃報等。観劇日記は基本辛口。これは自戒とするためでもあります。
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『スター・ウォーズ』初期三部作のヒロイン、プリンセス・レイアを演じたキャリー・フィッシャー死去。60歳。

 

 

『スター・ウォーズ』が公開されたとき(もちろん、『エピソードIV』とか『新たなる希望』などという余計なものはくっついてなかった)、私はかなり重度のスターウォーズ右翼で、この映画に関わる全てを絶賛していたのだが(今思い出すとアタマを抱えたくなるので、『シンゴジラ』や『この世界の片隅に』に入れこむ気になれない)、唯一の不満が
「お姫様が美人でない」
ということだった。確か野田昌宏氏もそんなことを言っていたし、誰も口にこそしなかったがあのヘアスタイルも、スペースオペラらしからぬモサッとした衣装も、どうにもダサい、と内心で思っていた。

 

「主人公がその運命を一変させるだけの存在なんだから、もっと綺麗な女優さん使わないといけない。SFXにばかり金をかけず、こういうキャスティングに金をかけろ」
とか、生意気なことを言っていた覚えがある。

 

後から考えれば、彼女……キャリー・フィッシャーの起用はジョージ・ルーカスの一種の戦略だったのだろう。つまり、SF映画を、現実の地続きの映画にしたい、という。

 

彼のSW以前の代表作は青春学園もの『アメリカン・グラフィティ』であり、そこでヒロインとして扱われるシンディ・ウィリアムス(彼女もレイア姫役の候補だった)も決してズバ抜けた美人ではない。しかし、そこがあの映画にそれまでのハリウッド映画にないリアリティを与えていた。田舎町のプリンセスは田舎町のレベルのプリンセスであるべき、なのであって、イングリッド・バーグマンやオードリー・ヘプバーンみたいなのがいては不自然なのである。

 

第一作(私のSWの数え方はあくまで公開順である)は他のシリーズ作品とは一線を画した作りのノスタルジック・ストーリィであり(『フラッシュ・ゴードン』や『バック・ロジャース』というかつてのシリアルSF冒険活劇の再現)、田舎にくすぶっていた若者が外の世界に旅立つ、というストーリィ構成はルーカスにとり初めての成功作であった『アメリカン・グラフィティ』の要素をかなりなぞったものであった。

 

第一作で、石上三登志ら日本のSFファンたちが絶賛したのは、宇宙船などの“汚し方”だった。それまでの、いま工場から出荷しました、と言わんばかりのピカピカの宇宙船でなく、長年使い込んだ経年劣化のある船体にリアリティを見たのだ。……ならば、監督のそのセンスはヒロインの選び方にも及んでいると見るのが当然だろう。自分を救いに来た主人公への最初のひと言が(変装していたとはいえ)
「ストームトルーパーにしては小さいのね」
であり、ゴミ処理場の中に落されたときはハン・ソロと派手な口喧嘩をおっぱじめる。お姫様なら庶民に対して高慢ちきな態度を取るはず、というルーカスなりのリアリズムであった(一説によると彼女がレイア役を射止めたのは、有名人の両親を持ったが故にオーディションでのスタッフへの態度が大きかったところをルーカスが気に入ったため、とか)。

 

その後、ファンタジーの度合を増していくSWシリーズの中で、この第一作のみは、ヤンキー青少年が等身大のまま、宇宙にいたら……というのがコンセプトだったと思う。

 

ヒッチコックの系譜を継ぐブライアン・デ・パルマやスティーヴン・スピルバーグと異なり、ルーカスは基本的にはフランシス・コッポラやジョージ・ロイ・ヒルなどのアメリカン・ニューシネマの系譜に連なる監督である。自身の大ヒットがそのブームを終焉させてしまったとはいえ、『スター・ウォーズ』はアメリカン・ニューシネマの末端に位置する作品であり、キャリー・フィッシャーはSF映画のヒロインではなく、青春スターとして記憶されるべき存在だったのだ。

 

映画の中のキャラクターとしては『スター・ウォーズ』よりもむしろ『ブルース・ブラザーズ』のジェイク(ジョン・ベルーシ)の婚約者役の方が彼女の特質を出していたと思うが、この時のパンフに
「『スター・ウォーズ』の華麗なお姫様の衣装とは打って変わって地味なセーター姿」
と書いてあり、レイア姫の衣装のどこが華麗だ、と呆れたのを覚えている。で、この時のセーターは、彼女の母親(デビー・“雨に唄えば”・レイノルズ)の手編みだったそうである。レイノルズはまだ存命で、娘が倒れたときにコメントを出していた。もう80代半ばであろう。娘に先立たれた哀しみはいかばかりのものか。

 

アメリカン・ニューシネマの基調となる感覚はノスタルジーと哀愁、そしてユーモア。『スター・ウォーズ』第一作には哀愁のみが無かったな、と思っていたが、ヒロインの早過ぎる死が哀愁を付け加えてしまった。R.I.P.

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