狂躁亭覚書・ 文化を売れなくなった東京1904231140 | おととひの世界

おととひの世界

リンクも何もなくただひたすらに綴る一人称の世界。
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『クセジュ文庫』

若い読者の方
手にとって読まれたことあるだろうか?
かつては白水社からかなりの巻数
発刊されていたが

Collection Que sais-je?
有名なフランスの叢書

オールジャンル・ノンジャンル

 というところがまた一つの魅力で

 ガチガチの
『構造主義の入門書』があったり
あの秘密結社 Golden Dawn

ヘレナ・ブラヴァツキーとか 
アレイスター ・クロウリーとか
ああいった名前がポンポン出てくるような
本が同じ列に並んでいたり

どちらも
19世紀から20世紀にかけての
オカルト界の超有名人ですけど
そういうモノが

『 構造主義の本』と一緒に並んでた

まあそれがクセジュの
いいところと言うか
怪しいところと言うか

フランスもよくやるよな 
こういうものが普通に1000点以上
本屋さんにあるわけでしょ?
古書店に行くともっと普通にあるよ

日本は出版会がかたいから
例えば岩波でこういう本は
絶対に出ないと思うんだよね

岩波は岩波でいいところはあるけど

日本だとこういう本
出すとすればいいところ

 国書出版会とか
そういうところになるんじゃないかな?

日本のインテリが考えているより
西洋のインテリ

はるかに猥雑で雑食性だから 
やっぱり東大が悪い影響を 与えてる
としか思えんな 

彼や彼女ら はとても純粋培養だよ
東大というところ門構えは巨大だけどさ

 言ってみれば 学問の
小口のショッピングモールみたいな
 ばっかりなんだよね

 真ん中に大きな川が流れている
と言うかそういう感じは全くしない

 途中で湯川先生とか
 湯川先生に大きな影響を与えた
あの数学者・岡潔とかね

そういう人が出なかったのが大きかった
それでいて優等生的に潔癖症だ

 よくないねこういうのは 
三島由紀夫はそういうところを
とても嫌っていた

あの人東大
食い足りなかったんじゃないのかね?

それでもまだ
昔の高校は
そういう雰囲気があったけど
戦後はまるっきりダメだ

古典的教養がまずダメで
 その周りの雑草も全然生えていない
というそういう感じだ
薄ら寒いばかりだよ

読売のナベツネさん
ぎりぎり大正世代で
そういう空気をギリギリで
知ってる世代なんだよね

だから昭和一桁とは
相当教養を持ってるよ
少なくともバックグラウンド持ってる

やっぱり戦後駄目になったな 
まだ日比谷高校とか
新宿高校とか戸山高校

都立名門が東大の上位
占めてる頃は良かったんだけど
学校群制度ができてダメになり

 西の灘とかが 
大挙して合格するようになったでしょ?
あの辺りから決定的に駄目になった

 西の灘・東の開成が
上位を占めるようになって
東大は駄目になったこれ本当 

こういう連中何も知らんからね
 東大入ってすぐ

『マルクス・エンゲルス』に
なっちゃうのよ 

漂白されてるところ頭だけ真っ赤っか 
60年代後半の『タンチョウヅル 左翼』
ってやつだね

こういうところ 
暴れてた奴ってのは 
まず役所就職できないし

大企業も就職できない 
すると行くところはマスコミか出版 

それでも他の所のやつよりは
物読んでるから 
それなりに役にたったんだ 


目の敵にするバカはいるけどね 

バカと左翼は使いようよ 
あの大・正力松太郎が言ってたじゃない 
『使えるやつなら アカでも使う』と 


あれが本当の大物だよ 
今のやつ そういうのがいないだろう?
だからダメなんだよ

『クセジュ文庫』
 目録どこかに残ってねーかな?

ネットにどこかありそうなもんだけど

日本でも相当たくさん出てたぞ 

これ読むとさ 
まぁ全部読まなくてもいいわけだけど

 ヨーロッパのインテリ 
オツムん中の知的布置と言うかね
 脳内マッピングが分かる 

いかにも学問って本は
それはインテリなら読むでしょ?

 しかしそれ以外のを
どう扱って行ったらいいか?
っていう距離感みたいなもの

それが掴めるのが 
『クセジュ』だったんだよ
サルトルなんかもあったよ
猿捕るじゃないよ

あのジャン・ポール‐サルトル
どれもこれも200ページ前後だから
本当に読みやすい
 しかも薄いしな 

ジーパンの後ろポケットに
普通に入るサイズだった

 しかも昔
ちょっとカバーが固かったから
簡単に壊れなかったよ

 私なんか中学ぐらいまでの
図書館には必ずあった 
ほぼ全冊あったんじゃないかな?

それどころかさ
はっきり覚えてるけど

 昭和59年の秋ぐらいだよ
 ちょっと考えることがあって

 駅前の昔からある本屋さんに行ったら
 文庫クセジュまだ100冊くらい
置いてあったよな

 ああいうところで
そういう本を読んだのは
それが最後だったような気がする 

それが昭和58年とか9年だったと

今都内の例えば
神保町の古書店街
その後ろには老舗の本屋さんが
いっぱいあるわね

 三省堂さんとかさ
 あと本屋 of 本屋の
『東京堂書店』さんがある
 
 文庫クセジュなんて 
あのあたり行ってもあるかないかだよ

 東京そんな感じだ
地方はもっとひどいだろうな  

 それだけ東京は
『文化を売らない街』になったんだ  
これだけは確かだ 
 
バブルが崩壊してしばらく
平成前半ぐらい 
地方のショッピングモールや  
新開発のショッピングセンターの中に
 
大型書店の開店が相次いだ
今閉店ラッシュだよ 

大型駐車場併設の
 近郊型大型書店中型書店も

もう多分アウトだろうな
 店構え品揃え見てるとわかる

本当にしんどそうだ
気の毒だけどどうにもならない

 全部出版界が悪い 

特に昭和60年 以降採用 のやつ
ほとんど使い物にならない

 平成元年しばらくなんての

バブル真っ盛りだから
もっと使い物にならない
 そもそも勉強していない

 受験勉強をくぐり抜けること
しか頭になかった連中だ 

就職は売り手市場
まああの世代みんなそうだけど 

教養完全崩壊の世代があの辺りなんだね

 でこういう連中が
予備校にいた頃 

受験戦争が一番きつかったから
予備校で浪人したやつは多かったけど 
今テレビ出てくるタイプの
予備校教師みたいなやつ
ばっかりが

これも良くなかったな 

私らはなんかの世代は
それより10年くらい上で 

例えば駿台予備学校に行くと

 東大紛争で追い出された
東大の先生がいたりとか

 代々木ゼミナールあたりいっぱいいたけど
 都立高校改革で 都立高校に
見切りつけた

 旧制高校教育を受けた
本物のインテリ先生がいっぱいおられた

 特に文系に多かったな
 歴史学 地理とか 
世界史は多かったね

 綺羅星のごとくいた
 そういう人から知識をもらう
という感じでいたんじゃなかったと思う 

どういう本を読んだらいいか?とか
どうやったらいいか?
とかいうことまで後々
質問に言ってたよ

 受験勉強と全然関係ない話 
そういうところでしか
教えてくれないじゃん ?

大学行って
行っといて良かったと思った

 大学行けば入ったで
馬鹿な奴ばっかりだからね 
良くも悪くも学生時代

学生運動に頬被りして
勉強ばっかりしてたのは
ろくなもんじゃなかったな

 学生運動にやれと言うんじゃないが
要するにそういうエネルギーもない奴が
 大学に残っていたんだよ

そういう奴が結局
今の大学をダメにしてるんだ
勉強だけしてくれれば
良かったんだけどしてない上に 

リベラルアーツ教養 もない
じゃどうしようもないだろう

 トップの東大があの調子で
あとはしれたもんだよ
かつては 旧師範学校 

東京教育大学を TOP としてね
学校の先生はまず一流の人間が行く
というシステムを

明治の偉人は作っていた
師範学校に入った段階で
給料が出ていたんだ

しかもかなりいい給料だ 

だから生活が苦しくて
兄弟がいっぱいなんて人

まず師範学校に入って給料もらって
 弟妹の学費を出したりしていた

秋山好古なんかそうやっていたんだよ
 あの人陸軍に入る前に確か
師範学校行ってるよ

その話『坂の上の雲』に出てこなかった?
東京師範学校でに限らず
そういうところを出ると

 教員として赴任した場合でも 
東京帝国大学卒業よりも

初任給が高かったりしたんだ

だから公立学校の教諭でも
とても尊敬されるステータスだった

 地方に赴任すれば
必ず地方の名士の嫁さん世話された

そういう感じだったんだ
今と大違いだよな 

今ほとんど 教師なんて
食うや食わず の安月給でしょ?

 小泉や安倍みたいな
大口叩きのバカ息子にやらせてると
こういうことになるんだよ

 あいつら
明治の偉い人が作ったシステムを
根底から破壊してしまった
特に小泉はひどかったな

安倍小泉に欠けているもの 

『健全な知的 飢餓感覚』だろうな

どっちも物言い聞いてればわかるが
ロクな本を読んでいない

文庫本程度以上のものは
まず読んでいないと考えていい
なぜそうなったかと言うと 結局

『知的飢餓感』がなかったからだ
幕末維新の志士たちもそうだったし 

明治の元勲世代の
ほとんどもそうだったけど

これだけ 読んでおけば大丈夫!
なんて人はいなかったよ
 勉強なくてしなくていい
なんて人もまずいなかった

 忙しくなれば
本を読む時間がなくなる
誰だってそうだ 
勉強したくてもできなくなるよね

 しかしそういう人は
必ず 優れた知識人を呼んできて
話を聞くことは常に やっていた

 父親は田中角栄さんと
結構長いこと話ししている

 まだ田中角さん 
自民党の実力幹事長ぐらいの頃かな?

 あるいはその補佐みたいな役割か?

 中央研究所ブームの頃 
つまり企業が東京の近郊に
大掛かりな中枢研究所を建てるのが
ブームになった頃 

筑波研究学園都市の
構想が始まったんだけど 

父親は 
企業の研究開発トップになること
約束されて京大から招聘されていたから

 つくばがまだ更地で 
測量目印の木の杭と布がいっぱいある頃 

田中角栄さんに
多くの人とともに呼ばれていって 

田中角栄さんが
計画をやり直すところも見ている

 役人は小ブりに設計するからダメだと

 田中角さんはそう言って
杭を全部引っこ抜いた 

そして今の1.5倍から7倍ぐらいに
計画を考え直して
もう一回持ってきてくれと言った

 その日 小さな宴席を設けられ

田中角栄さんの話を少し聞いた

 あの人 
尋常小学校卒だけど 
河内桃子さん おじいさんの
大河内伯爵 

理研のボスだった人だけど 
その人を頼って上京 

二十歳に大社長になっていた
実業一筋の人 

そうは言いながら 

文学青年でもあり
文芸誌にペンネームで
投稿を繰り返してる人だったんだ 

そこで小林秀雄に褒められた 

知っての通り小林秀雄
他人をボロカスに みたいなこと
しかしない人だ

ところがその小林秀雄が
田中角栄少年の投稿を褒めたんだ 
それを生涯自慢にしていた

田中角栄さん
実はそういう人でもあった
どうやって商売成功したとか
金を儲けたなんて自慢はしなかったそう

いくらでもあったろうけどね

田中角栄屋敷
もう政治家に なっていて
地元越後 出身の東大生
みたいな人が下宿して 

書生 をやったりしている
皆各分野の 選り抜きの優等生ばかり

 家の事はあまりやらされなかったらしい
 一緒に食事をとるとか挨拶するとか
掃除するくらいのことは
したかもしれないが

 ただ 角栄屋敷に 
下宿していた小生さん達

 田中角栄さんが勉強したい分野
 何かあると

 大きな リュックサック
みたいなものいくつか渡されて

 神保町に行って
その分野の本を見繕って
買ってきてくれと言われる

そして札束を渡される
 余ったら取っておいて構わないという 

そして 入門書から難しい本まで
その分野の本をたくさん買ってくる

 田中角栄さん半徹夜で
一週間ぐらいかけ全部読んだらしい 

そして田中角栄さん
あっという間に専門家になる

 あの人そういう人なんだよ
 今の 安倍晋三とか 
小泉純一郎とかとは根本的に
出来が違う人だ 

昭和の日本は
そういう人が作ってきたんだよ

 こういう人が
インテリをバカにしたりする?
 するはずないじゃないか

 『知は力なり』
 身をもって知っている人だ
 エスカレーターだけできた
三代目とは出来が違うんだ

小泉安倍現象もはや 
日本の津々浦々普遍的になってしまい

 あらゆる分野を毒してしまった
もうどうにもならない 

しかもそれが構造的な 日本
 まあ東大型と言うか 

付け焼刃的 
インテリ 養成システム
 みたいなものも 

昭和平成と 吹っ飛んでしまい
 後は白髪頭で 貪るように漫画読む
ような奴ばかりになってしまった

こんなやつ 
特に出版ではものの役に
立つはずがないでしょ ?

出版界が駄目になり 
取次 もダメになりマスコミも駄目になり

 それを見て育った 
知的生産性 驚くほど 低い世代
ばかりになって

そんなやつで集めて
企業作って何ができます?

 日本の 生産性
どんどん低下してるってそういうことで

教育費ケチったと同時に
 社会全体の知的再生産インフラが
崩壊してしまっている表れなんで

 今後日本
再浮上の可能性がとても低いのは
まずその問題があります

幕末はそういうことはありませんでした
一部 下級武士階級ですけど

 とても意欲があって
向学心があり 知的飢餓感に満ちた
若い連中がいたから

あれができたんだけど 
今そういう連中いるでしょうかね ?

まさに『スラムの住人』に
なってしまっている

国家ぐるみスラムになる
というのは本当に恐ろしいことですよ

池袋にはまだあるが 
渋谷にはビル丸ごと大型書店
というところはもうないですよ

今東京で
大きい本屋さんに行こうと思えば

 東京駅 八重洲口の ロータリー前
 ブックセンター
あれは鹿島建設がやってるからね
 大丈夫でしょ 

後は神田神保町しかないです
 これだけ巨大な都市でそんな感じ
 これが日本の現実です

有楽町マリオンからはとうとう
大型映画館が消えてしまいました

見かけショービジネスだけは
 文化的には既にドンガラ 都市

 それが東京です

京都も
梶井基次郎の檸檬で有名な
河原町丸善がなくなりましたがね

京都はまだ インテリ気風が残っている街
京都でも それですよ

連休中
東京に出かけられる機会があったら
 白水社の文庫クセジュ
探してみてください 

あればめっけものだと思いますね
いずれ東京でも手に入らなくなります