狂躁亭日乘・抹茶旨しは処によりけり201610251500 | おととひの世界

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 十年を過ぎず茶の湯の本道すたるべし

     南方録  滅後      千利休

茶の湯はもてなしの心である
といえばあるし
ないといえばない

私茶道の心得がほとんどないです
やったことあります
でも免許皆伝とかそんなことは
一切ありません

利休さんは
自分が死んだ数百年後
茶の湯がどうなっているかについても
ちゃんと残していますよ

振舞のいちイチにケチをつけて
金を取るようになって
くだらない道具立てにまた
金をとると

一事が万事カネカネカネ
そうなってると思うよと言ってます

利休さん見事ですよね
言いたかないけど

その通りだと

なんだかお茶の道が堕落しているな
と思った人はどうやら
いたみたいで

阪急の創業者で
商工大臣も務めている
小林一三翁

阪急グループが管理している
池田市にある茶室
『即庵』10人くらい入るのかな?
椅子に座ってお茶を点てて
飲むんです

だから従来の茶道も何も
あったもんじゃありません

でも小林一三さんは
それで良いと考えた

まずお庭を愛でて
季節の空気を愛でて
囀る鳥の声や虫の音を聞いて
同じように感じいってくれる
お客人と一緒に語らう

そこで点てるお茶ほど
最高のものがあるだろうか?
その前で作法だの言って
何になる?

そういうお茶室があって
何か不都合があるかね?

そういうところで
いただくほど美味しいお茶があろうか?
小林一三さんの心は
そんなところでしょうね

そして利休さんが言いたかったことも
それですよ

それがあって初めて
美味しいと感じられるのが
抹茶です

どこでもというわけじゃ
ないんですよ

道に精進することは
とても結構なことだと思います
しかしそれによって

お茶が美味しく頂けないのであれば
やる意味がありません

小林一三さんのは
誰でも入れるわけでも
誰でも立てていただけると
いうわけじゃないけれども

嵐山の小倉山のはずれに
天龍寺の裏門の
あのきれいな竹林のそのまた奥に

昭和初期の代表的な
映画スター・大河内傳次郎が建てた
山荘があり

この人の死後これは
全部寄付されていて
庭園として開放されています

嵐山の名所の1つ・大河内山荘です

これは山県有朋の庭みたいに
一応オーセンティックなスタイルを
踏んでいるというわけではない

自由形式方の庭園なんです
移築した茶室も置いてある

回遊式になってます

つまり正門を入って行くと
1つの物語が出来上がる

そういう大庭ですよ
小高い丘もあれば平地の池もあって
茶室もあれば小さい山荘もあって

ひと回りまわったところで

お茶菓子とお茶が
振る舞われる格好になってます

春の桜とこれからの紅葉の季節は
どうしたって混み合いますし
お茶とお茶菓子の料金まで含めて
そこそこ高めです

しかし私個人では
あの庭を1回りまわっていただく時の
お茶ほどうまい抹茶ってないですね

小倉山に借景したというより
嵐山全体に借景した庭の中で

桜や紅葉を眺めながら
鳥の声を聞いてお茶をいただく

これって絶対
茶室でのお点前では味わえない
感じですよね

利休さんの昔は
多分残ってたんだろうけど
今は全然ないですよ
そんな感じ

今利休さんが生きておられたら
どういうのかな?
こんなものお茶ではないと
言わないと思うんですよね

ともかくどうやったら
お抹茶が1番美味しいか?
経験してみたいと思われる方は
是非1度

真冬は期間休みなので
スケジュールはちょっと確かめて
行かれた方が

それにしても
ちょっとそこから離れると

今時の芸能人の
土産物屋だ記念館だ
にぎやかに並んでますが

なんと志の低いこと

大河内傳次郎と今時の芸人
同じ芸能人ですよね

時代が下ると
ここまで浅ましくなるかと思って
すごく悲しくなるのは私だけですかね